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「投稿 瞬殺怪談」振り返り総まとめ1

切れ味鋭い超短編怪談が人気の『瞬殺怪談』シリーズも前回の「呪飢」で通算10冊目ということで一区切り。
市井の超短編怪談を集めてみようということではじまったのが、「投稿 瞬殺怪談」である。
毎月、竹書房怪談文庫が主催している新人発掘大会「マンスリーコンテスト」の特別企画として、これまで『瞬殺怪談』シリーズを牽引してきた、
平山夢明、黒木あるじの両先生を審査員にお迎えし、2か月にわたって募集した。
第1回は1ページ怪談。文庫1ページに収まる40字×14行という限られた文字数で恐怖を競ってもらう。
通常のマンスリーコンテストは200作程度の応募数であるが、両先生に作品を見ていただける、優秀作は実際に文庫に掲載されるという2つのモチベーションがブースターになったのか600作以上の応募があり、両先生、編集部ともに嬉しさと選考の困難さに悲鳴をあげた。
ひとり何作でも応募可能であり、平山先生、黒木あるじ先生ともに相談はなく独自に選ぶ。結果、面白いことが起きた。

平山賞「予兆」クダマツヒロシ
黒木賞「食い違い」クダマツヒロシ

両先生がそれぞれに同じ作者の違う作品を選んできたのである。

平山賞「予兆」クダマツヒロシ

 部活を終えて帰宅した彩さんが玄関のドアを開けると、何かが焦げたような酷い臭いが鼻をついたという。
「ただいまー! 何このニオイ……」
リビングを覗くとキッチンコンロの前に立つ母の後ろ姿が見えた。肩越しに黒い煙がモクモクと立ち上っている。
「いるなら返事してよ。てかさ、換気扇ぐらい回して!」
 苛立ちながら詰め寄る。その時母の手元が見えた。黒焦げの、ミニチュアの家のおもちゃだった。母はそれをトングで掴み、くるくると回転させながらコンロで炙っている。
「……これ何?」
 反応がない。母はぼんやりとした表情のまま、コンロの火の上でおもちゃをくるくると回転させている。肩を揺すろうと手を伸ばした時、玄関から「ただいま〜」という聞き慣れた母の声がした。咄嗟に振り返り、もう一度視線を戻すと、目の前には誰もおらず、焦げついたような酷い臭いも一切消えていたという。
 彩さんの自宅が原因不明の火事で全焼するひと月前の出来事だそうだ。

黒木賞「食い違い」クダマツヒロシ

 高野さんは幼少の頃から自宅の中で家族以外の誰かに名前を呼ばれることが多くあったという。
 その声は決まって、父、母、姉の「家族のうちの誰か」の声色なのだが、声の元を辿るといつも誰もいない一階の和室に行き着くそうだ。
 一人で留守番をしている時にも起こるため、そんな時は大音量で音楽をかけるかテレビをつけてやり過ごしていたという。
 この現象は高野さんが高校二年生の秋、父親が亡くなったことをきっかけに自宅を手放すまで続いた。
 先日、姉に初めてその話をしたところ姉にも同様の体験が頻繁にあったことが判明したという。
「和室の仏壇からでしょ? 本当に気持ち悪かった」
 姉が、良かった、私だけじゃなかった! とはしゃぎながら高野さんの手を握る。

 高野さんの自宅に、仏壇があった記憶は一度もない。

ただ、全体的に平山先生の選評は辛口であった。これはいわば、愛の鞭であろう。短いなかにも真理をついた言葉は投稿者全員の心に刺さったことと思う。

●総評
応募作全体的にパンチが弱い。書き手にとっては当然わかってるはずの核心が怖くないから、底にたどりつくまで長くて皮が厚いホーケー怪談が多い。書き上げた後で半分切る癖を付けると文章にキレが出て、もっと殺傷力の高い怪談が書けるでしょう。
●「予兆」クダマツヒロシについて
 短い文章のなかに奇想を詰め込んでいる。恐怖と云うほどのショックはないが読後も妙に「なるほどな」と思ってしまうのが面白い。

