【連載短編小説】第18話―それぞれの研究成果【白木原怜次の3分ショートホラー】
人気シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!
サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…
はっとさせられるような意外な結末が待っています。
なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!
第18話 それぞれの研究成果
「やっぱ15話の戦闘は燃えたよな!」
「わかる! あの新型はマジでやばい」
都心から少し離れた場所にある普通科高校。その特別進学クラスの教室で、男子生徒たちは流行りのロボットアニメについて語り合っていた。ここ最近、5限目の授業が始まるまでのわずかな自由時間をそれに費やすことが彼らのルーティーンになっていた。
教室の隅で本のページをパラパラとめくりながら、早坂誠哉は顔を醜く歪ませた。聞こえてくる同級生たちの会話に苛立っていたのだ。実のところ、彼もロボットアニメは毎週欠かさず観ている。気に食わないのは、男子生徒たちのあまりにも薄っぺらい会話の内容だ。
誠哉は読んでいた新書『人型ロボットの歴史』を不満げに閉じると、耳を塞ぐようにして机に突っ伏した。
「こいつらは頭が悪いし、この本も偉そうなだけだ」
苛立ちを振り払うべく、ロボットについて妄想を膨らませる。ロボットアニメを観ているのは、ロボットに関係するものだからであり、それ以上でもそれ以下でもない。彼はリアルな人型ロボットに夢中なのだ。そうなったきっかけを忘れてしまうほどに。
誠哉は目立ちはしないものの、少し前まではロボットアニメの議論に参加していてもおかしくない程度にクラスに馴染んでいた。友情こそなかったが、〝静かな普通のやつ〟くらいには思われていた。今では誠哉と関わりを避ける生徒が大半を占める。
ある日の物理の授業で、教師が人型ロボットの話を例えとして使った。誠哉はその瞬間、立ち上がって理路整然と教師の発言を否定したのだ。レッテルが〝やばいやつ〟に変わったのはその時からだった。
そんな彼だが、一人だけ友人と呼べる同級生がいた。名前は石田立彦。極度の人見知りで、17年間生きてきて誠哉以外に友人ができたことはない。レッテルも貼られないほどの影の薄さで、誠哉とは似て非なる立ち位置だ。
誠哉のような人を見下すタイプの人間にとって、不要な言葉を発したりせず、主張のない立彦はある意味相性が良かった。
「聞いてくれよ、ロボ――いや、前置きしておこう。人型ロボットに限定された話だ。ロボット全部を指したものじゃない」
「うん」
「ロボットの開発で有名な教授、ほら昨日話しただろ。その人が新しい論文を発表しててさ――」
立彦の目は確かに、自慢げに語りながら上機嫌になっていく誠哉に向けられている。しかし、誠哉の口から出てくる言葉ではなく、誠哉そのものを見ていた。彼という人間のその奥に潜む、黒い鉛のようなものに。
「ふぅ……お前だけだよ。俺の話を半分くらいは理解してくれるやつ」
「半分?」
「そうだよ、半分。お前、学校の勉強はできるみたいだけど、ロボットについてはさすがに俺のレベルには到達してないだろ。でも俺は人型ロボットの展望を、いつかは大勢の人に語り聞かせたいと思ってる」
そう言われて、立彦は言葉に窮してしまった。随分自信があるんだな、と返したいところだったが、それで誠哉の機嫌を損ねることになっても得することはない。それでもつい、ふふっと笑い声を漏らしてしまった。
「どうした?」
「いや、ちょっと風邪気味で」
そう言って鼻をすすりながら誤魔化した。
「風邪か、ふっ、俺は弱いやつが嫌いだ」
常に高圧的な誠哉だったが、立彦は嫌々彼に付き合っているわけではない。さすがに仲の良い友達とは思っていないが。
放課後、校内の駐輪場まで来たところで、誠哉は自分が掃除当番だったことを思い出した。それと同時に、自転車通学から徒歩通学に切り替えたことも思い出した。
「慣れるには結構な時間がかかるかもな」
そう呟いて、掃除道具が置かれている体育倉庫に向かった。体育倉庫は体育館に隣接しており、ドアで区切られている。閉じていても、ドアの向こうからは部活に励む生徒たちの甲高い声が聞こえてくる。
すると、今度は別方向から何やら争っているような声が耳に入った。
怒声や罵声、笑い声。そして、やめてくれ、と懇願する声。
目で確かめなくとも、誠哉にはそれがイジメだとすぐに分かった。悪いことだとか、仕方のないことだとか、誠哉にはイジメに対しての考えというものがまるでなかった。イジメだけではない。善悪で定義すること自体、無意味なことだと思っている。
チャイムが鳴ると同時に、誠哉は体育倉庫から外に出た。倉庫の裏に行ってみると、イジメに遭っていたであろう男子生徒が微かな呻き声を上げながら、ぐったりと倒れていた。
ざっと見たところ、大した外傷はない。ただ、頭からは血が流れており、「おい」と何度か声をかけてみても返事がないことを考えると、意識は朦朧としているのだろう。日常茶飯事なのか、手には護身用と思われるナイフが握られていた。
