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異彩を放つ話ばかりの超絶奇異実話怪談『異形連夜 禍つ神』(内藤駆)自選試し読み1話+著者コメント

内藤駆が蒐める奇怪霊妙な体験談
2年ぶり待望の実話怪談最新作!


あらすじ・内容

「自分達を守ってくれると思っている存在は、実はとんでもないモノなんじゃないかと」
神か、異形か。里の社で祀られるモノの魁偉なる姿とは―― (「やまのかみ」より)

奇絶怪絶。世の怖い話のなかでも極めて異彩を放つ壮絶な体験談ばかりを蒐集する内藤駆が2年ぶりに放つ待望の最新刊。
・台風の夜、命を取りに港町へ押し寄せる不気味なモノ達「死亡フラグ」
・秘め事の最中に現れる毛虫の赤ん坊と呼ばれる恐ろしい異形「体育倉庫」
・居たはずの人物が周囲の記憶ごと掻き消える…不可思議な存在消失譚の引き金とは「机の下」
・水田のお社で出遭った神様とされる禍々しき何か「やまのかみ」
・東南アジア某国の通称病人村で目撃した化け物の姿「ハハタン」
・幕末から続く因果を一身に受ける少年への凄惨な祟り「霧雨」
――など異形なる恐怖譚22篇を収録。

著者コメント

「托鉢僧」について
この話に出てくる托鉢僧が立っていた駅とその周辺は、今でこそ都内でも有数なオシャレな街の代名詞にもなっています。
しかし、幼かった諸井さんが住んでいた四十年以上前は、広いけれども雑多で汚く騒々しい感じの駅だったそうです。
駅周辺には複数のホームレスがたむろし、昼間から酔っぱらいが叫んでいるような状態でした。
そんな混沌とした中でも毅然と立ってお経を唱える作中の托鉢僧は、子供だった諸井さんにの目にも輝かしく、孤高の存在に見えたそうです。
今回、取材後に私もその駅ビルの自販機コーナーに行きました。
確かに自販機の影に隠れて一輪挿しが置いてあり、諸井さんが手向けたであろう白い花もありました。
私も手を合わせましたが、鈴の音は響いてきませんでした。
作中の托鉢僧に、何が起きたのかは不明ですが、一日も早く救われることを祈るばかりです。

試し読み1話

托鉢僧

 東京のO区で花屋の店主をしている、シングルマザーの諸井さんから話を聞いた。諸井さんは小学校低学年の頃から、よく祖母の家に遊びにいったという。
 両親が共働きで、友達の殆どいない鍵っ子だった諸井さんを不憫に思った祖母は、そんな彼女を連れて外へ出かけた。
 二人が最寄り駅へ行くと、改札口の隅にしばしば托鉢僧が立っていた。
 笠で影になり、顔はあまり見えなかったが、下顎に伸びた無精髭が印象に残っていると諸井さんは語る。また僧が身に着けている袈裟や頭陀袋、草鞋などは年季が入っており、全てがボロボロだった。
 その托鉢僧を見かけると祖母は必ず、近寄って合掌し、財布に入っている小銭を全て、僧が片手に持つ鉢の中に入れる。
 すると托鉢僧は、チリ~ンと鈴を一回鳴らし、低い声でお経を唱える。
 祖母は僧に一礼すると、晴々とした顔つきで諸井さんの元に戻ってくる。
 諸井さんは何度もそのやり取りを見ているうちに、自分もやりたくなった。
 そこである日、いつものように祖母と最寄り駅に行き、托鉢僧が立っているのを確認すると今日は自分がやる、と祖母に小銭をせがんだ。
 祖母は私がやっている通りにしてごらん、と微笑みながら諸井さんに小銭を渡す。
 諸井さんは少し緊張しながら托鉢僧に近づき、合掌した。
 托鉢僧は小さな彼女のためにしゃがみ、ゆっくりと鉢を差し出す。
 彼女は十円玉を一枚ずつ、計五枚を鉢に入れた。
 托鉢僧は、しゃがんだまま鈴を鳴らす。
 諸井さんは托鉢僧の髭の生えた口元が、微笑んでいたのを見て少し嬉しかった。
 チリ~ンと鈴を鳴らし、立ち上がった托鉢僧は、お経を低い声で唱え始めた。
 それが諸井さんと祖母の見た托鉢僧の最後の姿だった。
 近所の人の話によると、諸井さん達が最後にお布施をした日から数日後、托鉢僧は駅前で急に吐血し、救急車で運ばれてそのまま帰らぬ人になったという。
 詳しくは分からないが、何か大きな病気を患っていたらしい。

