【連載短編小説】第4話―殺人演技【白木原怜次の3分ショートホラー】
気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!
サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…
はっとさせられるような意外な結末が待っています。
なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!
第4話 殺人演技
冷たい夜風が吹きすさぶ中、矢方純平は木造二階建てのアパートにやってきた。階段を上る音に気が付いたのだろう、最奥の部屋のドアが開く。
部屋から出てきたのは、純平の元学友であり、今では趣味仲間の管井義人だ。
義人は目をこすりながら手招きをする。純平はそれに従った。
「階段は軋むからゆっくり歩けっていつも言ってるだろう」
「こんな時間に起きてるのはお前くらいだ。ぐっすり眠っていれば誰もあのくらいの音じゃ起きないさ」
この二人が何かを話し合う目的で集まったときは、まず決まって水掛け論が始まる。それが彼らにとっての通過儀礼なのだった。
「それにしてもよ。今時その恰好はないと思うぜ? 名探偵を気取るのは大いに結構だが、せめて内側だけにとどめておけよ」
「ベレー帽は大学時代から毎日かぶっている」
「そのだらしない長髪とくたびれたスーツのことを言ってるんだよ。まあ、指摘したところで変わらないことは分かっているがな」
「ならさっそく本題に入ろう。今日はあの悲惨な事件についてだ」
二人は六畳一間の和室で向かい合って座った。丸いテーブルにはそれぞれにメモ用紙とペンが置かれている。
「さて、今回のターゲットに選ばれた金城夫妻だが――」
先に口を開いたのは純平だった。
「――共に相当な高給取りだった。犯人は危険を冒してまでセキュリティの高いマンションに侵入しているから、多額の借金で首が回らなくなり、強盗殺人に及んだ、という見方はどうだろう」
「あり得ないな。金城夫妻は絞殺されたあと両手両足を切り取られているんだぞ。とすると、仮に金品が盗まれていたとしても強盗殺人に見せかけたかったと考えるのが妥当だ」
「それはあまりにも素人意見が過ぎると思うがね。サイコパスに見せかけるため、本来必要のなかった両手両足の切断を行ったと考えることもできる。そうやって特定を免れようとしたわけさ」
純平は意気揚々と反論を展開したが、義人の表情は変わらない。
「仮にそうだとして、わざわざ両手両足を切り取るか? 両手だけでも充分、サイコパスだと思わせることができる」
「念を押したのかもしれない」
「それなら首も切断する」
純平は不満げに息を吐くと、姿勢を崩した。
「じゃあ論点を変えよう。殺害方法――絞殺についてどう考える?」
「ありふれた手段だろう。議論する必要があるか?」
「あるさ。被害者二人に拘束された形跡はない。二人同時に絞殺することは不可能だ」
「ふっ、確かにそうだな。拘束されてはいないが、争った跡はある。シャワーでも浴びていない限り、片方にはもう片方の声や物音が聞こえるだろう」
「その通り。しかし、現場の状況からして、金城夫妻は揃ってリビングにいた。それに、夫が先に襲われたのなら妻が台所から包丁でも取り出して犯人を襲うことも可能だが、そんな精神的余裕があるはずもない」
義人はメモ用紙にペンを走らせた。『絞殺』と『複数犯』という二つの単語を横並びに大きく書いた。
それを見た純平は疑問に顔を歪める。
「もしかして、絞殺ではない可能性を考えているのか?」
「四肢切断による失血死かもしれない」
「仮にそうだとして、首を絞めた理由はどうする。まさか、サイコパスであることを隠すため、なんて言わないだろうね」
「まさか。失血死しない可能性を危惧して首を絞めたんだ」
「暴論だ。可能性がゼロじゃないからといってそれをいちいち議論していてはいつまで経っても先へ進めない」
「じゃあなんだ? 複数犯と仮定して、二人を同時に絞殺したとするつもりか?」
義人の言葉に、純平は頭を悩ませた。彼が黙っている間に、義人は引き出しから一冊のノートを取り出した。それを机に向けて、投げるように置いた。
「何日もかけて捻り出したものを無駄にはしたくないだろう」
「ああ、もううんざりだ。マンションのセキュリティを単独で突破する方法を考えるのはな」
そう言って、純平はゆっくりと立ち上がった。
「少し外の空気を吸ってくるよ」
純平は入念に辺りを見回して、アパートの周りに誰もいないことを確認すると、ポケットに入れていたタバコを取り出して火をつけた。
今回に限っては、些細な矛盾も許されない。妥協すれば計画の全てが台無しになる。
タバコの煙を吐き出しながら、純平はふと思う。議論を長時間続けていると、事実を見失いそうになる。