「人間てのは、ほんと、くだらないな」
わずかな優越感に浸りながら、誠哉はしばらくイジメに遭っていた生徒の前に立ち尽くしていた。そして、こう思う。
「こいつ、使えるな」
人目を気にしながら、誠哉は生徒を引きずって体育館の舞台袖に連れてきた。生徒はうめき声すら上げなくなっていた。おそらくは意識を完全に失ったのだろう、と誠哉は思う。
誠哉はステージの幕を下ろすスイッチを押して、すぐに生徒の元へ戻った。体育館には部活中の生徒たちが大勢いる。急に幕が下りたことで、誰かが舞台に上がってくる可能性は高い。
しかし、不思議と焦りはなかった。
「いや、不思議でもないか。俺は間違えない。だからミスはない」
ステージの幕が上がる。部活中の生徒たちは、何事かと一斉に注目した。
そして、幕の向こう側の光景に、生徒たちは一瞬、声を失う。数秒の間を置いて、生徒たちの脳は事実を認識する。それが引き起こすのは、恐怖心だ。
悲鳴を上げて体育館から逃げ出す者、驚きと恐怖に呑み込まれ、その場から動けない者、何が起きているのかを理解しようと、舞台に近づいてくる者。
「残ってくれたお前たちに、俺からのプレゼントを与えよう」
誠哉は高らかにそう告げる。そして、天井の器具からロープで吊るされた意識のない男子生徒を指差す。
「俺は人型ロボットの常識にうんざりしている。人型にするメリットがないわけではないが、デメリットのほうが多いからだ。例えば、戦闘型の人型ロボットがあったとする。エンターテイメント作品の中で、そのロボットたちはまるで人間であるかのような動きを見せる。おかしいと思わないか? 人の動きを踏襲すれば、相手に攻撃手段を教えているようなものだ」
誠哉は、体育館の端に立彦の姿を見つけた。自分の意見をプレゼンしたい、と彼にはよく話していた。だから聞いてくれているのだろう。誠哉は上機嫌になり、続きを話し始める。
「俺は学生であって、知識はあっても金がない。革新的なアイデアがあっても、知名度がない。しかしだ、俺は運良くこの死にかけた生徒を拾った。こいつがプレゼン資料だと思ってくれ」
誠哉は立彦に体育館を閉め切るよう命じた。立彦は素直に従った。教師が鍵を持ってくるまでにプレゼンを終わらせる必要がある。
「よく見てろ――」
誠哉は躊躇なく、吊るされた生徒の腕や脚、手首や膝まで、思いつく限りの関節を普段曲げているほうとは逆の方向に折り曲げていく。
グロテスクな音が館内に響く。吊るされた生徒の姿は、まるで操り人形のようだった。
「人間と同じような動きしかできないロボットは生産的じゃない。人型であるならせめて、人間には不可能な動きを増やしたほうが強いロボットになる。こいつは人間で、あくまで資料だから、無様な恰好になっているが、設計段階からあらゆる動きを想定していれば、造ること自体は難しくないはずだ」
「う……」
操り人形と化した生徒は、わずかに目を開き、誠哉の姿を捉える。
「意識が戻ったか。ちょうどいい。お前が持参していたナイフを渡すから――俺の心臓を刺してみてくれ」
誠哉は彼にナイフを握らせた。最初はいつもの動きで刺そうとするだろう。だが、何度か試させることで――
「な……なぜ……」
誠哉の胸に突き刺さったナイフは、しっかりと奥まで届いていた。だが、誠哉が驚いているのはそこではない。自分が血を流したことで、命を失いかけている感覚があることに困惑していた。
膝をつき、胸の辺りを押さえるが、出血は止まらない。痛みや苦しみも秒単位で増していく。
すると、立彦が舞台に上がってきた。
「た……すけ……て……」
「君は自分を何者だと思ってる?」
立彦は満足そうな表情で問う。
「し、しっぱい……さく……」
「そう。君はいつの間にか自分を失敗作だと思い込むようになっていった」
「わか……てい、る」
立彦は誠哉が自分を人型ロボットだと思い込むようになっている、と推測していた。それが間違いじゃなかったことに喜びを感じている。
会話の節々には、誠哉は自分がロボットの立場で喋っているのでは、と疑う要素があった。それに、自転車通学から徒歩通学に変えたことも、大きなヒントだった。ロボットが自転車に乗るのはなんだか不格好だ、と言っていたのだ。しかし、完璧なロボットであるとは思っていないようだった。ロボットであることによる自信は常に持っていたが、できないことがあることも認めていた。そんな誠哉の柔軟さが、彼自身の死に繋がってしまったのだ。
「わかってないよ。君はロボットの失敗作じゃない。人間の失敗作なんだよ――」
―了―
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著者紹介
白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)
広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。
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