【連載短編小説】第8話―探偵に咲くアネモネ【白木原怜次の3分ショートホラー】
気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!
サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…
はっとさせられるような意外な結末が待っています。
なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!
第8話 探偵に咲くアネモネ
午後のホームルームが終わり、終業のチャイムが鳴り響く。それと同時に、生徒たちは談笑しながら教室を出て行く。しばらくして閑散とした教室に、二年二組の担任教師と学級委員長の千坂智恵だけが残った。
「ごめんなさいね。今日もお願いできる?」
「はい。帰り道と同じ方向ですし、よゆーですよ!」
屈託のない笑顔で、智恵はプリントを受け取る。
「じゃあお願いね」
そう言って、担任教師は教室を後にした。
「はーい」
智恵は邪気のない声で手を振りながら、もう片方の手でカバンの中にプリントを入れた。
彼女に課せられたのは、体調不良で休みが続いている三木藍那へ宿題を届けることだった。藍那は二週間も学校へ来ていない。不登校になってしまったのだと噂する生徒たちもいる。
智恵も体調不良という点については、少し疑い始めていた。しかし、どちらにせよ心配だ。
学校から自転車でニ十分ほど走ると、藍那のいる三木家に到着する。
智恵はプリントを取り出して、玄関のインターフォンを鳴らした。
ドアを開けて現れたのは藍那の父だった。在宅ワークか、あるいは主夫なのだろうか。いつも対応するのは彼である。藍那でも、藍那の母でもない。回数からして偶然ではないだろう。何か理由があるのだ。でもどんな――
「何度も悪いね。藍那に渡しておくよ」
「はい、お願いします」
やり取りはそれだけだった。智恵は家の中が見えないものかと周辺の窓に目を凝らしてみたが、まだ日は沈んでいないというのに、どれもカーテンで閉め切られていた。
親子の会話が聴こえてこないかと耳を傾けてみても、不自然なほどに静かだ。
「おっとっと」
用事は済んだというのにいつまでも他人の家の前にいては、学生服を着ていると言えど不審に思われるかもしれない。智恵は何度か三木家を振り返りながら、自転車にまたがった。
ゆっくりと自転車をこぎながら、智恵は思慮にふけっていた。他人の家庭事情に深く踏み込むのはあまり良いことではない。しかし、悪い予感が頭から離れないのだ。
智恵は一度だけ藍那の母を見たことがある。学園祭で、藍那と話していたところを偶然見つけたのだ。スラッとした体形でそれ以外に特徴らしい特徴はない。主人に家事を任せて、バリバリ働くキャリアウーマンには見えなかった。人当たりは良さそうだが、どちらかと言えば、家事を完璧にこなすタイプの女性に見える。
とすれば、主人のほうが在宅ワーカーだと考えるのが妥当だ。玄関での挙動不審な対応であったり、用事が済んだらすぐに家の中へ戻る姿を思い出すと、会社勤めは向いていないのだろう。
「ははは……」
智恵は笑った。こんなことを考えていても、答えには辿り着かない。しかし、智恵にとっては、期待を持たせるような状況だった。
翌日、やはり三木藍那は休みだった。
いつものように、担任からプリントを受け取った際、彼女に簡単な質問をぶつけてみた。
「三木さんの体調不良に関してなんですけど、病名とかって先生、知ってます?」
「あのね、いくら学級委員長だからって、優遇されているわけではないのよ?」
「でっすよねー。すみません、今の忘れてください!」
担任が教室を出て行くのを待って、智恵は考えた。
風邪が長引いている、くらいなら生徒にも話すだろう。つまり藍那は風邪ではないと教師側に伝えてあるということだ。ただし、入院するほどでもない体調不良……。
何かしら裏がある。そう結論付けた智恵は足早に教室を出て、自転車で交番へ向かった。
「三木和司さん、それか彼の奥さん、あと娘の三木藍那さんの失踪届って出されてませんか?」
警官は青いファイルをめくりながら、
「三木和司さんの失踪届なら……で、君は――」
「ありがとうございます! では!」
交番で得た情報は意外なものだった。三木和司は失踪していない。その矛盾はもちろん、失踪届が出ているのは奥さんか藍那だと想像していたからだ。
三木和司は一般的なサラリーマンで、無断欠勤を続けているうちに、会社が失踪届けを出したということだろうか。
いや、あり得ない。彼は自宅にいるのだ。失踪していないことなどすぐにバレる。
「自分で出した……」
それ以外、考えられなかった。
でも、智恵の前には姿を現す。
智恵はうーん、と唸りながら、再び自転車をこぎ始めた。
智恵はいつものように、三木家のインターフォンを鳴らす。
ガチャリと音をたてて、玄関のドアが開く。
「いつものやつです!」
「ああ、いつもありが――」
三木和司が言い終える前に、智恵は無理矢理ドアを引っ張って、すかさず玄関に入っていった。
「君、なにを……!」
「もうすぐ全部解決しますから。ほら」
智恵は振り向かず、落ち着いた声で言った。そして、前方を指差す。
「智恵ちゃん……!」
「久しぶりだね。元気そうでよかった」
「なんで……」
藍那はエプロン姿で、家事をしていた。体調が悪いようには見えない。
後ろから三木和司が背を丸めて歩いてくる。
「わかった。元気な君には全部話すよ」
「お願いします!」
「……妻が出ていったんだ。それで私は心を病んでしまった。社会復帰できるまで、藍那には母親代わりをしてもらっていたんだ」
「殺したんじゃなかったんですね」
「え……?」
「私、三木さんが奥さんか藍那、或いはふたりを殺して、遺体を家に隠していたんだと思ってました」
「智恵、探偵ごっこでもしてるの?」
「あんた、母親代わりなんだって? 奥さんに成りきってるんだって?」
「何言ってるの……智恵、なんか変だよ?」
これまで、私は三木和司をストーキングし、毎日会える状況にまで発展させることができた。だから、藍那とその母には感謝すべきなのかもしれない。でも、和司さんの奥さんが生きてて、藍那はその代わりをしてる。
私は台所から素早く包丁を取り出した。
「まずは藍那から」
―了―
著者紹介
白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)
広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。
Twitterアカウント→ @w_t_field