体験者の生の感情を そっと掬い上げた、著者初のオール実話怪談!松本エムザ『実話異聞 貰い火怪談』
男性が早世する一族。
穢れた場所と呼ばれる「離れ」の墓に何が…
(「離れ墓」より)
怪という事象の背景、体験者の生の感情を
そっと掬い上げた戦慄の実話恐怖譚!
あらすじ・内容
公募実話怪談大会からデビューした新鋭、初のオール実話怪談集。
夏休み明け、真っ黒な肌で登校した兄弟。それは日焼けのせいではなく…「墓場で遊んじゃいけません」
デザイン事務所にある絵が飾られてから社員が次々と体調不良に。共通するのはジャングルの悪夢…「ふさわしくない絵」
入院中の息子の同級生を度々見かける女性。生霊だと気づいた彼女は…「二十歳のキミへ」
保育園に通う息子にできた新しい友達。だがその姿は見えず…「保育園にて」
男性が早世する呪われた家系。家の女達だけが参る穢れた場所とは…「離れ墓」
……他、生者と死者の想いを丁寧に掬い取った怪の記録、全32話!
著者コメント
「漆黒の影」の体験者・京子さん同様、私も二児の母である。
彼女との会話で「自分の身に降りかかる怪異より、子どもに何かあったりする方が恐怖」という点で同意した。
幾つになっても我が子は宝。万が一彼らが不幸に見舞われるようなことが分かれば、喜んで身代わりになろうとも。
我が家にこの「漆黒の影」が現れたとしたら、親バカだと言われようが声を大にして叫ぶだろう。
「ウチの子に手ぇ出すんじゃないよ!」と。
試し読み 1話
「漆黒の影」
「影が、黒いんですよ」
気になることがあるのだと話を聞かせてくれた京子さんは、当然とも思える台詞から切り出した。ここからどのように話が広がっていくのか。
「いや、影は普通黒いでしょう?」の言葉を飲み込み、続きを待つ。
京子さんには、二十歳を迎えたお嬢さんがいる。自宅からT県内の大学に通う学生さんだが、本来ならば東京への進学を夢見ていたそうだ。明るく家族思いのお嬢さんであったのに、受験の失敗が理由なのかすっかり性格が変わり、高校卒業以降家族と会話を交わすことがほとんどなくなってしまったという。
京子さんのご自宅のお風呂場は、浴室と脱衣所が独立した一般家庭用のタイプ。浴室の扉は中折れ式で、スモークがかった樹脂パネルがはめ込まれている。誰かが浴室を使用している場合は、そのパネル部分にシルエットが浮かぶ。シルエットといっても、ぼんやりとした輪郭の淡い人影であるはずなのに……
「娘の影が、異様に黒いんです」
不安げな声音で、京子さんは語る。
家族が入浴中、洗濯が済んだ皆の下着をしまうため、京子さんが脱衣所に入ることが多々ある。入浴中の家族がシャワーを利用していると、その影はうっすら扉に映る。曇天の空のような薄い墨色で、なんとなく人型であるのが分かるか分からないかのシルエットだ。ご主人の影も、ご長男の影もそう見える。以前のお嬢さんもそうだった。
しかし、現在――
お嬢さんの影は黒い。「漆黒」という言葉がふさわしいほどに黒い。黒いだけではなく、お嬢さんの姿とは思えないような巨大な体躯の影が、くっきりと扉に映り込むのだ。
「ちょっと! 大丈夫!?」
はじめてその影を見た際には、不審者が忍び込んだのではと、京子さんは大きな声を上げてしまった。だが返ってきたのは、
「何よ。用が済んだら早く出てってよ」
不機嫌丸出しの、いつものお嬢さんの声だった。
もしや自分の見間違いか思い過ごしかもと、お嬢さんが入浴中、京子さんはこっそりと脱衣所を覗くようになった。湯船に入っているのか、影が見えないときもある。以前と変わらず、ぼんやりとした薄い影のときもある。
しかし、何回かに一度は、真っ黒な大きな影がはっきりと、扉の向こうに存在するのだという。
「何か、悪い前兆だったりしたらどうしよう」
声を震わせる京子さんに、「大丈夫だよ」の言葉はすぐには出てこなかった。
(了)
🎬人気怪談師が収録話を朗読!
8/28 18時公開予定
著者紹介
栃木県在住。
映画とアイスホッケーとロックを愛する、転がり続けるミドルエイジ。
バブル世代の残党として「エムザ」を名乗る。
実話怪談の公募コンテスト、怪談マンスリーコンテスト【怪談最恐戦投稿部門】で2か月連続最恐賞を受賞。
2019年、『誘ゐ怪談』で単著デビュー。
その他共著に『百物語 サカサノロイ』『街角怪談』『街角怪談 噂箱』『怪談供養 晦日がたり』(エブリスタ編)など。