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【連載短編小説】第14話―堕天使は最初から壊れていた【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第14話 堕天使は最初から壊れていた

ピンポーンと家のチャイムが鳴り、私は玄関のドアを開けた。そこに立っていたのは、兄の信也しんやだった。何やら今にも重さで破れそうな紙袋を持っている。

「お兄ちゃん、どうしたの? それにその荷物」

由依ゆいに渡したいものがあるんだ。……いや、正確には買ってほしいもの、かな」

 兄は少し歯切れの悪い調子で言う。妹の私に買ってほしいものとは一体何なのだろう。

 すると、兄は紙袋から半透明の袋を取り出した。中には白い何かが入っているようだけど、よく見えない。

「買ってほしいものってそれ?」

「ああ、俺も使ってる特別な塩なんだ。色んな人に薦めてて、妹のお前にもって思ってさ」

 そう言って袋を私の手前に持ってくる。兄はいつもの流暢な口調に戻っていた。

「特別って、何が特別なの?」

 嫌な予感がしながらも、私は訊いてみた。

「心に溜まっている負の感情を浄化してくれるんだ。これを一つまみ、毎日食べるとね」

「…………」

 やっぱり、兄は悪徳商法に引っかかっている。マルチとかねずみ講と呼ばれるやつだ。

 あまり賢いとは言えない私でも、それらが悪いことだという最低限の知識はある。どうしよう……。

「最初は嘘だって思うかもしれないけど、うん、俺も最初はそうだった。でも試してみて驚いたよ。ネガティブな感情がどんどん消えていく感覚が確かにあるんだ」

「そ、そう……」

 兄を傷つけたくない。私はまずその想いを優先させることにした。兄を救うためには、じっくり時間をかけて策を練る必要がある。

「じゃあ買ってみようかな」

「ありがとう! 最初だし、一袋だけにしておく?」

「うん」

 一袋の値段は決して安いと言えるものではなかった。でも、兄はきっと、売らなければ破産してしまうのだ。こんな平日の昼間に私服でいるということは、会社も辞めてしまったのだろう。

 お金を受け取ると、兄は機嫌良さそうに帰っていった。

 自室に戻った私は、大学に行く準備をしながら、ひたすらに兄を救い出す方法を考えていた。

 ネットで調べてみたりもしたけれど、どれも現実味がなく、どうやら自分で編み出すしかないようだ。

「はぁ……」

リュックを背負いながら、深く息をついた。


大学の授業内容は全く頭に入ってこなかった。その代わり、兄を助ける方法については、試してみる価値のあるものに思い至った。

それは、兄が持ってくる例の塩を全て購入する、そしてそれを繰り返すことだった。一介の学生である私は、すぐにお金が尽きてしまうだろう。

でもそれでいい。そんな私を見て、自分がやっている詐欺まがいの行為に罪悪感を抱いてくれたら、きっと兄は悪徳商法をやめてくれる。根は優しい人だし、きっと今は混乱しているだけなのだから。

私は何があっても、兄を諦めない。


それから、バイトの数を増やして、大学はサボりがちになった。

 兄はやはり、再び同じ塩を持って私の家に来た。全部買いたいと言い出した私に少し驚いた様子だったが、快く手持ちの袋を全て売ってくれた。

 私が破綻してもいいのだろうか。いや、兄は今、正常に物事を判断できなくなっているのだ。私への愛がなくなってしまったわけではない。きっと。

 私にしか、兄を救うことはできない。


 買った塩の袋が溜まってきて、ワンルームには邪魔な量になってきた。そういえば、普通の塩と変わった部分は本当にあるのだろうか。袋を破って中を見てみると、確かに普通の塩とは違う香りが漂ってきた。香料を使って誤魔化しているのだろう。

 私は、買った塩を全部捨てた。これが兄をおかしくしたのだと思うと腹が立ってきたからだ。


 兄が最初に塩を持ってきた日から二ヶ月ほど経過した日のこと。私はサラ金に手を出した。

 バイトだけでは塩を買うお金をまかなうことができず、仕方なくだ。そう、兄を救うためには全ての地獄が仕方のないことなのだ。

 それでも、自分自身のことだから分かる。精神が不安定になってきていることに。でも、それならそれで構わないとも思った。破滅している様を兄に見せたいのだから、精神を病んでいるくらいがちょうどいい。

