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東北の拝み屋・郷内心瞳が怪異と対峙する大人気シリーズ第8弾『拝み屋備忘録 怪談人喰い墓場』著者コメント+収録話「墓吹雪」全文掲載

そこで待ち伏せしている怨霊の恐怖!
拝み屋の著者に託された曰くつき実話怪談集!


あらすじ・内容

東北の拝み屋・郷内心瞳のもとに寄ってくる怪異の数々をしたためた人気シリーズ第8弾。
・友人宅近くの丁字路にポツンとある墓石、その謎がわかったのは…「裏付け」
・親戚から譲り受けた勉強机、しかしその夜に奇妙なことが…「由来不明」
・空き家の探検でその家の縁の下に入り込んだら、そこには四つん這いの女がいて…「ムラサキおばさん」
・ある日起こった集団自殺以降、15年の間にさらに多くの人間が不審な死を遂げ、忌むべき場所とされたその墓地。やがて更地となり暗い噂は忘れられていたのだが…「人喰い墓場」
――など収録。

ここに綴られる墓場には死者は静かに冥ってはいないのだ。

著者コメント

 郷里の宮城で、拝み屋という特殊な仕事を営んでいる。
 拝み屋とは、平易に言い表すならその名が示すごとく、拝むことが主なる務めである。
 先祖供養を始め、家内安全や交通安全、受験合格、安産などに関する諸々の加持祈祷、時には魔祓いや憑き物落としなど。相談客の要望に合わせ、あるいは私自身が依頼主の抱える悩みの大筋や多寡から推し量ってその都度、適切な拝みを執り行う。
 斯様に特異な経験を活かし、近年では怪談作家という仕事も兼業している。
 こちらもやはり字面が示すとおり、怪談を書くのが務めである。主には仕事を通じて自身が体験した奇怪な出来事、私の許へ訪れた相談客から聞き得た怖い話や奇怪な話をできうる限り、最良の(あるいは最恐の)形で書き表すように心がけている。
 それに加えて、本書「拝み屋備忘録」シリーズでは毎回、何がしかのテーマを定めて全体を構成するようにしてきた。シリーズ八作目となる今回は墓場を舞台とする怪異や、人の生き死にまつわる怪異を多く選り抜き、編みあげている。
 墓場。日々の暮らしの傍らにあるため、平素はなかなか意識しづらいかもしれないが、墓場はあの世に一際近い場所である。人工的なあの世と言い換えてもいいかもしれない。
 そんな場所であるから、不可思議な体験をする者が多いのも無理からぬ話だと思う。
 人は誰しも死を迎えれば、墓へと納まることになる。墓場は人生の終着点と言えよう。
 命あるもの、死は決して免れることのできない定めである。そこに例外は存在しない。
「生き物」というのは、生きているからこそ死ぬ。
 生き物とは裏を返せばすなわち、「死に物」ということである。 
 人の一生を、仮に八十歳まで生きると仮定しよう。その年数を週数に換算してみると、およそ四〇〇〇週という答えが出る。
「八十年」ではまずまず長そうに思えていたものが、四〇〇〇週に置き換わったとたん、なんとも短いものに感じられてはこないだろうか?
 だがこれは事実である。そして人の寿命は、別に八十年と決まっているわけではない。
 四〇〇〇週を突破して五〇〇〇週生きる者もいれば、三〇〇〇週で死にゆく者もいるし、中には一〇〇〇週にも満たずに逝ってしまう者もいる。
 人の命など、いつ終わるのか分かったものではないのである。
 メメント・モリ。すなわち、死を想え。
 数年前にある人から投げつけられた言葉である。背筋がぞっと凍りつくひと言だった。
 私は今年でそろそろ、四十路の半ばを迎える歳になる。
 前述の喩えになぞらえるのなら、四〇〇〇週の半分以上を消費したことになるのだが、厄介な持病を抱えていることもあり、すでに半分以上では利かないかもしれない。
 かつてスティーヴン・キングは、人がホラーに惹かれる理由を「死のリハーサル」と表したことがある。未知なる死への恐れを克服するため、ホラーというジャンルの中で死の疑似体験を反復する。それこそが人をホラーに駆り立てる原動力なのだという。
 本書にも、そうした効能が少なからずあるのではなかろうか。
 何しろテーマは、墓場と人の生き死にである。誰にとっても大問題のトピックだろう。
 各話に登場する「かつて生きている者だった」存在たちの姿を頭に思い浮かべながら、読まれることをお勧めする。彼らの姿や動きを仔細に観察していけば、いつかあなたがこの世を去ったあと、無闇に迷い出ずに済むヒントも得られるかもしれない。
 人が最後に行き着くべきは墓場である。見知らぬ誰かの背後や枕元ではない。
 本書を大きな墓場に見立て、無数の墓石を巡るようにお読みいただければ幸いである。

