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異色コンビが放つ、最凶にヘビーなガチ怖35話詰め!『実話怪談 玄室』(神沼三平太+若本衣織)著者コメント+試し読み1話

記憶の石棺に封印すべき禁忌の怪!

あらすじ・内容

二度と開かぬ石棺に封印するのが相応しいような、重苦しくも忌まわしい体験ばかりを集めた実話怪談集。

・どん詰まりに観音開きの扉がある廊下の端にビスケットが供えられた叔母の家。その恐ろしい理由は叔母の体に…「ビスケットかりかり」
・駐車場の解体作業中、地中から出てきた9つの犬小屋。直後、作業員らが錯乱し妙な言葉を…「犬小屋」
妹への加虐衝動を抱える姉。ある日見知らぬ老人に蛇が憑いていると言われ、口に手を突っ込まれた姉は…「いじめっこ」
・死んだ息子の霊に苛まれる父親。原因は家族関係の根深いところに…「呪い」

他、異色コンビ初の共著にして最高にヘビーな1冊!

著者コメント

神沼三平太
元々、若本さんとは怪談会で知り合った友人同士で、人心や人体が磨り潰されるような話を好んで披露するという外道仲間です。この二人の共著は、「逃げ場のない本」というコンセプトで始められました。家の中や車内といった具体的に逃げられない話もあれば、もう少し広く解釈した話もあり、また中には暴力的なまでに厭な話も含まれており、中々面白い本になったのではないでしょうか。よく冷えた針を心臓に刺していくような、そんな剣呑な本書を、どうぞよろしくお願い致します。

若本衣織
何だか厭な予感がする。気味の悪いものに追い立てられているような気がして、胸が締め付けられる。逃げ出す足は縺れ、自然と呼吸も乱れる。息も絶え絶え逃げ込んだ先は、四方を厚い石の壁に囲まれた光も差さない暗い空間。もう逃げられない。追い付かれてしまう。そんな絶望、焦燥、恐怖を詰め込んだのが『実話怪談 玄室』である。
本書は「もう、行き着くところまで行ってしまった」怪談好きの方こそ、是非とも手に取ってもらいたい。息継ぎを忘れるほどの閉塞的な恐怖に、身悶え必至な一冊である。

試し読み1話

「玉簾」若本衣織

半年前に新居に引っ越したばかりの三木さんが、突然「引っ越しをしたい」と言い出した。都下に位置する手頃な価格なアパートで、部屋の広さや周辺地域の治安の良さ、景観も含めて日々絶賛していた部屋だったため、彼女の急な心変わりに驚かされた。
 何があったのか。まさか、犯罪行為に巻き込まれたりしたのではないか。
 皆が口々に三木さんに訊ねるが、彼女は曖昧に否定しつつ、呟くように言った。
「いや、こんなこと言うの変だと思われるかもしれないけど、隣の家の簾が嫌なんだよ」

三木さんが住んでいるのは住宅街に位置するアパートの二階の角部屋で、築年数が古い代わりに十分な広さと日当たりの良さが自慢の部屋だ。確かに建物の外観からは随所に年季の古さを見て取れるが、室内は水回りも含めてフルリノベーションされている。賃貸物件としては申し分ない部屋だった。
 彼女は元々都心にある軽量鉄骨造の五畳半のワンルームに住んでいたこともあり、その部屋へ踏み入れた瞬間から心を鷲掴みされたのだという。
「特に、少し広めのベランダと隣家の木が素敵だったんだ。前に住んでいるところからはビルの壁しか見られなかったし、葉擦れの音を聞きながら晩酌でもしたいな、と」
 隣家は築五十年以上経っているだろう古めかしい平屋建てで、時たま勝手口から老婆が出てきて庭に洗濯物を干している姿を見かけた。どうやら、独り暮らしのようだ。勝手口には、何故か外側に向けて黒い玉簾のようなオーナメントが飾ってあり、それが風に揺れてジャラジャラ鳴るのが、また風情があるようで三木さんは気に入っていた。

入居後一カ月は良かった。特に大きな問題もなく、新しい生活を満喫できていた。しかし、季節が夏に差し掛かった頃、三木さんは予期せぬ問題に直面することとなる。
 隣家の植栽が、ベランダを占拠するようになったのだ。
 最初こそ目に新しい緑の色を楽しむ余裕があったものの、洗濯物に虫がびっしり付着したり、雨風の日のたびに葉っぱで排水口が詰まり、ベランダがプールのようになる被害が続発して、次第に疎ましく思うようになった。
 不動産管理会社に連絡も入れたが、植栽の持ち主が隣家である以上、不動産屋ができることはないとやんわり介入を断られてしまった。
 痺れを切らした三木さんは一念発起して、剪定用の鋏で侵入してきた枝葉を全て切り落とすことにした。もしも隣家から文句を言われた暁には、水没したせいで破棄する羽目になったサンダル代を請求してやろうと意気込んでいたそうだ。
 予想に反して、不動産屋も隣家も勝手に枝葉を伐採したことを咎めてくることはなかった。しかし、隣家の老婆が三木さんの行為に対して憤慨していることは明らかだった。
 隣家の勝手口の前から、老婆がじっと睨むようになったのだ。
 最初こそ気にしないよう気丈に振る舞っていたが、次第に常に監視されているような、嫌な視線を四六時中感じるようになった。
 こうなると、風が吹くたびに鳴る玉簾のジャラジャラという音も気持ちが悪い。音を耳にするたびに悪寒を感じるようになってしまった。最早ベランダ側のカーテンは常時締め切り状態である。
 法律的な問題になってしまえば自分のほうに非があるのは明らかであるため、不動産屋には勿論、友人や家族にも相談できない日々が続いた。

