現実と非現実の境目が溶ける瞬間の恐怖。急上昇の若手、待望の初単著!『怪談六道 ねむり地獄』(蛙坂須美/著)収録話「首電車」+コメント
現実と非現実の境目が溶ける瞬間の恐怖。
急上昇の若手、待望の初単著!
あらすじ・内容
「ベッドの下から出るわ出るわ……」
歯。歯。歯。歯。歯。歯。
―――「噛夢」より
夢と現実が奇妙にリンクし、曖昧になった刹那を掬い上げる…
実話怪談界の新鋭・蛙坂須美が放つ待望の初単著。
・疲れ果て眠りに落ちそうになった瞬間に感じた無気味な異変…「噛夢」
・自分だけが身に覚えのない、記憶の亡霊のごとく不鮮明な映像とは…「蛇素麺」
・突然居酒屋に入ってきた男との不条理な会話…「犬目耳郎」
・引き籠もりの兄の部屋から聞こえてくる少女の声…「まゆちゃん」
・地方紙の記者が取材先の寺で見かけた女は全体のバランスがちぐはぐで…「泣きぼくろ」
他、32話収録!
淡水と海水が混ざり合うのが汽水域ならば、ここは怪奇と眠りの狭間=奇睡域。
さぁ、地獄の扉が開く。
著者コメント
試し読み1話
「首電車」
何ですか? オバケ? ユーレイ?
ああ、そんなものなら時々見ますよ。別に珍しくもない。
と言っても僕に見えるのは、首だけですけど。
そうそう、生首。
事故頻発の交差点。
心霊スポットと名高い橋の欄干。
一家心中の噂がある家の屋根。
廃神社の手水舎。
高速道路の中央分離帯。
これまでに見かけた場所を挙げていけば、キリがないという。
一番多いのは、電車の中かなあ。
疲れてたりね、体調崩しているときなんかに「あ、またいる」と。
面白いのはね、あいつら──って生首のことですけど──決まって網棚の上に乗ってるんです。
考えてみたら電車の網棚って、生首を乗せるのにちょうど良いと思いません?
要するに、その電車が「引っ掛けた」んでしょうね。
モノによっては大分「壊れてる」こともありますよ。
でも、不思議と怖くはないです。
これは誰かの受け売りですが、人間の身体のパーツで一番不気味なのって、手と足なんだそうですよ。
生首じゃね、何だかちょっと作り物っぽいというか、物質感が強すぎるというか。
ほら、ゾンビ映画なんか、もっと強烈なのがゴマンと出てくるでしょ?
はっきり言って、実物はあれ程じゃないです。とっくに見慣れちゃいましたし。
おまけに……。
網棚の上の彼らは、皆一様に目を閉じ、満たされた表情なのだ。
まるで昼寝でもしている塩梅。
実に気持ち良さそうに見える。
全く呑気なもんです。
こっちは仕事に育児に資格の勉強に親の介護に、兎に角時間がないってのに。
正直、羨ましいです。
僕だってあんなふうに生首だけになって、何も考えずに網棚の上で眠っていたい。
ああ、仕事辞めたいなあ。
家族も面倒臭いな、うん。
趣味も資格も全部うんざりですよ。
ああ、死にたい。死にてえなあ。
ってまあ、今はまだそこまでじゃないですけど。
あの生首を見るたびに、そんな気持ちが少しずつ膨らんでいく気がするんです。
あいつら、それが狙いなのかな? って感じることも、たまにありますね。
だとしたらタチ悪いですよ、生首の癖して。
まあ、それはそれとして。
生首って言葉、怖い話以外で使う機会ないですよね?
―了―
編著者紹介
蛙坂須美 (あさか・すみ)
Webを中心に実話怪談を発表し続け、共著作『瞬殺怪談 鬼幽』でデビュー。国内外の文学に精通し、文芸誌への寄稿など枠にとらわれない活動を展開している。主な著者に神沼三平太との競作『実話怪談 虚ろ坂』、高田公太、卯ちりとの『実話奇彩 怪談散華』がある。