【連載短編小説】第19話―預言する文字列 後編【白木原怜次の3分ショートホラー】
気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!
サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…
はっとさせられるような意外な結末が待っています。
なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!
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第19話 預言する文字列 後編
悪循環とはまさにこのことだろう。俺はたった一度の事故によって、良心、金、時間を失った。だが、今更これをやめることはできない。やはり悪循環だ。
始まりの日を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
あれは恋人の優花と一緒に家へ帰る途中の出来事だった。会社の同じ部署で知り合った俺たちは、途中まで同じ電車に乗る。そして、乗り換えのホーム、優花が乗る電車が来るまでの数分間、軽く会話を交わしてから別れるのが通例となっていた。
平凡で、平和な時間だった。いつもと変わらない、小さな幸せを俺は噛みしめていた。
ホームに車掌のアナウンスが響く。平凡で平和な時間がもうすぐ終わる。何のことはない。優花とは明日また会える――はずだった。
優花が乗る電車が来る前に、快速急行の電車が同じ路線を通り過ぎる。その時だった。俺の背に重い何かがぶつかった。その弾みで、俺は前方に倒れかける。思わず、俺の前にいた優花に体重を預けてしまった。本能的なもので、防ぎようがなかった。
優花は俺がぶつかった勢いで線路へと身を投げ出された。
平凡で平和な時間は終わった。永遠に。
優花が死んだことを理解した俺は、自分でも驚くほど早く、理性的な行動を起こした。俺にぶつかった男を特定しようと、後ろを向く。
明らかに動揺している男がいた。俺と目が合った瞬間、その男は走って階段を上っていった。追うか迷ったが、男が名刺を落としていったため、それを拾い、ズボンのポケットに入れて、追うことはしなかった。
その日、家に着くまでの記憶はほとんどない。ショックのあまり、脳が正常に機能していなかったのだろう。
翌日、俺はいつものように出勤した。立ち直ったわけではない。この時、既に自分を守るための計画を進めていたのだ。そのため、いつも通り会社に行く必要があった。
優花の死は飛び込み自殺と報道されていた。それは明らかに間違っている。ホームの映像を警察が確認すれば、それは簡単に分かることなのに、なぜ自殺扱いなのか。事件性がないとしたほうが警察にとって面倒事が減るということだろうか。それとも、自殺者が多いほど得をする権利団体でも存在するのか。
色んな可能性を考えてみたが、結局答えは見つからなかった。
そして俺は、普通のサラリーマンを演じながら、復讐のためだけに生きる決意をした。
復讐対象は言うまでもなく、あの時ぶつかってきた男だ。拾った名刺を使って、男の情報をできる限り集めた。計画は日に日に具体性を高めていった。
優花の葬式にはもちろん出席した。愛した女性の死を悲しまない人間なんていない。それでも涙が流れないのは、復讐心というものがあらゆる感情を押し込めてしまうからだろうか。
やるべきことを済ませ、その場を後にしようとしたところで、優花の友人たちと思われる集団の会話が聞こえてきた。
「きっと自分が嫌になったんだよ。あの子、彼氏がいるのに男遊びばっかりしてたって」
「大学時代から無理して笑ってるような子だったし、男遊びに逃げ道を作ってみたけど、それがかえってメンタルを削っていった、みたいな感じかな」
「それあり得る。あんた探偵向いてるんじゃない」
ただのくだらない噂話だ。そう思って、彼女たちの横を通り過ぎようとした。
「あ、実はね――私、自分なりにあの子のこと調べてみようと思ってるんだ。探偵ってわけじゃないけど、自殺と心理学の関連性を研究してる教授に、そそのかされちゃって。ちょうど大学院で次の論文テーマに悩んでたとこだったし、アリかなーって」
それは困る。俺の計画に事実は邪魔なのだ。
俺はしばらくの間、電話をしているフリをして彼女たちの会話を盗み聞きした。大学院生の女の名前が分かると、静かにその場を立ち去った。
優花の葬式から二週間が経過した。俺は有給休暇をとって、各局の報道番組と新聞をチェックする。テレビでは報道されていなかったが、新聞には小さく載っていた。優花が死ぬ原因を作ったあの男が線路内に飛び込んで自殺したと。男の職業は新聞記者だ。新聞が取り上げるであろうことは予測できていた。
それからまた二週間が経ち、優花の友人で心理学を学んでいる女が自殺した。
言うまでもなく、今回も俺がそうなるよう仕組んだのだ。自殺に見せかけて殺したのではなく、自殺を促したわけでもない。自殺した二人とは、一度たりとも対面していない。
これで俺は復讐を完遂させ、俺が優花を突き落としたと誤解される可能性もほぼなくなった。
やっと、優花の死を純粋に悲しむことができる。
そう思っていた。
見落としていたのは、ネットの匿名掲示板だ。三人が同じ場所で短期間のうちに自殺したのは偶然ではない、と考える者がネット上で議論を始めたのだ。
俺はなるべく自然な形で会社を辞めて、自由な時間を確保した。急いで対策を講じなければならない。
一連の自殺に関して興味を持っている者、全員を殺すことは不可能だ。しかし、何が何でも調べ上げてやろうという危険因子だけならば全員殺せるかもしれない。もちろん、手を汚すことなくだ。
「ミステリーをホラーで見えなくしてやる」
俺は8つの興信所をまんべんなく使いながら、危険因子を順に特定していった。同時に、トリックを仕掛けておく。
推理小説なんかに出てくるような本格的なトリックではない。自殺させられなかったケースもあった。しかし、俺の考えたトリックは、失敗したとしても再びチャンスがやってくる設計になっている。
自殺スポットと化していく駅のホーム。本気で調べようと思ったら、当然、現場に足を運ぶ。そして辺りに自殺の原因となるようなものがないかを探す。そこで目に留まるのが、路線を挟んでホームの反対側にある大きな黒い看板広告だ。看板の中央には小さく文字が書かれているが、小さすぎてホームからはギリギリ読み取れない。いや、顔を少し突き出せば、なんとか見える。人によって視力は違うが、調べることに慣れている人間がパソコンをあまり使わない、なんてことはほぼない。つまり、コンタクトをつけているか眼鏡をかけている可能性が高い。であれば、ちょうどいい視力を基準にすればいい。
条件が揃った者たちは顔を突き出して、文字を読み取ろうとする。自殺との関連性を疑って、そうせざるを得ない。加えて、彼らは皆、好奇心旺盛だ。実際、17人を自殺させることに成功した。
考えを巡らせていると、電話がかかってきた。金で雇っている男からだ。
「例の大学生、もうすぐ現場に到着します」
「看板の文字変更は既にできていますね?」
「はい、もちろん」
念の為、駅の外から双眼鏡で看板広告に書かれた文字を確認した。
あなたが18人目です。
噂に惹かれる人間は、それを単なる噂だと割り切れない。例えば、呪いを信じていなくても、わざわざ信じていないことを意識する者は、逆説的だが、呪いが存在する可能性をゼロだとは思っていない。
預言されたら、そうかもしれない、と瞬間的に思ってしまう。顔を突き出した不安定な体勢で恐怖や驚き、様々な感情が襲ってくる。その場所から離れなければと身体を逸らす。
17人目が死んだとき、飛び散った血が掃除され、一時的に滑りやすくなったホームがトリガーとなり、預言する文字列は事実へと変わる――。
―了―
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著者紹介
白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)
広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。
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