一方、黒木先生は最恐賞だけなく優秀作について細かいアドバイスを送った。これもまた怪談と怪談書きを目指す者たちへの愛にあふれている。

●「食い違い」クダマツヒロシ
 タイトル、文体、締めの科白。いずれも素晴らしく、瞬殺怪談のお手本のごとき一本ではないかと感嘆しました。記憶の齟齬系、認知の歪み的な話は、ここ数年の実話怪談におけるトレンドのひとつになっていますが、そのなかでも珠玉の作品かもしれません。
 いちゃもんにも似たアドバイスを無理やり書き添えるとすれば、改行でしょうか。2行ずつの改行が連続していますが、どこか一ヶ所をツメると、ざっくり全体を眺めたときにバランスが良いように感じるのです(もちろんこれは個人的な感覚にすぎず、正解などないのですけれど)。裏をかえせば、そのように瑣末な点しか指摘できないという事実が、この怪談の巧さを証明しているわけです。
●「せーのっ!」クダマツヒロシ
〈怪が発生した瞬間〉のトリミングが非常に巧いと感心しきりです。飛び降りた彼女とて、もしかしたら「掛け声を言わせた誰か」にいざなわれた犠牲者なのではないか。そんな禍々しい想像をはたらかせてしまいました。
 重箱の隅をつつくような難癖をつけるとすれば、指示語「その」「あの」などは、いくつか削ってしまって良いかもしれません。長文であればさほど気にならない指示語の連続も、掌編だと文字を追う目が止まってしまうかも──との危惧を抱いてしまいます。なにせ瞬殺怪談ですから、たった二文字がおよぼす影響はことのほか大きいのです。
●「脳ではなく」卯ちり
 結論の斬新さに「なるほど、そういう発想もあるか」と膝を打ちました。淡々とした筆致がラスト一文を引き立てて、なおかつタイトルの意味も回収する。手練れの業ですね。
 ただ一点、ドラマの小姑じみた注文をつけるならば、冒頭でしょうか。「海外在住」と曖昧模糊な表現にとどめていますが(その意図もじゅうぶんに理解できるのですが)、あまりに範囲が広すぎて、その後に続く描写をどのような光景で想像すればよいものか、わずかに戸惑ってしまうのです。たとえば米国の片田舎や東南アジアの都市、欧州の港町など、特定されない範囲ですこしだけ表記すると、読み手は自身の経験や知識をもとに〈怪の舞台〉を想起するのではないかしらん──なんてことを考えた次第です。
●「律儀」かわしマン
 死者から電話がかかってくる──これだけならば「何処かで聞いたような怪談だな」でお終いになるのでしょうが、納骨の日まで延々と続くあたりに新味を感じます。前段の「堅物で真面目な性格」という一文が怪異のバックボーンになっている点も秀逸ですね。
 ただ一個、揚げ足まがいの指摘をすると、二行目の「田北さんは部下の山口さんからの電話に出るとそう言われた」が、すこし気になっています。電話の主が田北なのか山口なのか、書き出しの科白はどちらの発言なのか、そのあたりが一瞬混乱してしまうのです。たとえば「田北さんが電話に出ると、部下の山口さんがそのように言った」「田北さんが握っている受話器の向こうで、部下の山口さんはそう言って詫びた」などという表現にすれば、引っかかりをおぼえず読み進められるように思います。瞬殺怪談のスピード感を鑑みるなら、なるべく読み手にブレーキを踏ませないよう努めることも重要かもな──と、改めて思いました。
●「裸地蔵」浦路迷イ
「いちばん怖いのは人間だ」とは、怪談を鼻で笑うタイプの人間が総じて口にする言葉です。私はその意見に与しない立場ですが、「裸地蔵」を読みおえたあとでは地蔵より珠江さんに怖気を感じてしまいます。素朴な善行が忌まわしい結果をもたらし、その〈呪い〉を生きるよすがにしてしまう展開は、短いなかに人間の業と念がこめられていて鳥肌が立ちます。さりげなく「義母」と綴っているあたりも、珠江さんとの関係を暗に示していて上手ですね。
 強引に注文を捻りだすとしたら、「義母の病状をワンセンテンス記してほしかったな」といったところでしょうか。臥せった義母の顔色は、呼吸は、咳の頻度は、髪の脂気は、体臭は──そのあたりに言及があれば苦悶がいっそう鮮やかになり、地蔵の呪詛の恐ろしさがさらに読み手を慄かせるのではないか。怪談好きの我儘とは承知しつつも、そんなリクエストを出してしまいます。
●「部屋にいるのは」ねこ科たぬき
 苦悶する兄の声すらも、ある種の〈罠〉だったというのは恐ろしいですね。部屋に出現した女のビジュアルもなかなか壮絶で、いったい兄が何処でなにをしたものやら、厭な想像を巡らせてしまいます。逆に、兄と女のあいだにいっさい因果がないとすれば、却ってそのほうが怖いかもしれませんが。
「ううん、惜しいな」と歯噛みしたのは、書き出し部分「高良さんが高校生の頃、卒業を控えていた兄が」のくだりです。「高校生」という語句の直後に「卒業を控えた」なる説明が登場するため「兄も高校生なの? それとも大学生なの?」と戸惑いつつ読み進めてしまいました。些細な点ではあるのですが、登場人物の年齢や相関関係、時系列などは意外と気になってしまうものでして。「高良さんが高校一年の夏、ふたつ上の兄が」のような描写にすれば、蹴躓く可能性も減るように思ったのですが、如何でしょうか。