 それからまた数日経って、諸井さんと祖母は最寄り駅の改札口近くを通った。
〈チリ~ン〉
 唐突に鈴の音が鳴り、驚いた二人は辺りをキョロキョロ見回したが、もちろんあの托鉢僧の姿はない。
 駅周辺に別の托鉢僧や、鈴の音を鳴らすような物体も全くない。
「あのお坊さんかな?」と諸井さん。
「そうかもしれないね」と祖母は頷く。
 そして二人で以前、托鉢僧が立っていた改札口の隅に手を合わせた。
〈チリ~ン〉
 もう一度、鈴の音が静かに鳴った。

 それから数十年の間、諸井さんは地方で結婚、出産、離婚を経験し、数年前に娘一人を連れて東京に帰ってきた。
 諸井さんは、かつて鍵っ子だった自分を面倒見てくれた祖母の家に住むことになった。
 昔、托鉢僧が立っていた最寄り駅はビルと合体し、原形を留めていないくらい綺麗に改装、整備されており、当時の面影は全くなかった。
 引っ越しが終わって落ち着いた後、諸井さんと娘さんは駅ビルに買い物に来た。
「昔、お婆ちゃんと私がこの駅に来ると、托鉢をしているお坊さんがいたの」
 諸井さんは自分の過去を話したが、娘はスマホを見ながら全く関心がない様子。
「ふーん」と気のない返事をして、一人トイレに行ってしまった。
〈チリ~ン〉
 数十年ぶりに聞く、あの鈴の音。
 ハッと何かを感じた諸井さんは娘を待っているのを忘れて、ある場所に向かう。
〈チリ~ン〉
 諸井さんが着いたのは、ビルの隅にある自販機コーナーの前。
 かつて托鉢僧が立っていた、旧駅の改札口の隅だった場所だ。
〈チリ~ン〉
 自販機の前に托鉢僧がいた。ボロボロの笠や袈裟、そしてあの鈴。
 間違いなく、祖母と一緒にお布施をした托鉢僧だった。
 しかし昔と違って床に両膝をつき、ぜぇぜぇと苦しそうに荒い呼吸をしていた。
 それでも托鉢僧は鈴を鳴らすのを止めない。
「お久しぶりです、大丈夫ですか?」
 諸井さんが駆け寄ると、托鉢僧が顔を上げ、その勢いで笠が地面に落ちた。
 痩せ細り、不健康に茶色く染まった托鉢僧の顔が露わになった。
 髪の毛は殆ど抜け落ち、顔は皮が張り付いているのみ、というくらいに窶れていた。
〈チャリンッ!!〉
 托鉢僧は鈴を落とし、苦しそうにむせ込んだ後、地面に血を吐き散らした。
 そんな状況でも、彼は諸井さんに向かって鉢を差し出した。
 諸井さんは涙目になりながら、財布の中のお金を全て鉢に入れた。
 そのとき、托鉢僧の懐から赤黒い腕が現れ、鉢の中のお金を全て掴み、引っ込んだ。
 諸井さんは一瞬だけ、赤黒い腕の主の顔を見た。
 その顔は托鉢僧の胸にくっついており、赤黒い顔に目鼻や口の部分には深く黒い穴が空いているだけだった。
 赤黒い不気味な顔は口の穴にお金を放り込むと、顔全体を歪ませ、諸井さんに向かって醜い笑顔を見せた後、托鉢僧の胸に沈んでいった。
 托鉢僧は落とした鈴を震える手で拾い、チリ~ンと鳴らす。
 そして救いを求めるような哀れな顔で諸井さんを見ると、彼女の前から消えた。

 今でも諸井さんが駅ビルの自販機コーナーに行くと、チリ~ンと鈴の音が鳴る。
 それは娘さんには聞こえず、諸井さんだけに聞こえるようだった。
「お坊さんは助けを求めて、ずっとあの場所で鈴を鳴らしているんだと思います。でも、私ではどうすることもできない。あの、赤黒い顔が恐ろしいのです」
 悲痛な表情で諸井さんは言う。
「一体、あのお坊さんの身に何が起こったというのでしょうか……?」
 諸井さんは今でも時々、駅ビルの自販機コーナーに行くと、誰にも見られないように一輪の花を供えるという。
 するとそれに反応するように、チリ~ンと鈴の音が響く。
 それは、とても弱々しく悲しい音色だそうだ。

ー了ー

◎著者紹介

内藤 駆  (ないとう・かける)

ホラー映画、ホラーゲーム、怖い話(実話、創作共に)、怖い絵と夜のランニングが好きな男。書き溜めた実話怪談を編集部に持ち込み拾われた。
2019年『恐怖箱 夜泣怪談』にて単著デビュー。著書に『夜行怪談』、共著に『現代怪談 地獄めぐり』『黄泉つなぎ百物語』『聞コエル怪談』『恐怖箱 呪霊不動産』『村怪談 現代実話異録』など多数。

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