剪定してから一カ月も経った頃だった。
 その日、三木さんはすっかり寝坊をしてしまい、バス停までの坂道を全速力で駆け上がっていた。前方に見えるバス停には、既に路線バスが停まっている。あれに乗り遅れれば、遅刻は確定だ。
「すみませーん! 乗ります、乗ります!」
 そう腕を振り上げた拍子に、鞄に付けていたマスコットキーホルダーが取れて、あっという間に坂道を転がり落ちていってしまった。あのマスコットは、三木さんがはまっているゲームのキャラクターで、以前訪れた同人イベントで購入した品だった。大分くたびれていたが、キャラクターの特徴である碧眼の部分に大粒の青いチェコビーズがあしらわれており気に入っていた。
 取りに戻ったら、確実に間に合わない。
 逡巡した瞬間だった。坂の下から隣家の老婆が現れたかと思うと、驚くほどの速さでマスコットを鷲掴みにして去っていった。一瞬の出来事だった。親切に拾ってくれたというよりは、もっと悪意が滲んでいるのを感じ、三木さんは何も声を掛けられなかった。

翌日。どうやってマスコットのことを切り出そうかと悩みながらカーテン越しに隣家を眺めていると、勝手口の辺りがキラリと光った。例の玉簾の先が、光を反射している。遠目から見ても、何かガラスのようなものが追加されたことが分かった。
 嫌な予感がした。観劇用に所有していたオペラグラスを手に取り、隣家を眺める。見間違いではない。玉簾の先には、大粒の青いチェコビーズが吊り下げられている。
 いや、それだけではない。上へ、上へと視線をずらしていくと、玉簾だと思っていたものは、大小様々なぬいぐるみに縫い付けるための眼球だった。まるでアブラムシのように、簾の一本一本に目が縫い込まれていたのだ。老婆は、この目で監視をしていたのかもしれない。
 常識ではそんなことはあり得ないのだが、三木さんにはその確信があった。
 そうなると、もういても立ってもいられなかった。近所に住む友人を家の近くにあるスーパーマーケットのフードコートへ呼び出すと、隣家の気持ち悪さをぶちまけた。
「もう、無理。もう、マジで引っ越したい。あのババア、死んでくれないかな」
 三木さんの尋常ではない様子を宥めつつ、友人は困ったように笑う。
「そんなにヤバいんなら、暫くウチに避難しておいでよ。そうしたらさ」
 そこまで言った途端、友人の目が泳いだ。何があったの。そう訊ねようとした瞬間、強烈な視線を背後から感じた。思わず、スマートフォンのインカメラで背後を確認する。
 いた。エスカレーターの下、買い物カートに紛れるようにして、老婆がこちらを睨みつけている。
 キッチリ結った白髪、憎しみで紅潮した顔、吊り上がった目は、明らかに三木さんのほうを向いていた。提げた買い物袋から飛び出すネギは、白骨のように思える。ギリギリと歯を食いしばる音まで聞こえた気がして、三木さん達は逃げるようにして立ち上がった。
「大丈夫、大丈夫。聞こえてないって。ね」
 友人は慌てた様子でそうフォローしたが、三木さんは震えが止まらなかった。確かに、あの距離で二人の会話が届くはずもなかった。
 しかし――。

「もういい加減に限界なんだ」
 そう言って、三木さんはスマートフォンを取り出した。そこには、恐らく彼女の部屋から写したのだろう隣家の写真が表示されている。確かに、彼女の言う通り、黒い不格好な簾が何本も勝手口に吊るされていた。
「ねえ、ここ。これ、見える?」
 三木さんが示す部分を拡大すると、黒い簾の中に混じって、チラホラ白いものが見える。楕円形の、歪な形をした物体。
「多分これ、耳なんだよね」
 そう言うと、三木さんは深い溜め息を吐いて頭を抱えた。


ー了ー

🎬人気怪談師が収録話を朗読!

https://youtu.be/Sg9cU4yp9_c

12/24 20時公開予定

著者紹介

神沼三平太 Sanpeita Kaminuma
神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭を取る一方で、怪異体験を幅広く蒐集する怪談おじさん。猫好き甘党タケノコ派。最近は対面で取材したり、怪談会を開催したりが憚られるのが悩みの種。成長期よ永遠なれ。主な著書に『実話怪談 吐気草』ほか草シリーズ。『恐怖箱 煉獄百物語』ほか「恐怖箱百式」シリーズのメイン執筆者としても活躍中。近著に地元湘南の怪異を蒐集した『湘南怪談』がある。

若本衣織 Iori Wakamoto
第2回『幽』怪談実話コンテストで「蜃気楼賞」に入選。近年は様々な怪談会に顔を出しながら、自身が集めた怪談語りを行っている。趣味は廃墟巡り。共著に『怪談実話コンテスト傑作選2 人影』『怪談実話NEXT』 (MF文庫ダ・ヴィンチ)、近共著として『趣魅怪談』(彩図社)がある。