本書「終には必ず行き着く場所」より全文抜粋

1話試し読み

墓吹雪

 寿美さんが小学二年生の頃、今から三十年ほど前の話だという。
 秋の夕暮れ時、彼女は祖母に連れられ、近所の田舎道へ散歩に出掛けた。
 家から少し離れた道端には、裏手に雑木林が広がる墓地がある。
 ちょうど彼岸の時節で、ずらりとひしめく墓石の前には、菊や竜胆、千日紅といった色とりどりの仏花が、束になって供えられている。
「綺麗だねえ」
 祖母と言葉を交わしながら墓地の前を歩いているとお供えの仏花が突然、ざわざわと音を鳴らして揺れ始めた。どの墓の前に立てられた花も、左右に大きく首を振っている。
 風かと思ったが、違った。揺れ動いているのは墓地の中の仏花だけで、背後に広がる雑木林や辺りに生える草むらは、葉の一枚さえ微かに揺らぎもしていない。
 何が起きているのか分からず、黙って様子を見ているうちにみるみる怖くなってきた。
 祖母もぎょっと目を開いて固まっている。
 ざわざわと鳴り騒ぐ仏花を見つめ続けていると、激しい揺らぎに耐えられなくなった花びらが、一斉に墓地の虚空へ吹き散らばった。
 西日に薄く陰り始めた墓地の風景が一転、極彩色の吹雪のような様相に見舞われる。
 それは思わずはっと息を呑むほど幻想的な光景だったが、同時に背筋が瞬時に粟立つ異様な現象でもあった。
 墓地の虚空いっぱいを舞い交わす無数の花びらは、まもなく地面へくたりと落ちると、今度は墓地の地面いっぱいに色鮮やかなモザイク模様を形成した。
 隣で唖然となっている祖母に道理を尋ねてみたのだが、祖母もこんな光景を見るのは生まれて初めてとのこと。只事ではないということ以外は、何も分からないと返される。
 祖母が答えた「只事ではない」との言葉どおり、その後は何べん墓地の前を通っても同じ現象を目にすることはなかった。
 だが、この日にたったの一度だけ目撃した仏花の舞い飛ぶ様子は、長い年月が経った今でも目蓋の裏に焼きついて離れないそうである。

―了―

★著者紹介

郷内心瞳  (ごうない・しんどう)

宮城県出身・在住。
郷里の先達に師事し、2002年に拝み屋を開業。憑き物落としや魔祓いを主軸に、各種加持祈祷、悩み相談などを手掛けている。
2014年『拝み屋郷内 怪談始末』で単著デビュー。「拝み屋備忘録」シリーズ『怪談双子宿』『怪談首なし御殿』『ゆきこの化け物』『怪談腹切り仏』『怪談火だるま乙女』『鬼念の黒巫女』『怪談死人帰り』(小社刊)のほか「拝み屋怪談」「拝み屋異聞」各シリーズなどを執筆。共著に『黄泉つなぎ百物語』『怪談四十九夜 地獄蝶』など。

シリーズ好評既刊