それ故に、一人で脳内を整理する時間が欲しかった。
焦る必要はない。
金城夫妻が我々の手によって殺されるまで、あと三日もあるのだ。
※
金城夫妻の殺害計画は、ちょうど一週間前に純平が提案したものだった。
これまで、純平と義人はターゲット選びにこだわることはなかった。誰でも構わない、人間の両手両足を集めたかっただけなのだ。言うなれば、少年たちがレアカードを集めたがるようなものである。
そんな中、純平は焦りを感じ始めていた。
二人が住んでいる地域で、警察の動きが活発化してきたのだ。いつ警察が二人の元へたどり着くか分からない。
そこで、純平は二つの対策を考えた。
ひとつ目は、自分たちの生活圏外で殺人を犯すこと。
ふたつ目は、計画についてまとめた資料を、事件について考察している一般人が作ったものに見せかけることだった。
義人は、偽の会話を録音すればいいと言ったが、純平はそれに反対した。録音する理由を考える必要がある上に、必ずボロが出ると危惧したからである。とはいえ、資料を作る際、計画を練って作ったものに見えるか、趣味の範囲で事件の考察をまとめたものに見えるか、その違いを生むという点において、義人の案は部分的に使うことができた。
それが、二人きりのときでも一般人になりきって話す、というものである。こうして、ふたつ目の案はより効果的なものになった。
それでも、彼らにはもうひとつ、早急に解消すべき問題が残っていた。
常に二人で犯行に及んでいるという点である。
頭の中を整理し終わった純平は、再び義人の部屋に戻った。
「外の空気は美味かったか、名探偵さんよ」
「そうだね、おかげで単独犯に見せかける方法を思いついたよ」
「本当か? 早く聞かせてくれ」
「それが、今すぐ話すわけにはいかないんだ。というのも、その方法はまだ完全じゃない」
「はぁ……」
義人はやれやれといったふうに手を泳がせた。
「演技を続ける集中力も切れてしまったし、今日はお開きだな」
「ああ、当日まではそれぞれのアリバイ作りに専念しよう」
三日後。純平はいつもの探偵風ファッションで金城夫妻のいるマンションを訪れた。
これから計画が実行されることを考えると、つい頬が緩んでしまう。しかし、金城夫妻の部屋の前にたどり着く頃には、緊張だけが残っていた。
震える手を抑えながら、純平はチャイムを鳴らす。
「はい。どなたでしょう?」
ドアの横にあるスピーカーから、女性が尋ねた。
「矢方純平です」
「お待ちしておりました。いま開けます」
オートロックの鍵がガチャリと音を立てる。ドアを開けると、夫妻揃って出迎えてくれた。警戒心を抱いているようには見えない。
「あまり時間がありません。すぐにでも詳細をご説明させてください」
リビングに通された純平は、夫妻の目を盗んで、携帯電話を取り出した。そして、義人に準備完了の旨を伝えるメールを送信する。
義人が金城夫妻の部屋に到着すると、二人の計画はすぐに実行された。証拠隠滅の作業を含めても三十分程度。リビングには四肢を切断された金城夫妻の遺体が生々しく転がっている。
義人は息を切らしながら、純平に目を向けた。
「で、単独犯に見せかけるってのはどうなったんだ?」
「ちょうど説明しようと思っていたところだよ。まずこの縄で僕の両手両足を縛ってくれるかい?」
「ああ、これになんの意味があるんだ?」
「すぐに分かるさ」
それから数分後、リビングのドアが激しく開かれた。数名の警察官が慌ただしく部屋中を見渡す。
「なっ……!」
義人が動揺している横で、しかし純平は顔色ひとつ変えてはいなかった。
「警察だ。管井義人、殺人の容疑で逮捕する」
「お、お前もしかして、単独犯ってのは――」
義人を無視して、純平は刑事に頭を下げる。
「すみません、金城夫妻に注意を促している最中の出来事でしたから、犯行を止めるどころか、このざまです……」
純平はそう言って、縛ってあった手首を持ち上げる。
「いえ、あなたの推理を無下にした我々の責任は重大です」
「……僕も現場に居合わせた。もちろん、事情聴取は行われますよね?」
「はい、先日警告してくださったときの推理も、あらためて聞かせてください」
「おい! こんなことをしても、お前がやったことはすぐにバレるぞ!」
手錠をはめられた状態で、義人は声高に叫んだ。
警官に聴こえないよう、純平はつぶやく。
「そんなことは分かっているさ。僕はただ、数日だけでもいい、とことん名探偵を気取りたいだけなのだから」
―了―
著者紹介
白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)
広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。
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