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【連載短編小説】第12話―不確実なままで【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第12話 不確実なままで

 警察署から出てきた私は、これまでにないほど落ち込んでいた。

 先日、弟が自ら片足を切断した。こういった派手な自傷行為は初めてではなかった。指も二本、自分で切断してしまった過去がある。

 警察は事件性が認められない、の一点張りで弟の件を熱心には取り扱ってはくれなかった。

 私の見解は警察とは違う。事件性はあると思っている。

 弟とは仕事帰りによく夕飯を共にしていた。呼び出せばいつでも付き合ってくれた。悩み事と言えば彼の通う大学の勉強のことだったり、恋人ができないことだったりで、ごく普通の大学生――ありふれていると言ってしまえるような日々を静かに生きているのが彼だった。

 指の切断については、酔っ払っていてよく覚えてないと言っていた。その点についてだけは、弟は嘘をついていると思う。

 実は自傷癖があるのではと気付かれないよう手首を見てみたけれど、リストカットの痕はなかった。心の病に苦しんでいるようにも見えない。家族想いの理想的な弟だ。

 だから、指の切断については、時間が経てばそのうち本当のことを話してくれるだろうと思っていた。

 でも、私はもっと早くに、彼の深層へと踏み込んでいくべきだった。

 片足を切断してしまった今では後悔するばかりだ。

 事件当日、隣に住む寮生が弟の悲鳴に気付いて救急車を呼んでくれた。病院に搬送され、事件から三日経った今は入院生活を送っている。

 幸いにも命に別状はなかった。しかし、今後は車椅子で生活することになる。

 そんなリスクを背負ってまで、足を切断した理由は何なのか。

 私はこの謎を解かなければならない。もっと酷いことが起こる前に。

 警察署を出たその足で、私は弟の部屋がある学生寮へ向かった。


「誰ですか? ここの寮生じゃないですよね?」

 学生寮の階段を上っている途中で、二階の廊下からこちらを見下ろしている女性に声をかけられた。たぶん、ここの寮生だ。

「201号室に弟が住んでいて――」

「あっ」

 彼女は照れたように後ろ髪をかいた。

「すみません、不審者だと思ってしまって……失礼しました」

 ここ数日眠れていない。そのせいで不審者に見間違えられるくらい酷い顔をしていたのだろう。

「いえ、いいんです」

 そう言って階段を上り、寮生の横を通り過ぎようとしたところで、

「弟さんのこと調べてるんですよね? 私、彼について少しだけ気になっていたことがあるんです」

 と、呼び止められた。

「それ、話してくれませんか?」

「はい」

 そして私は彼女の部屋に案内された。

「散らかってますが、適当に座ってください」

「ありがとう」

 簡素だけどシンプルで素敵な部屋だった。私はカーペットの上に正座し、彼女がお茶を用意するのを待った。

 気になっていたこと。それが一体どのようなものなのか。知るべきだと思いつつも、どこかで恐れている。手がわずかに震えていた。

「お待たせしました」

 彼女は、小さな丸テーブルの向かいに座った。廊下にいたときよりもどこか神妙な面持ちだ。

「弟さんとは数回しか話したことないんですけど、怪我のことは寮生みんな知ってます」

 彼女は真剣な表情を一切崩さなかった。既に本題に入っているということだろうか。

「たまに廊下で別の寮生と話をしてる声が聞こえてきて、弟さん、その話し相手のことをすごく尊敬しているみたいなんです」

「相手はどんな人なんですか?」

「それが……」

 気まずそうに目を逸らすのはなぜだろう。

「4回も留年してる言わば問題児の男なんです」

 私はカバンの中からメモ帳とボールペンを取り出した。


一時間ほど話しただろうか。私は彼女に礼を言って、202号室に向かった。

 例の問題児が住んでいる部屋である。

 ドアのノックしながら思う。私は彼に何を言えばいいのだろう。何を訊けばいいのだろう。

 何度もドアをノックしたけれど、返事はなかった。どうやら留守らしい。

 私は一度学生寮を出て、近くの公園にあるベンチに座った。メモ帳を取り出し、弟が異常と言ってしまえるほどに尊敬の念を抱いていた男について、情報を整理する。

 彼は弟の4歳上で同じゼミに所属している。民族学を専門とするゼミだ。民族学の勉強に熱心なことは弟から直接訊いていた。そういえば、入院している弟に民族学の本を買ってきてほしいとも言われていた。確かタイトルは――

「――民族と忠誠……」

 異常な尊敬は忠誠と言い換えることができないだろうか。

「答えは、本の中にあるかもしれない」

 小さくそう呟いて、私は本屋へ急いだ。


 『民族と忠誠』。その本には少数民族の忠誠を示す独特な事例が書かれていた。大衆受けはしないであろう、その切り口に私は不安を募らせるばかりだった。

 そんな不安は、すぐに恐怖へと変貌した。

 自身の身体の一部を食事として主に捧げる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・――

 弟がやっていたのはそれだったのだ。


 病院の受付を済ませて、弟がいる病室に向かうまでの間、私は何を訊くべきか考えていた。

 なぜその男に忠誠心を持ったのか。なぜ異常な慣習を持つ民族の真似をしてしまったのか。

 いつからおかしくなってしまったのか。

 病室のドアを開ける。ベッドの布団は膨らんでいるけれど、弟の顔が見えな――

「そんな……」

 弟の首から上は床に転がっていた。一枚のメモ用紙と一緒に。

 彼が遺した言葉はこうだった。

 迷惑をかけてしまってごめんなさい。僕の頭部を捧げます。愛する家族へ。


―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field