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現役の拝み屋が綴る大人気シリーズ第7弾『拝み屋備忘録 怪談死人帰り』著者コメント、試し読み

目覚めた怪異が襲い掛かる!
発表できなかったワケあり、曰くつき怪談一挙掲載!

内容・あらすじ

加持祈祷、悪霊祓いなどを請け負う「拝み屋」郷内心瞳の元には様々な怪異が集まる。
・帰宅した妹が見たのは居間でテレビを見ている姉。しばらくすると電話がかかってきて…「死人帰り」
・大男が素手で犠牲者の首をへし折る――友達が話していた空想の話だったのだが…「首折り男」
・新たに入ってきたアルバイトの男。歓迎会で彼が語りだした奇妙な話「海辺のホテルと緑の目」
――など、自身の体験も含めいわくつきで蔵入りにしていた怪談の数々を、眠りの淵から呼び起こして収録。
怪異溢れる大人気シリーズ第7弾!

著者コメント

 気持ちが悪い。得体が知れない。まったくもって、わけが分からない。
 でもこれだけは言える。あれはとても、恐ろしい体験だったと。
 平素、突発的な怪異に見舞われた人々の口からこぼれる感想というのは、概ね然様さような感じである。その後に続くひと言は「あれは一体、なんだったのでしょうか?」というのがいちばん多い。
 中には「こういうものだ」と答えられる事象もあるのだけれど、怪異を扱う本職とて、分からないものは分からないし、一筋縄では理解の及ばざる事象もまた多い。

 新刊『拝み屋備忘録 怪談死人帰り』では、諸般の事情により既刊のシリーズに収録することができなかった種々雑多な怪談を始め、曰くつきの封印怪談なども織りこみ、ひとつの本にまとめあげた。
 その大半が先に触れた、得体が知れず、わけが分からず、だからこそいつまでも心に憑いて決して離れず、意識のふちで例えようのない恐ろしさを醸し続ける話である。

 酷暑のさなか願わくは、親愛なる怪談好きの読書諸氏においては、喜び勇んで本書を手に取られ、思いもよらず過剰に涼を取られる機会になっていただければ本望である。

試し読み1話

チヨちゃん

 未来流みくるさんは、都内で風俗嬢の仕事をしている。
 ある日の晩、新規の客から指名が入り、彼女は指定されたラブホテルへ向かった。
 部屋のドアをノックして中から出てきたのは、五十代半ばとおぼしき背の低い男。
 百五十センチくらいだろうか? 未来流さんの背丈より、頭ひとつ分ほど小柄である。
 軽く挨拶を交わし、さっそくシャワーを浴びてサービスを始めた。
 男は三時間も予約を取ってくれたのだが、サービスは三十分足らずで終わってしまう。
 その後はふたりでベッドに寝そべり、おしゃべりに付き合った。
 男は初めのうち、最近あったニュースや天気についてなど、当たりさわりのないことを話していたのだけれど、ふと気がつくと話題はいつのまにか怖い話に切り替わっていた。
 訊けば男は、昔から大の心霊マニアなのだという。
「こういう話、好き?」
 にやけ面を浮かべた男に尋ねられた未来流さんは「うん、好き」と答えた。
 本当は特に興味はなかったし、幽霊や霊現象のたぐいを殊更ことさら信じているわけでもない。
 だが、適当に話を聞いているだけで残りの時間を消化できるなら、楽なものだと踏んだ。
 時折「怖い、怖い」と演技を交えた相槌を打ちながら、怪談話に付き合った。
 一時間ほどして、何気なく視線を空に泳がせた時である。
 部屋の隅に小さな女の子が立っているのが見えた。
 五十センチほどの背丈で、濃い藍色に染まる和服を着ている。髪は肩口で切り揃えたおかっぱ頭。顔色は真っ白で、まるで日本人形のような姿である。
 というより、ほとんど日本人形のそれだった。純白の面貌に並ぶふたつの丸い目玉は白目がなく、艶みを帯びた黒一色に染まっている。まるで碁石のような目玉である。
 動く日本人形のごとき女の子は未来流さんと目が合うと、衣擦れの音を鳴らしながらベッドのほうへ近づいてきた。
「この娘、何?」と尋ねると、男は「ああ、チヨちゃんか」と答えた。
 チヨちゃんも怖い話が大好きなので、遊びに来てしまったのだろうという。
 チヨちゃんはふたりが寝そべる枕元まで来るとベッドの端に身を屈め、両手で頬杖を突きながら、男が得意げに語る怪談話を聞き始めた。
 時間はあっというまに過ぎ、気づくと約束の三時間を迎える頃になっていた。
「シャワー浴びよっか?」と男をうながして洗体を済ませると、未来流さんは身支度を整え、 ホテルの部屋をあとにした。帰りしな、部屋の戸口で未来流さんを見送る男の傍らにはチヨちゃんも一緒に並び、未来流さんに無言で「バイバイ」と手を振っていた。
 恐れが思いだしたかのように胸からみ出てきたのは、歩いて店へ戻るさなかだった。
 何、あの人形みたいな女の子……。
 あんな娘がいつ部屋に入ってきたのか覚えがなかったし、元から室内にいたようにも思えなかった。そもそも生身の人間などとも思えない。
 碁石のように真っ黒な目玉も異様だったが、身の丈もおかしい。五十センチといえば、赤ん坊と同じくらいの背丈だが、あの娘の体形はずんぐりとした赤ん坊のそれではなく、四肢の均整がすらりと整った少女のごとき細い身体つきをしていた。
 絶対、生身の娘じゃない。なのにわたし、どうして変だと思わなかったんだろう……。
 強い恐怖と一緒に激しい動揺も来たし始めたが、道理も原因も分からなかった。

 その後、くだんの男からまたぞろ指名が入ったらどうしようと、密かに怯えているのだが、この夜の一件以来、今のところは再び声が掛かることはないという。
 そろそろ二年が経つそうである。
 話を終えた未来流さんに「チヨちゃんって何者だったんですかね?」と尋ねられたが、私もそうした異形に関する心当たりはなかった。

著者紹介

郷内心瞳 (ごうない・しんどう)

宮城県出身・在住。郷里の先達に師事し、2002年に拝み屋を開業。憑き物落としや魔祓いを主軸に、各種加持祈祷、悩み相談などを手掛けている。2014年『拝み屋郷内 怪談始末』で単著デビュー。「拝み屋備忘録」シリーズ『怪談双子宿』『怪談首なし御殿』『ゆきこの化け物』『怪談腹切り仏』『怪談火だるま乙女』『鬼念の黒巫女』(小社刊)のほか「拝み屋怪談」「拝み屋異聞」各シリーズなどを執筆。共著に『黄泉つなぎ百物語』『怪談四十九夜 地獄蝶』など。

シリーズ好評既刊

第6弾 鬼念の黒巫女
第5弾 怪談火だるま乙女
第4弾 怪談腹切り仏
第3弾 ゆきこの化け物
第2弾 怪談首なし御殿
第1弾 怪談双子宿