「異常なまでに豊富な情報量と偏愛ぶり。本書は、ホラー映画本の新たなマスターピースと言って良いだろう」by 人間食べ食べカエル
6年間、毎日1本、ホラー映画を見続けた男が選ぶ究極のホラー映画ガイド、『1日1本、365日毎日ホラー映画』の発売を記念して、ホラー映画専門家〝人間食べ食べカエル〟さんの解説を公開いたします。
異常なまでに豊富な情報量と偏愛ぶり。
本書は、ホラー映画本の新たなマスターピース
と言って良いだろう
by 人間食べ食べカエル
様々な映画を百科事典のごとくまとめた書籍は、筆者にとってまさしくバイブルだった。映画に興味を持ち始めた小学5年生か6年生の頃、人生で初めて買った映画本が、古今東西のモンスター映画を1冊にまとめた『モンスターパニック 超空想生物大百科』(大洋図書)だ。『JAWS ジョーズ』などの有名どころはもちろん、『パイソン』や『ガジュラ』などといったビデオスルー映画の掘り出し物まで完璧に網羅した、正に夢のような本である。続編の『モンスターパニックReturns! 怪獣無法地帯』(大洋図書)と併せて、この手の映画にのめり込む入り口となった。それからしばらくして、前述の2冊と同シリーズの、あらゆるスプラッター映画を集めた『スプラッターカーニバル〜悪夢映画流血編〜』(大洋図書)という本を読んだことが決定打となり、今に至る。
これらを読んで以来、映画そのものと併せて、映画辞典的な本の魅力にも取り憑かれた。モンスターや狂暴な動物が人間を喰う映画だけをまとめた『人喰い映画祭【満腹版】 腹八分目じゃ物足りない人のためのモンスター映画ガイド』(辰巳出版)ももちろん読み倒した。雷魚が人を襲う『スネークヘッドテラー』など、知名度は低いが面白い作品が沢山収められており、眺めているだけでも楽しかった。あらゆる映画を網羅した本の素晴らしい点は、全く未知の作品に出会わせてくれることだ。多くの映画を観た気になっていても、個人で集められる情報はたかが知れている。ネットで検索するにもやはり限界がある。だが、映画本は、発掘のプロたちが知識の限界を突き詰めて、一体どこで見つけたんだというレベルの作品も取り上げて紹介してくれる。「こんな映画があったのか!」とワクワクする、あの感覚が堪らない。
しかし、そういった本はめっきり減ってしまった。前述の書籍たちが発行されたのは20年も前で、ここ10年で作られたマイナーな、特にホラー映画が紙面で取り上げられる機会はかなり少なかった。出会いの機会も限られ、埋もれた映画も多い。だが、遂に求めていた本が誕生した。2010年代以降に製作された作品までガッツリ網羅。紹介本数も365本と膨大。しかも有名どころを一切排除し、日本未公開の秀作や、海の向こうでも誰の目にも留まらなかった作品に焦点を当てて、その魅力を紹介する。こういうのが読みたかった!
この本の著者であるブライアン・W・コリンズは、365日毎日欠かさずホラー映画を観て、自らが運営するサイト〈Horror Movie A Day〉でレビューを書くのを6年間にわたり続けたホラー狂人である。その習慣が功を奏し、映画業界人とも繫がり、自分の好きなホラーを上映したり、作品にコメントを寄せたりと次第に名を広めていった。「継続は力なり」を地で行く人だ。彼の名前はこの本で初めて知ったが、読み始めてすぐに「コイツはホンモノだ!」と思った。
まず、何と言っても彼の取り上げる作品のラインナップが素晴らしい! オーストラリア発の暗黒映画『レイク·マンゴー アリス・パーマー最期の3日間』を取り上げて激推しする本は初めて読んだ!! この映画は、異様なリアリティと鑑賞後少なくとも1か月は引きずるレベルの恐怖を放つモキュメンタリー・ホラーの傑作ながら、これまで殆ど注目されてこなかった。レビューサイトの投稿数も僅か。ましてや商業誌で取り上げられたことはほぼ0だ。正直この映画が載っただけでも、本書が作られた価値があると思う。こうした心霊ホラー以外にも、モンスター映画やスラッシャー映画まで幅広く網羅し、その中から凄まじく尖った秀作を拾い上げる。個人的には、『ネズミゾンビ』を評価してくれているのも嬉しかった。これも良い出来なのに何故か観ている人が少ない。この機会にひとりでも鑑賞してくれる人が増えてほしい。更にはアジアホラーもガッツリと抑えており、清水崇監督の作品から『呪怨』でも『輪廻』でもなく、何と『稀人(まれびと)』をチョイス! マジで凄いな、この人。紹介作品の中には、完全に知らない作品もいくつもあり(というか、知らない作品の方が多い)、未知との遭遇的な高揚感を久々に味わうことができた。
作品選定のセンス以外に、もう一つブライアンの好きなところがある。それは、変に小むずかしい言葉は用いず、ずっと親しみやすく軽いノリで紹介してくれるところだ。特に「うろ覚えのストーリー」は最高。この本で書かれるあらすじはどれも大体1行だ。「若者が〇〇に訪れる。そこに殺人鬼が現れて殺す」みたいな感じ。情報を極限まで削ぎ落とし、どんな作品なのか簡潔に紹介する。極端にシンプルにすることで笑いも誘う。このセンスは心の底から見習いたい。レビューもラフだけど、その作品の最も面白いところを的確に抽出する。更にはホラー業界人との繫がりを活かして、裏話や監督の人柄まで書き尽くす。米国内でのマイナーホラー入手方法など、日本の映画本では中々拝めない貴重な情報のオンパレードだ。フランクな文体のおかげで、濃密で膨大なホラー知識がスルスルと脳に入ってくる。異常なまでに豊富な情報量と偏愛ぶり。本書は、ホラー映画本の新たなマスターピースと言って良いだろう。
ちなみにブライアンは、現在もサイトの運営を続けている。直近(2021/3/1)では、ニコラス・ケイジが遊園地の殺人アニマトロニクスと戦う実写版『Five Nights at Freddy’s』的なバトルホラー『Willy’s Wonderland』のレビューを書いていた。この人は本当にブレない。ホラー映画の生き字引として、これからも様々な作品を掘り続けるのだろう。本書に載っているのは、彼がこれまでレビューしてきた2,200本の中の一部にすぎない。つまり、更に埋もれた数多くの映画が存在するという事だ。出来れば、ここに入りきらなかった映画たちを取り上げた続編も出してほしい。人知れず消えた映画は数えきれないほど存在する。それらに光を当て、救済するのが本書だ。これを読めば映画はいくらでも掘れると分かる。それを改めて教えてくれたブライアンに尊敬の念を送りたい。そして、この本を読んで、筆者自身ももっと多くの作品を紹介していこうと決意した。これからも、1本でも多くの映画に光を当てていきましょう。
執筆者プロフィール
人間食べ食べカエルです。Twitterで人喰いツイッタラーをやっています。ID @TABECHAUYOで検索すると出てきます。映画.com、映画秘宝、ciatr等にも寄稿しています。人が食べられる映画が大好きで、1番お気に入りは「ザ・グリード」です。これを観ると物凄く食欲が湧くんですよ。というわけで、どうぞよろしくお願いします。
書籍情報
『1日1本、365日毎日ホラー映画』
ブライアン・W・コリンズ[著]
入間 眞・有澤真庭[訳]
2021年7月21日発売
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