絶望系怪談作家が贈る今年最後の「厭」詰め!『恐怖箱 厭福』(つくね乱蔵)著者コメント+試し読み1話
闇に捧げた代償。
怪が齎す黒い福。
思わず呻きたくなる実話怪談35話!
あらすじ・内容
・祖父の家の三番蔵。けして入ってはならぬ理由とは…「ゆらゆらと」
・供えて欲しいものの匂いを醸す仏壇。ある日出てきた禍々しい匂いの正体は…「リクエスト」
・コックリさんを手元で祀ることを考えた少女、果たしてその御加護は…「パワースポット」
・呪われた家の解体作業で死んだ父。父の写真が一枚も残っていない理由とは…「家」
・どんな店も半年もたない曰くつきの物件。関係者が皮膚病になるのだが、壁を剥がしてみると…「肌ざわりの良い壁」
・木から落ちたのをきっかけに予言を口にするようになった娘。ある日改まって告げたのは…「予言、すべて的中」
他、内臓がねじ切られるような35話!
著者コメント
試し読み1話
「透明な横山さん」
去年、楠田さんは新しい町に引っ越した。マンションの林立に伴い、人口が急増している町である。
通勤時などは駅前が人で溢れかえるほどだ。とはいえ、賑やかなのは夕方まで。夜半になると静かなものであった。
通りを挟んで真向かいに、赤木という老人がいる。楠田さんは赤木の孫娘に似ているらしく、いつも可愛がられていた。
このように暮らしやすい町なのだが、一つだけ気になることがあった。
楠田さんの斜め向かいのマンションにいる横山という女性だ。横山さんは楠田さんより少し遅れて住人になった。
程なくして、横山家の家庭内暴力が近隣住民全員に知れ渡った。罵声、悲鳴、何かが壊れる音などが、窓を閉め切っていても聞こえてきたからだ。誰かが通報したらしく、警察が来たこともあったのだが、全く役には立たなかった。横山さんは精神的な暴力を受けており、肉体的な傷などは一切なかったのだ。結局、警察は話を聞いた程度で帰っていった。
その日を境に、更に暴力は勢いを増した。早朝から怒鳴り声が聞こえてくるときもあった。
楠田さんも何か力になれないかと案じ、色々な情報を調べていたという。
そんなある日のこと。
ゴミ集積場の掃除当番になっていた楠田さんは、朝から外に出ていた。
集積場は横山家が暮らすマンションの真下にある。おかげで朝から怒鳴り散らす声が聞こえてきた。
「おい、今日は生ゴミの日だろ。おまえ、集積場で座ってろよ。持っていってくれるから」
聞いているだけでムカついてくる。楠田さんは眉間に皺を寄せて掃除を続けた。
しばらくして、何もなかったかのように穏やかな顔で夫が出てきた。何食わぬ顔で楠田さんに挨拶し、駅へと向かう。
掃除を終えた楠田さんが自宅のドアを開けようとしたとき、背後で足音が聞こえた。何となく振り向くと横山さんがいた。
蒼褪めた顔で、夫が歩いていった方向をじっと見つめている。
声を掛けるなら今だ。せめて話だけでも聞いてあげたい。意を決した楠田さんは通りを渡ろうとした。
そのときだった。横山さんの隣で妙なことが起き始めた。空間が歪んでいるのだ。目を凝らすと、陽炎のようなものがある。
陽炎は刻々と大きさを増していく。横山さんが何事か呟く度、その陽炎は濃くなっていった。
最終的に、かなり濃度を増した陽炎は、するするとその場を離れて駅前のほうに動いていった。
それに気を取られている間に、横山さんはマンションに戻っていた。
あれは一体何だったのだろう。ぼんやりと駅のほうを眺める楠田さんの隣に、いつの間にか赤木が立っていた。
赤木は楠田さんをじっと見つめながら言った。
「あれ、見たのかい。何だと思う」
「あれって、あの透明な? 陽炎みたいな奴のことですか」
赤木は軽く頷き、話を続けた。
赤木は早朝の散歩を日課にしており、何度もあれを見ているそうだ。状況はいつも同じである。夫が出勤し、少し遅れて横山さんが出てくる。
その隣にあれがいる。横山さんが何事か呟くと、あれの色が濃くなってくる。白濁するときも少なからずあった。
赤木は余りにも気になった為、あれの後を追ったことがあるそうだ。
あれは人混みの中に紛れ込み、ふわふわとその場に漂っていた。
行き交う人々に触れる度、色が薄くなり、徐々に小さくなっていく。
五分も掛からずに消えてしまったという。
「色々と想像はできるけど、実際のところは分からん。とりあえずは、そっとしておくしかない。わしら、何もしてやれんからな」
その後も横山さんは、あれを世の中に放ち続けた。
それは、横山さんがマンションから飛び降り自殺するまで続いた。
今は横山さん自身が現れている。
既に夫は引っ越してしまい、空き部屋になったのだが、横山さんはまだ居残っているようだ。
毎朝律儀に現れて、駅前に漂っていく。
少しずつ色が薄くなっており、そのうち消えるだろうと言われていたのだが、一カ月前に事情が変わった。
空き部屋に家族が引っ越してきたのだ。両親と幼い女児である。
女児は虐待されているようで、一日中泣き声や悲鳴が絶えない。
この家族が暮らし始めてから、横山さんは駅前に漂うのを止めた。
今はベランダに佇み、時折、室内に入っている。
ー了ー
🎬人気怪談師が収録話を朗読!
著者紹介
つくね乱蔵 Ranzo Tsukune
福井県出身。第2回プチぶんPetio賞受賞。実話怪談大会「超‐1/2007年度大会」で才能を見いだされデビュー。内臓を素手で掻き回す如き厭な怪談を書かせたら右に出る者はいない。主な著書に『つくね乱蔵実話怪談傑作選 厭ノ蔵』『恐怖箱 厭怪』『恐怖箱 厭鬼』『恐怖箱 厭魂』『恐怖箱 絶望怪談』『恐怖箱 万霊塔』『恐怖箱 厭獄』『恐怖箱 厭還』、『恐怖箱 厭熟』。その他主な共著に『呪術怪談』、「怪談四十九夜」シリーズ、「怪談五色」シリーズ、「恐怖箱テーマアンソロジー」シリーズ、『アドレナリンの夜』三部作、ホラーライトノベルの単著に『僕の手を借りたい。』がある。