怪は非情にして慈悲深く、時に我々の横を掠め、時に真中を貫いていく。
人から怖ろしいこと奇異なことをひたすらに聞き、書き綴った実話怪談。
あなたが覗き見る「異界」は確かに誰かの「現実」である。
あらすじ・内容
●房総の“名所”で撮った4人組の写真。全員記憶にない飛行機のポーズをとっていて…「断崖」
●上棟式で餅を撒く当主の背後に現れた黒い影。ソレが撒く謎の紙縒りは…「建前」
●亡き祖母の家。片付けたはずの折り紙細工がどこからともなく現れ、増えていく…「懐かしい家」
●山奥にあると噂の不法投棄のゴミ山を見に行った女子大生二人。そこで見たのは…「ゴミの霊」
●田舎の廃屋のリノベを始めたところ原因不明の体調不良に。そこに奇妙な隣人が現れて…「重要事項説明」
●ヘッドホンを外してはいけないルールの仕事部屋。曰くつきのデータ入力作業とは…「闇バイト」
●落研で怪談噺をやり始めてからおかしくなった兄。家の中に漂う異臭はどこから…「怪談噺」
●山で怪我をしたタヌキを助けた夫婦に訪れた奇跡…「たぬきのはなし」
ほか生粋の恐怖から恐怖だけではない何かまで、怪に関わった人間そのものを綴る全23話収録!
怪異の体験者の声を聞く。それが起こった現場を検証する。
当事者の心に寄り添い、しかしあくまで冷静に怪異を見つめ、あったることを記す。
2014年の「甲」より10年毎年1冊、とれたての怪異をお届けしてきた十干シリーズも本書で完結となる。
シリーズとはいえ1冊ごとに独立した実話怪談集であるから、どこから読んでも構わない。
本書を偶然手にとった方はぜひ遡って読んでいただけたら幸いである。
著者コメント
試し読み1話
「断崖」深澤夜
「心霊スポットっていうか、所謂〝名所〟なんですけど」
平岡君らは、友人五人で連れ立って房総の海岸沿いの心霊スポットを訪れた。
正確にはそこを目指した訳でもなく、メインの目的地は別にあった。それが途中にそういう場所があると知って寄ることにしたのだ。
車でサッと流して、見て、すぐ移動するだけ。肝試しらしいこともしない。
「途中、一人、めっちゃ嫌がった奴がいたけど、まぁ、まだ明るかったし、『大丈夫だよ』って……」
目的地に着いたときは陽が傾き、大きな空の東のほうから夕闇が這い上がる時間帯。
眼下に太平洋の荒波が打ち付ける断崖絶壁だった。
「『おー!』とか言いましたけど。ま、なんてことない崖ですよ。命の電話の看板とか観て」
記念写真を撮ることにしたのだそうだ。
絶壁を背に四人が並んで、一番怖がっていた奴がスマホを構えた。
「したら、そいつ、『あれー逆光になるな?』なんて言って何枚か撮ってたんですけど、そのうち『あれ?』――って首傾げて、固まっちゃったんですよ」
撮影していた男はスマホを覗いたまま、押し黙る。
緊張したような、驚いたような、表情までその瞬間で固まっていた。
被写体四人のほうも、ずっとポーズを決めて固まっていたのだが。
「早くしろよって思うじゃないですか。で、『撮れた?』って言ったら『撮れた』っていうから、まぁいいかって見たんです、写真」
フォトロールには似たような逆光の失敗写真が数枚。
「俺ら、前で一人中腰になって、後ろ一人でガッツポーズ作って、〝チャリで来た〟のポーズしてたんですよ」
その最後の一枚を見て、平岡君は『何だこれ』と声を上げた。
「最後の一枚だけ、ポーズが変わってて」
着ているものは同じだ。平岡君ら四人に間違いない。背景も同じ夕焼け。
しかし――四人はほぼ横並びに近い隊列になって、全員が飛行機を真似たように両腕を水平に広げている。
身体はこっちを向いているのに頭部だけが強烈な逆光のようで、顔が真っ黒な写真だった。
「逆光ってか――首だけ後ろの、海のほうを向いてる、みたいな……」
それはまるで四人揃って崖から飛び立つような。
「……気持ち悪いじゃないですか、そんなの」
それから異変は始まった、と平岡君は考える。
信号待ちの間スマホを見て、ふと道の反対側を見ると――同じく信号待ちをしている親子があった。
母親と、二人の幼い兄弟。
その兄弟がこちらを見て、揃って両腕を飛行機のように広げて見せたのだ。
信号が変わって横断歩道を歩き出すと、すれ違うときにも二人は両手を広げて見せた。
二人は、平岡君の背後を見ていた。思わず振り返っても、自分の後ろには誰もいない。今すれ違ったばかりの兄弟が自分のほうを見ながら、母親に手を引かれて歩いてゆく。
更に別の日、彼は駅のホームで電車を待っていた。ドアの位置に並ぶ、その列の最前だったという。
『ホームから離れてください! 電車接近しています!』
厭にしつこく繰り返される駅員の警告が、彼の耳にも届いた。
平岡君はホームの際からは充分な余裕を持って立ち、スマホに没頭していた。
『スマホ見てる人!』
思わずスマホから顔を上げる。周囲を見ても、怒鳴られるほどギリギリに立っている人間はいない。
平岡君の立ち位置も点字ブロックより内側だ。
そこへ駅員が直接、「ホームから離れてください!」と叫びながら走り込んできたが――。
駅員は平岡君を見て「?」と首を傾げ、そのまま何も言わずに引き返してしまった。
※
「……とにかく変なんですよ。あとなんか、部屋の中にいるのに、突風が吹くことあるんですよ。ダーッって。あと海クサい匂い」
――突風?
