神、あやかし、得体の知れぬモノ…幽霊以外の恐怖実話を大蒐集!『妖怪談 現代実話異録』(加藤一/編著)収録話「外来種」(つくね乱蔵)+コメント
人の世の理を超えた圧倒的畏怖。
神と妖の実話怪談!
あらすじ・内容
「猿の神様を連れて帰る」
東南アジアの村から父が送ってきた写真。
そこには人面の異形が…
「外来種」より
幽霊はあくまで元人間。
怨みや憎しみといった感情も、人の言葉も理解ができる。
だが、異形の世界は違う。
人の理〈理〉は通じない――その恐ろしさたるや……。
飛行機に乗り合わせた天狗のような男。乱気流が起こると団扇を取り出して…「高度一万メートルの邂逅」
財布をすられた祖父が頼った姪。姪は蝦蟇を呼びその肝を…「籠蛙力行」
温泉街で見かけた木乃伊館。その夜、失踪した夫は意外な場所に…「木乃伊館」
村の裏山に棲む危険な神。見た者は目を喰われると言われるが…「遭神」
父が東南アジアから連れ帰った猿の神。昼は木彫りの像だが…「外来種」
山の廃屋からまろび出て里に来る妖・血鞠とは…「ちまりの話」
人を刺した箸から芽吹いた楠に宿る妖獣…「しいらくさん」
ある家が祀る独自の神、〈海ンカミサン〉。強すぎるその力とは…「ゥフゥヌンヮヌゥーノッ」
他、異形たちが跋扈する33話!
編著者コメント(加藤一)
試し読み1話
「外来種」つくね乱蔵
藤田さんの両親の趣味は海外旅行だ。
今まではずっと欧米諸国が目的地だった。それこそ、馴染みの店を持つぐらい頻繁に訪問している。
最近は新しい刺激を求めると称し、専ら東南アジアを訪ね歩くようになった。
カンボジア、ベトナム、タイ、シンガポールなどの大都市は勿論、セブ島やバリ島もお気に入りだ。
有名な観光スポットは避ける。誰もが行く観光地よりも、生活感溢れる市場や裏通りを彷徨く。その土地の住民と触れ合うのが何よりの楽しみだという。
女性に限らず、男ですら危険な場所もあるだろうし、できれば止めてほしいと頼んでいるのだが、二人とも気にも掛けてくれない。
父は大手の商社で部長にまで出世した男である。海外支社の勤続年数が長く、英語を始めとして四カ国語に精通している。加えて、数多くの修羅場を乗り越えた経験もある。いざという時は、空手二段の実力が発揮されるだろう。
母も、看護婦長まで勤め上げた女性だ。度胸という点では父の上を行くかもしれない。
当分、藤田さんの心配は解消されそうもなかった。
半年前のこと。
例によって両親は海外旅行に向かった。新型コロナの影響で暫く控えていたため、久しぶりの長期旅行だ。
使い込んだスーツケースを引き、散歩に向かうような足取りで二人は出かけていった。
今回の目的地も東南アジアである。十日間掛けて、のんびりと過ごしてくるらしい。
時折届くメールに添付された画像には、いつものように妙な街角や、得体の知れない物ばかりの市場が写っている。
美しい海岸や素晴らしい夜景などは一つもない。
相変わらずだなと苦笑しながら、藤田さんは両親の帰国を待った。
帰国を明日に控えた日、またしてもメールが届いた。例によって画像が添付されている。
何処かの村のようだ。家屋とも呼べないようなみすぼらしい建物が並んでいる。
そのうちの一軒に妙な物がいた。薄暗がりのせいで、断定はできないが猿に思える。
人間の子供にしては、手足や身体の見た目が歪だ。ただ、どう見ても顔は人間だ。
そういう種類の猿がいるのかもしれない。いずれにしても、奇妙な生物だ。
メールの本文には、こんなことが書かれていた。
写っているのは猿の神様だ。この村で飼っているらしい。見た瞬間、惚れた。どうにかして連れて帰りたい。交渉してみる。
「いや、それは駄目だって」
思わず呟いてしまった。確か、猿の輸入は試験研究用か展示用に限られているはずだ。
基本的に一般人は輸入禁止と言ってもいい。幾ら珍しいからといっても、いや珍しければ尚更、持ち帰りは不可能だろう。
父にどれぐらいの権力があるか分からないが、法律を無視できるとは思えない。
藤田さんは、その気持ちを素直に返した。結局、それ以降のメールのやりとりはなく、帰国の日を迎えたのである。
両親は珍しくタクシーで帰ってきた。普段なら、行き帰りとも最寄り駅からぶらぶらと歩いてくる。
様子もいつもと違う。羽を伸ばしてきたはずなのに、夫婦喧嘩でもしたかのように険しい表情だ。
出迎えた藤田さんも無視し、タクシーから降ろしたスーツケースを持って家に入っていく。
「お帰り。荷物、運ぼうか」
二人とも振り向きもせず、スーツケースを居間に運び込み、ゆっくりと開けた。
衣服に混ざり、古びた木箱が入っている。父は、その箱を骨董品でも扱うように慎重に取り出した。
「猿の神様だ。漸く我が家にお招きできた」
そう言って、ゆっくりと箱を開けた。
藤田さんの脳裏に浮かんだのは、あの画像の猿だ。一瞬、身構えたのだが、中から現れたのは猿は猿でも木彫りの像だった。
素人の手によるものか、かなり粗い像だ。辛うじて猿と分かる程度である。絹製と思われる紫色のクッションで保護されてあった。