●「生き別れの岩」高倉樹
 見慣れた駅前に屹立する奇岩。異様とはまさにこのこと、なんとも不気味な話です。「石を持ち帰ると禍に見舞われる」との言い伝えが残る場所は全国各地にあるものの、これほどインパクトをもたらす処も珍しく、がぜん立山カルデラに興味が湧いてしまいました。
 逸る心のついでに申しあげるなら、冒頭から6行目あたりまで──つまり奇石との邂逅に入るまでが、すこしばかり冗長な印象をおぼえました。たとえば「じわじわと腹が痛くなってきた」を書き出しにして、「腹痛の原因」を回顧していくほうが効果的かもしれません。また、私は不勉強で富山平野についての知識もなく、ましてや立山カルデラの岩々がどのような形状、どのようなマテリアルか存じません。願わくば、そのような人間でも想像できるよう「岩肌の描写」「小石がどのような色合いか」あたりが一文でも明示されていると、駅前で目にした奇岩の「珍しい色」が鮮明になるのではないかと思います。
●「トイレに居る」青葉入鹿
 有名な歌を彷彿とさせる内容ながら、単純に「守護霊ちょっとイイ話」では片づけられない不穏さにゾクリと震えました。神様(Iさんいわく霊のようですが)が姿を見せない点も不穏ですし、住所を淡々と綴った最後の一文もやけに凶暴な気配がうかがえて、ギョッとしてしまいます。
 難を言うならばタイトルでしょうか。「トイレに居る」では半ばネタバレになってしまっており、なんとも勿体なく思えてなりません。文中からキーワードになる語句を選りぬき(本作では「洗礼」あたりが妥当でしょうか)題名に反映させれば、読む前に想像力を掻きたてられ、かつ読了後は腑に落ちるよう思われます。よろしければ、ご一考を。
●「いたずら」あんのくるみ
 平易ながらも伸びやかな筆致を心地よく楽しみました。たとえば、序盤のイタズラを解説するくだりなどは、ともすれば散漫とした文章になりがちです。しかし、本作はいずれの段落も簡潔でわかりやすく、出現する怪異のユニークさも相まって、とても素直に読み、怖がることができました。
 ひとつだけ気になったのは「康太さん」の多さでしょうか。日本語の文構造では主語がなくても成立するケースが少なくないんですね。なので本作も「康太さんが」「康太さんは」が不要なセンテンスは省いてしまっても良い気がします(同様の理由で「S君」も推敲できるかと思います)。その一手間で、より斬れ味の鋭い、まさしく瞬殺の名にふさわしい一作が生まれるように感じた次第です。
●「もどき」クダマツヒロシ
 土俗的な雰囲気が強烈にただよう禁忌の物語ですね。私もこの手の話は好物です。『もどき』という、シンプルながら一発で属性が伝わる名称も、当怪談の欠くべからざるスパイスになっていて好感を持ちました。
 唯一、「顔の部分だけ平らに研磨されている」の一文は(先述のスパイスに準えるならば)もうひとつまみ欲しいな、との欲張りな感想を抱きました。顔の断面は「過剰に磨かれて艶やか」であったのか、それとも「名刀で断ち切られたようにすっぱりとえぐれていた」のか。そのあたりが描かれていると、読後も香辛料の余韻を楽しめるのではないか──そんな気がします。
●「予兆」クダマツヒロシ
 得体のしれなさが読み手を震わせる、なんとも上質の奇談ですね。関係があるようでないようで、けれどもやっぱり無視できない最後の一文も、(良い意味での)不安定さに拍車をかけています。
 あえて指摘をするとしたら「モクモク」「くるくる」などのオノマトペには、まだ検討の余地が残っているように感じました。読みなれた擬音というのは容易に情景が理解できる反面、目が滑ってしまいがちなのですよね。「はいはい、こんな感じでしょ」なんて無意識のうちに読み飛ばしてしまう、と言えば伝わりやすいでしょうか。前例のない表現だけれど、どんな状況か読者にきちんと届く。そんなオノマトペに置き換えることができれば、怖さもグッと底上げされるのではないか──そんな思いを持ったのであります。
●「バイブレーション」クダマツヒロシ
 死者から電話がかかってくる──先にも指摘したとおり、怪談好きなら一度は見聞きしたことのある話です(それが悪いと言っているわけではありません。体験者にとっては唯一無二の出来事でしょうし、それを如何にして読ませるかも書き手の腕ですから)。しかし、本作は意外な角度から〈怪〉が顔をのぞかせます。読後に残る一抹のやるせなさも含め、渋いながらも味わい深い佳作に唸りました。
 さて、「いちいち細けえよ」と一笑に伏されるのを覚悟のうえで申しあげるなら、接続詞「〜すると」を使いわけると、物語にいっそう奥行きが出るのでは──との感想を抱きました。「テレビを見ていると」(2行目)、「携帯に着信があったので見ると」(3行目)、「見守っていると」(9行目)、「携帯の発信を切ると」(12行目)などを別な言いまわしにするだけで、文章のリズム感が増すような気がします。メリハリをつけることで怖さにも緩急がつくと思うのですが、どうでしょうか。

「投稿 瞬殺怪談」振り返り総まとめ2 に続く