「俺は誰にも言わなかったけど、一緒に崖に行った奴は何か、霊能者みたいな人に見てもらったらしくて。したら『お前は遊び半分でよくない場所に行った。手遅れかもしれない』とか言われたって。無茶苦茶じゃないですか。俺ら別に、何も悪いことしてないし」
それはそうだ。彼らはただ、行って、写真を撮った。それだけ。
「いいじゃん、観光地なんだから。遊び半分で行くとこなんですよ。大体、そんなん言い出したら観光地で死ぬほうが百パー悪くないっすか?」
その霊能者はこうも言ったのだという。
「『遅らせられるかも』って」
『遅らせられるかも』――その言葉の意味はわからなかった。
しかし少しして、その意味を察するようなことが起きた。
夕方、アパートの自室でごろごろしていた平岡君は、ふと台所が暗くなるのに気付いた。
次いで、ザーッという音。
夕立かな、と窓を見ると、夕焼けで紫色の空は雲が多いが雨ではなさそうだ。
台所に行ってみると、外廊下に面した磨りガラスの向こうが真っ暗である。
玄関のドアを開けて外に出ると、台所の窓枠を外から格子状の防犯柵が押さえ込む形ではめ込まれている。その柵と窓の間に、目隠しするように板状のものが差し挟まれているのだ。
それは裏面がサビた金属板だ。
悪戯だろう。しかし誰がこんなこと――と、平岡君が引き抜いたところ、思わず「うわっ」と落としてしまった。
〝いのちの電話・相談室 一人で悩まないで、話してください〟
※
その看板を見て、彼は硬直してしまったという。
だがすぐに『隠さないと』と頭を切り替えた。一抱えもある金属板でやたら人目に付き、投げ捨てる訳にもいかない。
どうすべきか数秒悩んだ後、彼はそれを拾い上げ――部屋に引き込んでしまった。
「だって、さすがにそのままって訳にいかないでしょ。捨てるにしても剥き出しのままって訳にはいかないし」
彼は部屋に命の看板を置き、向き合った。
なぜそうしたのかはわからない。
こんなことをするのは一緒にいた他の四人の中の誰かに違いない。趣味の悪い悪戯だ。
でも誰が?
そのとき、また突風が部屋を吹き抜けて、潮の匂いがした。
それでふと悟ったのである。『遅らせられるかも』という言葉の意味だ。
「――来てるんですよ。あの崖が」
断崖絶壁から何かが来るのではない。
断崖絶壁そのものが、すぐ足元にまで迫ってる気がした。
「そしたら、誰か耳元で『早くしろってこと』って言ったんです。振り向いたけど、部屋には俺しかいないし――でも確かに」
女の声だったという。
ー了ー
◎著者紹介
【編著】松村進吉(まつむら・しんきち)
1975年、徳島県生まれ。2006年「超-1/2006」に優勝し、デビュー。2009年から老舗実話怪談シリーズ「超」怖い話の五代目編著者として本シリーズの夏版を牽引する。主な著書に『怪談稼業 侵蝕』『「超」怖い話 ベストセレクション 奈落』『丹吉』など。共著に丸山政也、鳴崎朝寝とコラボした新感覚怪談『エモ怖』がある。
【共著】深澤夜(ふかさわ・よる)
1979年、栃木県生まれ。2006年にデビュー。2014年から冬の「超」怖い話〈干支シリーズ〉に参加、2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干シリーズ〉の共著も務める。単著に『「超」怖い話 鬼胎』(竹書房文庫)、松村との共著に『恐怖箱 しおづけ手帖』(竹書房文庫)がある。
好評既刊