 気付けば、手首には無数の切り傷ができていた。痛みはほとんど感じない。兄を失う痛みを想像すれば、そっちのほうがはるかに痛いのだ。苦しいのだ。

「いつになったら、お兄ちゃんを救えるのかなあ……」

 途端に零れた言葉も涙も、兄の笑顔を思い浮かべて乗り越えるしかなかった。

 兄を救うためには、どんなに精神が疲弊していても、バイトは続ける必要がある。私の借金はどんどん膨れ上がっていった。それでも、週に一度、兄が家に来る日には、塩についてのポジティブな感想を元気良く話し、手首が隠れる長袖の服を着た。

 兄と会えた日は、なんとなく調子が良い。

 それなのに、兄は、塩が売り切れてしまったから次は二週間後になる、と言い出した。

「なんで? やっぱりこの塩、人気なの?」

「うん、そうなんだ。ごめんよ」

 用事がなくたって会いに来てよ……。心の中で、そっと呟いた。


 私はついに、ドラッグに手を出してしまった。成分をいじってあるから違法にはならない、と路地裏にいた若い男の人に説明されて、つい。

 ドラッグの効果は言われた通り、いい感じにハイになれるものだった。精神が参ってしまっているときはこの薬に頼るのが日常になっていった。

 そんな中で、今の状況を受け入れやすい思考に変わっている自分に気が付いた。

 破滅していく自分は、ある種の美学になるのではと思うようになったのだ。苦しいことも痛いことも悲しいことも、美しく思えるようになった。

 そして、兄に想いを馳せる。兄も破滅の道を歩んでいるのだ。私がいつか塩を買えなくなってしまうことは目に見えている。そうすれば、兄も破綻する。あんな塩がたくさん売れているなんて、きっと嘘だ。私という客に見栄を張っておいたほうがいいと思って焦らしているに違いない。

 どうせ破滅するなら、お兄ちゃんと一緒がいいな――。


 兄が二週間ぶりに来る日、私の破滅願望は肥大化していた。手に持った二丁の包丁が妖しく光っている。その光が幻覚なのかどうかは分からない。別に分からなくてもいい。

 窓から兄の姿を見つけた。私は、よろけながら小走りで玄関に向かい、チャイムが鳴る前にドアを開けた。

「おっと、もしかして出かけ――」

 私の両手を見て驚いているようだ。なぜだろう、包丁を持っているだけなのに。

「その包丁、どうしたの……?」

「一緒に死にたいなって思って。はい、お兄ちゃんの分」

 私は片方の包丁を兄に手渡した。兄は躊躇していたが、ちゃんと受け取ってくれた。やっぱり、私たちは兄妹だ。通じ合っている。

「せーので、自分の心臓を刺すんだよ。そして抱き合って、お互いの血を体に浴びながら美しく死のう?」

 兄の手が震えていることに気付いた。最高の瞬間を前に、気分が高揚してるのだろう。

「じゃあいくよ。せーのっ」

 痛みというよりは、重たいものが急にぶつかってきた、そんな感触だった。血がぼとぼとと流れ、その場に倒れ込んでしまう。

「お、にいちゃ……ん……抱き、抱きしめ――」

 霞む視界に兄の姿がぼんやりと映る。兄は包丁を手に持ったまま、そこにただ立っていた。

「なん……で――」

 なんで、死んでくれなかったの。


「死んでくれて助かる。まさかこんなに上手くいくとは思ってなかったよ」

 俺は妹を騙るストーカー女を、手を汚さず排除することに成功した。いや、ドラッグに手を出すよう売人を使ったという点においてだけは、少し例外か。まあ、塩と偽った粒状のドラッグを口に入れず捨てていたみたいだし、破滅願望の副作用を発現させるためには仕方がなかった。無理心中を図ってきたのは想定外だったが、結果オーライだ。

「さて」

 俺はスマートフォンを取り出して救急に電話をかける。

 その後、すぐに警察にも電話をかけた。

「もしもし、すみません、人が倒れているんです! すぐに来てもらえますか!」

 笑いをこらえるので必死だった。

「場所ですか? それくらい、こっちの位置情報調べるとかしてわかるでしょう」

 警察はストーカー女に対して、何もしてくれなかった。実害がない、とかなんとか言って門前払いされた。

「実害が出たんだから本気出してくださいよ、警察さん」

 そして電話を切る。今日はビールでも買って帰ろう。

 俺はニヤける口を手で隠しながら、最寄り駅へと向かった。


―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field