二人は、その像を慎重に取り出し、サイドボードの上に置いた。残念ながら、北欧風の内装に全く似合っていない。
笑ってしまった藤田さんを二人は物凄い目で睨みつけ、像の前でいきなり土下座を始めた。
唖然として見つめる藤田さんの目の前で、一心不乱に祈りを捧げだす。聞いたこともない言語で、歌うような祈りだ。
何度か止めようとしたが、無理だった。三十分ほど経ち、漸く二人は祈りを終えた。
それからは普段通りの両親に戻り、一緒に食事をし、会話を交わし、いつもより少し早めに二人とも仲良く就寝した。
さっきの土下座と祈りは何だったのかと訊ねたのだが、そのときだけポカンと口を開けたまま、何も言わなくなる。
怖くなった藤田さんは、それ以上の追及は止めてしまった。
一体あの祈りは何だったのか。あの像は何なのか。何やら宗教的な印象もあるが、調べるべきだろうか。
自室でネットを検索してみたが、該当するような物は見当たらない。
気持ちは悪いが、実物をしっかりと調べてからだと決心を固め、藤田さんは居間に向かった。
時刻は夜中二時。足音を忍ばせて進む。両親はすっかり眠っているようだ。
居間のドアをそっと開ける。部屋の明かりを点けた瞬間、異様なものが見えた。
像が置いてあった場所に、猿が座っている。木像ではない。あの画像に写っていた猿だ。
目の前で見て、はっきりと分かった。間違いなく、首から上が人間である。アジア系の顔、平たく広がった鼻と細い目、薄い唇が妙に赤い。
猿は、その唇をきゅっと引き絞り、甲高い声で笑った。
ドアノブを握りしめたまま、立ち竦む藤田さんに向かって、猿は何事か言った。
グトムナコと聞こえた。もう一度同じ言葉を発したが、藤田さんは固まったまま、反応できない。
猿は諦めた様子で首を軽く振ると、立ち上がって窓のほうに歩いていく。
止めなきゃという気持ちと、あんなものに関わってはいけないという気持ちがせめぎ合う。
迷っている藤田さんをチラリと見てから、猿はゆったりとした足取りで窓に到着し、そっと手を触れた。
その瞬間、猿は窓をすり抜け、外に出た。匂いを嗅ぐように鼻を突きだし、何かを探している。
目的地が決まったのか、猿は大きく一声吠え、走りだした。
大変だ、警察に通報しなきゃ。いや待て、信じてくれるだろうか。猿を見かけたと言えば、来てくれるのは間違いない。
だが、あの見た目である。捕獲に成功したら、とんでもない騒ぎになるのでは。
その結果、万が一にでも両親が持ち込んだものだとばれてしまったら、逮捕されてしまう。
散々迷った挙げ句、藤田さんは全て見なかったことにした。
翌朝。
恐る恐る居間に向かうと、既に両親がいた。二人ともサイドボードを見つめている。
それだけではない。あの奇妙な祈りを始めている。
対象となる猿の置物はもうないのだが、構わないようだ。
前回と同じく、三十分ほど経ち、二人は普段通りの生活を始めた。
結局、猿は戻ってこなかった。
それから一カ月後。二人はまた、海外旅行に向かった。行き先は前回と同じく東南アジアの国である。
今回は一週間だけだ。最終日近く、父からメールが届いた。
こんなことが書いてあった。
今度は雌の猿の神様が手に入った。物々交換を希望されたが、何とかなった。
添付された画像には、女性の顔をした猿を抱っこする父が写っていた。
今回もやはりタクシーだった。喜色満面の父だけが降りてきた。スーツケースを持ち、家に入っていく。
「父さん。母さんはどうしたの」
父は振り向きもせずに答えた。
「交換した」
サイドボードには、前の物と同じような木彫りの猿の像が置かれた。雌の猿ということだが、言われてみれば何となく線が優しい。
猿は真夜中にまた実体化し、同じようにグトムナコと言葉を残し、闇に消えていった。
父は母がいないことに何も感じていないようだ。
実を言うと、藤田さん自身も別にかまわないかと思っている。一週間程経ち、猿が二匹揃って仲良く帰ってきたからだ。
自宅の庭で楽しげに遊ぶ猿達を見ていると、何もかもどうでも良くなってしまう。この世はパラダイスなのだと確信できる。
こんな幸せを手放す訳にはいかない。子供が生まれて数が増えても、全力で守るつもりだという。
ちなみに、グトムナコという言葉を調べたのだが、タガログ語で腹が減ったという意味らしい。
猿達が何を食べているのか、藤田さんには分からない。父は知っているようだ。
―了―
著者コメント(つくね乱蔵)
編著者紹介
加藤 一 (かとう・はじめ)
1967年静岡県生まれ。老舗実話怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル「恐怖箱」シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。近著に『「弔」怖い話 六文銭の店』、主な既著に『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「「忌」怖い話」「「超」怖い話」「「極」怖い話」の各シリーズ(竹書房)、『怪異伝説ダレカラキイタ』シリーズ(あかね書房)など。