樹木に纏わる怖い話を怪談作家16名が総力取材!『伝承異聞 呪林』収録話&試し読み「戒め」(久田樹生・著)全文掲載!
古来より人々から畏れ崇められてきた「樹木」に纏わる怖い話!
あらすじ・内容
「生きた人間の〈気〉を〈木〉に入れる」
それが儀式の目的だった…その後その人達はどうなるのだろう。
「木の話——ハーニーヌの鉄槌」より
遠く古の世より依り代として神聖視され、畏敬の念をもって人々から崇められてきた「樹木」に纏わる怪談アンソロジー。
叔父の遺言めいた「庭の木を全部伐ってくれ」という言葉は何を意味するのか…「白い木」
久しぶりの故郷で目にした大木は全く記憶になくて…「土になれ」
休憩がてら訪れた神社、御神木の近くで話しかけてきたのは…「休憩中」
決して関わってはいけない祟りの木、ある日ひとつの疑問が湧いてきて…「折る。」
イジメを受けた女子高生が思いついたのは木に人形を打ち付ける呪いの儀式…「バルサ」
など、驚愕の怪異体験全42話!
著者別収録話(収録順)
蛙坂須美「顔松」「わくらばつもる」
営業のK「樹液」
月の沙漠「ドンジンボク」「首吊りの木」「御神木」
高野真「首括りの松」
夜行列車「これ多分婆ちゃんなんだよ」「シンボルツリー」「白い木」「座敷牢」
内藤駆「遺影」
松本エムザ「たけやぶばあさん」「義母の菊は口に苦し」
加藤一「お役所仕事」
松岡真事「土になれ」「ピノキオ」「真っ二つ」
若本衣織「彼方の山の話 二篇」
ホームタウン「引っ越し」「大銀杏」「赤地蔵」
渡部正和「形見」
神沼三平太「緑の光」「休憩中」「柳」「樹洞」「庭の木」「土中の丸太」「姉妹牡丹」
服部義史「十月十日」「似ている二人」
つくね乱蔵「折る。」「小さな花が咲いた」「フリージア兄さん」「執念深い蔦」
久田樹生「戒め」「材」「バルサ」「先触れ」「木の話 ――黒部老とお山」「木の話 ――ハーニーヌの鉄槌」
編者コメント(加藤一)
試し読み1話
「戒め」 久田樹生
まだ昭和の頃だ。
高校生だった大野さんは、杉の角材を貰った。木刀より少し長いくらいだったと思う。
祖父の友人がやっている木工所から出たもので、どうして彼に渡されたのか覚えていない。
特に工作が好きな訳ではなかったが、鋸や鉋、小刀など家にあった工具で片側の端に握る部分を作った。素人の手作業なので削り跡がデコボコとした仕上がりだ。全体的に太く角張っている。更に握りの所に包帯を巻いて滑り止めとした。
何故こんなものを作ったのか。
当時の大野さんは不良少年で、よく似たような連中と喧嘩をしていたという。そのための武器として、貰った杉の角材を使おうと思い立ったのだ。
殴り合いは基本素手だが、準備する時間があれば鉄パイプ、盗んできたバットや木刀を用意する。特に集団同士だと有効な手段だった。
武器を持っての殴り合いでは当然大怪我するものも出る。しかしそれで逃げるのは根性なしの烙印を押され、不良仲間から蔑まれてしまう。
それだけは避けなくてはならなかった。
件の〈貰った角材で作った武器〉を使い、初めて他人を殴り倒した翌日、大野さんは高熱を出した。
それだけではなく顔と手足が腫れ上がってしまった。病院へ担ぎ込まれたが、原因は不明である。入院して詳しく調べないといけないらしい。
四人部屋で唸りながら寝ていると、同居している祖父がやってくる。何故か左手首から掌に掛けて包帯が巻かれていた。
付き添いの母親に席を外してほしいと祖父は頼む。カーテンを閉じた後、開口一番、彼はこんな言葉を口にした。
「お前、貰うた角材ば、間違うて使うとおぞ」
昨晩、祖父は夢を見た。いや、正しくは夢の中で声を聞いた。
その声は重々しい男性のものに聞こえた。
〈お前ん孫が、よか杉ん木ば与えられたとに、間違うた使い方ばしとっぞ〉
木工所にたまたま持ち込まれた杉の材は、よき場所で正しく育ったものだ。これで道具を作って使えば運気も上がる代物である。それなのにあのようなものに使うとは何事だ。だからお前
と孫に罰を当てて、知らしめてやる――そう声が告げた。
祖父は激痛で目が覚めた。左の手首が酷く腫れており、曲げ伸ばしができなくなっている。
病院へ行かないといけないが、これは夢の中で聞いた声の言う通りの出来事ではないか。ならば孫に伝えるべきだろうと考え、大野さんの部屋へ行く。ところが高熱や腫れで孫は苦しんでいた。これから病院へ連れていくらしい。嗚呼、これはそういうことなのだろうと一瞬で理解した。
「お前は、人に振るうために、杉ン角材ば使うた。それが間違えたことやけ、俺もお前もこげんことになっとうぞ」
祖父の左手首の腫れも医者曰く原因不明であるらしい。淡々と話される祖父の言葉を聞いていると、何故か涙が溢れてくる。いつしか祖父も泣いていた。
同時に、身体が楽になっていく。気が付くと眠りに落ちていた。目が覚めると祖父の姿がない。帰ったと付き添いの母親が教えてくれる。知らぬうちに熱も腫れも引いており、医者も目を丸くしていた。
翌日家に戻ると、祖父の左手首も治っている。
思わず座敷で土下座すると、祖父は頭を上げろと笑う。
二人で杉の角材を綺麗に洗い清めた。喧嘩で使ったせいで一部が欠け、真ん中辺りにヒビが入っている。握りの包帯も取り去り、木工所で加工し直してもらった。
杉の角材は、四膳の箸に姿を変えた。
ヒビがなかったらもう何膳か作ることができたらしい。大野さんは祖父母と父母にその箸を渡す。祖父から事情を説明された皆は、その杉の箸を丁寧に使った。おかげで随分長持ちをしたという。
杉の箸を使い始めてから、大野家に平穏が訪れた。
大野さんがこれまでのことを反省し、真面目になっていったからだ。それに比例するかのように、次第に家の経済が上向き、周りに良き人も増えていく。
その後も大切に使っていた杉の箸だが、流石に限界が来た。棄てるには忍びないと、綺麗に洗った後、家のタンスに仕舞われた。
今も、四膳の杉の箸は大野家に残っている。
大野さんは現在小さな会社を興して奮闘している。
社会貢献やボランティアにも積極的だ。
家庭では妻、息子二人と娘一人、父母の七人で暮らしている。祖父母はすでに鬼籍に入った。
そんな彼だが、あの高熱と腫れの後遺症か、左手の指に上手く動かない部分が残っている。
これがそうだと、数本が曲がったままの指先をこちらへ見せた。
「これは戒めだと思いますけん。忘れるな、という」
不良になり、人を殴った、怪我をさせた。悪いことをして無辜の人を傷つけた。そのことに変わりはない。そしてそれに対する償いは今も済んでいない。
――オイは死ぬまで償いますけん、見とってください。
―了―