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【第1話】霊感がつく不気味な蝋燭を、所謂”北海道のハロウィン”で食べた人の話【北海道の怖い話】by田辺青蛙
『大阪怪談』『関西怪談』などを著した田辺青蛙が、北海道のご当地怪談を書きおろす実話怪談連載、全17話の初回。全部読みたい方はこちらの書籍からどうぞ!▼
第1話 まえがき(ろうそく出せ)
私の夫は生まれも育ちも北海道の人だ。
それまで私にとって北海道は縁もゆかりもない土地だったのだけれど、結婚を機に定期的に訪れることになった。
親戚が集まると、ここ最近あった出来事の報告の合間にこんなことが昔あったのを知ってる? あの場所でちょっとおかしなものを見た人がいるの……と自然と北海道内での怖い話や不思議な話が集まるようになった。
北海道のそういった話をもっと知りたいと段々思うようになり、親戚だけでなく夫の友人や幼馴染からもやがて様々な話が集まってきた。
夫は札幌に長いこと住んでいたのだが、親族は小樽や旭川に住んでいる。
他にも幼馴染友人、北海道在住時の勤務先の同僚を含めると北海道全土をカバー出来るんじゃないかという話をツテで集めることが出来そうだった。
そうすると欲が出て来て、あちこち自分でも調べるうちに気が付けば取材ノートが十冊を超えていた。
大阪に住む私が知らない地域の風習も多く、先日も夫から札幌の七夕行事「ろうそく出せ」のことを聞いた。夫が子供時代に体験した行事で、どんなものかというと旧暦の七夕の八月七日の夜に、浴衣を着て七人一組になって夜に近所の家を「ろうそくー出ーせー出ーせー 出ーさーないとー ひっかくぞー おーまーけーにー 噛み付くぞー」などと歌いながら訪問してお菓子を貰う行事だそうだ。歌には幾つかのバージョンがあるらしい。
日本もこんなハロウィンに似た行事があったのかと思い調べていくうちに、札幌に住む遠縁の親戚からこんな話を聞いた。
今から40年くらい前の話なんだけれど、「ろうそく出せ」に友達と一緒に浴衣を着て缶灯篭を持って回っていてね。普通子供だけで夜で歩く機会なんてその日くらいしかないから、楽しくって仕方なくって。
で、町を歩くうちに、細い路地があってね、そこから甘い凄くいい匂いがしたの。
なんだろうって路地を覗き込むと、足元に缶灯篭を沢山おいたおじさんが猫を膝において座っていてね、私達と目があうとこうちょいちょいと手招きをしてくれてさ。
今だったら考えられない話でしょうけど、当時はそんなにね、知らない人の家に上がることが咎められるような世間じゃなかったから。
私も友達も、なんだか気になったからその人の家ん中に入ってしまったのよ。
おじさんは「こっちへ来るべや。菓子があるでよ」って広げた新聞紙をそれぞれの子供に持たせて、その上に鷲掴みでお菓子を載せてくれた。
おじさんはそれから真っ黒な蝋燭にマッチで火を付けてね、お菓子の上に溶けた蝋をたらたらとかけはじめたの。
その蝋燭の匂いがたまらなくいいにおいでね。砂糖やバターが焦げたような甘い匂いをずっと素晴らしくしたような、たまらないっていうような香りで、手づくりのクッキーと丸いビー玉みたいなキャンディが皿の上にのってて。
他の家でいつどんな菓子を貰ったとか全然覚えてないのに、その時のことだけは凄い詳細に思い出すことが出来るのが不思議でさ。
「ほら、食べて」って言われて、みんな夢中で飢えた犬みたいに新聞紙ごと噛ぶりつかんばかりに食べ始めてね。
でも、溶けた蝋燭がかかっているのに、熱かったり口の中に蝋がひっついたりはしなかった。
みんなあっという間に食べ終えて、お互い手に蝋の滓や煤がついていて、友達は鼻や頬にお菓子の欠片がいっぱいくっ付いていた。
家に帰ったら、知らない人から市販品じゃないお菓子を貰って食べたということで凄く怒られて翌年から親同伴で、回ることになってしまったんだけどね。
どこの家で貰ったのって聞かれたからその場所を答えて、親は翌日訪問したらしいんだけど、そこに住んでいたのは子供のいる一家で、私が見たような猫を飼ってるおじさんはいなかったらしくってさ。
それとね、あの時の食べたお菓子の影響かどうか分からないけど、時々、変なものが視えるようになったの。
目を見開いて黒い舌がだらーっと下がってる死体とか、ゾンビみたいなのがこう、宙に浮いてる絵みたいにね、視えるの。
そしたらねえ、その見えた方角で自死した人の遺体が見つかんのよ。
全体は見えなくってぼんやりと霞がかかったみたいでね、数秒だけ現れる感じで怖さはないね。気味は悪いけど。道端に落ちてる犬のフンみたいなもんよ。で、あれは目の開いてる時に見る予知夢みたいなもんかって思ってる。
それにしても、内地で死ねばいいのに、わざわざ札幌まで来てさ、酷いもんよねえ。
ぐちゃぐちゃの黒い汁みたいなん垂らしてくたばってる死体の幻影をさっきもね、指さしてる方角で見たから、そのうち誰かが本物の死体を見つけるんじゃないかなって思ってる。
他の「ろうそく出せ」で食べた子も、視た事あるらしいから偶然じゃないと思うよ。
でも、視たのは子供の時だけで夢だと思ってたみたいだし、よく覚えて無いみたい。
私だけのよね、この年になっても度々見るのは。
あとねえ、これは極たまになんだけど、口からね、すうっと青白い火が上がって見えることがあるの。
私の娘がね、受験の直前に青い火を出したもんだから、家にいなさいって注意したの。そしたらその日、よく娘が利用しているバス停でタクシーがスリップして突っ込む事故があったのよ。
変な人だって思われてもね、口から青い火が出たように視えた人にね、注意してって毎回伝えてるのよ。ああ、またこのおばさんが変なこと言ってるって反応が殆どだけどね。
でも、本当に事故に遭いそうになったとか、検査に行ったら体に何か見つかったとかそういう話があるから、やっぱり無関係じゃないよ。
この興味深い話を聞いてから、後日調べてみたところ、現在は「ろうそく出せ」の行事は殆ど行われていないということが分かった。
子供達が浴衣姿で蝋燭を持ち、家々を訪問する姿を見てみたかったし、私が子供だったらきっと参加したいと強く願ったに違いないだけに少し残念だなと感じてしまった。
―了―
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著者紹介
田辺青蛙 (たなべ・せいあ)
『生き屏風』で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。著書に『大阪怪談』『関西怪談』『魂追い』『皐月鬼』『あめだま 青蛙モノノケ語り』『モルテンおいしいです^q^』『人魚の石』など。共著に「瞬殺怪談」「怪談四十九夜」「てのひら怪談」「恐怖通信 鳥肌ゾーン」各シリーズ、『京都怪談 神隠し』『怪しき我が家』『怪談実話 FKB饗宴』『読書で離婚を考えた』など。
▼続きは書籍にて▼
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