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愛も怨みも…人間を丸齧りするような怪談たち。怪談ユニット・テラーサマナーズとしても活躍の著者、待望の初単著!!『夕暮怪談』(夕暮怪雨/著)著者コメント+収録作「一緒に入ろう?」全文公開

ギャルの恐怖体験から土俗の禁忌譚まで
体験者の肉声を聞き集めたリアルな恐怖譚!


あらすじ・内容

都市ボーイズ・はやせやすひろ氏、激推し!
「僕は先に読みましたが、これ呪物ですか?
読み聞かせだったら親を少し恨むかも…
だって怖すぎるもん」

ギャルの恐怖体験から土俗の禁忌譚まで
体験者の肉声を聞き集めたリアルな恐怖譚!

人に会い、人に向き合い、怪を聞く。
怪談師ユニット・テラーサマナーズとしても活躍する著者が、様々な年代、地域、職業の人々から丁寧に掬い上げた怪と恐怖の記録。
◆住む女性が年齢問わずギャル化してしまう奇妙な家。床下から出てきた意外なモノとは…「ギャル人形」
◆欝で自死した後もトイレから聞こえる父の溜め息。だが、ある朝元気な声が…「万歳三唱」
◆重要な選択の局面で神様のお告げが空に見えるという男。人生常勝と思われたが…「神様の言う通り」
◆出張先で遊んで捨てた女が夢に出る。その背景が徐々に変化して…「香利奈、北へ向かう」
◆八という数字を異様に崇める一族。祖父が亡くなった時、恐ろしい秘密が明らかに…「末広がり」
息子の運動会前日、突然マンションから転落死した夫が遺した気になるひと言とは…「母ちゃん」
他、全59話収録。

著者コメント

 怪談という言葉に魅了され、沢山の方々からお話しをお伺いして参りました。ただ、体験談を聴き重ねるにつれ、何となく分かり始めたことがあります。体験された方々にとって怪談は「怖い」だけではない。怖さはもちろん、悲しさもあれば、時に笑みを浮かべてしまうものもある。まさに三者三様です。初単著「夕暮怪談」はそれが全て詰まっていると自信を持っております。老若男女だけでなく、その大きな括りから飛び出た、「ギャル」まで。この言葉を聞き、一瞬戸惑ってしまうかもしれません。是非、この夕暮怪談を手に取り、ページを開いてみては如何でしょう? その時に皆さんは、体験された方々の「怖いだけではない怪異」を知ることが出来るはずです。

夕暮怪雨より

著者自薦・試し読み1話

「一緒に入ろう?」

 穂花さんが十六歳の頃の話。ある日の晩、一人で入浴していると脱衣所から何やら気配がした。曇りガラス付きのドアに見える人影。それが四つ上の姉だとすぐに分かる。脱衣所から声をかけられた。
「ほのかー! 一緒に入っていい?」
 珍しいこともあるものだ。姉から一緒に風呂に入ろうなどと言われたのは、小学生以来だった。
 年頃になってからというものの、そのような機会は一度もない。同性で、日頃から仲の良い姉妹でもある。断る理由もない。
「お姉ちゃん珍しいね! 早く入っておいでよー!」
 脱衣所に向けて言葉を返す。
 待っていましたと言わんばかりにドアが開いた。湯煙で一瞬、誰かは分からない。白いモヤが薄れてやっと姉の姿だと認識した。姉は慣れた手つきで洗面器を取り、穂花さんが入っている湯船からお湯を汲む。そして身体にかける。
 それを眺めながら時折、穂花さんは姉に話しかけた。その日にあったこと、家族のこと。本当に他愛もない話題で、家族にしか分からない話ばかりだ。一緒に湯船に浸かり、話は続いていく。
 穂花さんが頭を洗おうと先に湯船から出る。シャンプーを手のひらに溜め、髪の毛に付けて目を瞑った。
「髪の毛、洗ってあげる」
 彼女は驚いた。後ろから突然、姉に声をかけられたからだ。本来なら驚くことではない。
 ただ湯船から出る姉の気配を感じなかった。お湯がこぼれる音、彼女の後ろに回る足音。どれも感じず、いつの間にか背中に立たれていた。
「もう……驚かさないでお姉ちゃん!」
 小言を吐きながら、なすがまま頭を触られる。姉の指が髪と頭皮の間に入り込んでいく。段々と穂花さんに落ち着きがなくなる。
 ……これは姉の指ではないのでは? そう違和感を持ったからだ。
 なぜならその指は異常に細長く、頭皮に当たる指の感触が尋常でなく多い。まるで複数の手のひらで触られているような奇異な感覚。そんな中、姉は淡々と穂花さんに話しかけてくる。目を開ける勇気がないまま、シャワーヘッドから出るお湯で、髪に付いた泡を洗い落とされた。彼女がゆっくり目を開けると、変わらない姉の姿がある。
「本当にお姉ちゃんだよね……?」
「おかしなこと言わないの! お姉ちゃんでしょう? 私、先に出るね」
 真顔で返事をされ、姉は脱衣所へ出ていく。
 何とも奇妙な感覚に捉われ、穂花さんは湯船に浸かりながら脱衣所ドアの曇りガラスを見つめていて、はっとした。姉が映っていない。濡れた身体をタオルで拭いていたり、ドライヤーで長い髪を乾かしたりするような姿。それが見えないのだ。裸のまま脱衣所を出ていく豪快な性格でもない。
 不可解に思いながら彼女は風呂場から脱衣所へ移動する。やはり姉の姿はない。首を傾げながらリビングへ向かうと、母がソファでくつろいでいた。
「お姉ちゃんどこ行ったの? 珍しくお風呂に入ってきてさ。一緒に湯船に浸かったのよ」
「あんた何を言っているの? お姉ちゃんは今日バイトだよ、まだ帰って来てないわ」
「そんなことない! 髪の毛まで洗ってもらって……」
「おかしなこと言わないの。そろそろ帰って来ると思うけど」
 すると玄関から姉の声が聞こえた。
「ただいまぁ」
 そこで穂花さんは異変に気付く。その日に髪の毛を切ってきたのか、姉の長く派手な茶色い髪の毛は、短くなっていたからだ。
(やはり風呂場に来た者は姉ではない)
 帰宅したばかりの姉に先ほどの話を伝えるが、全く信じてもらえなかった。
 それからも度々、彼女が風呂に入っていると脱衣所から呼びかける声が聞こえる。
「ほのかー! 一緒に入っていい?」
 姉そのものの声だ。そして姉はドアを開け、顔を出す。けれど穂花さんは決して返事をしたり、目を合わせたりはしない。しばらく経つと、痺れを切らしたかのように、「バタンッ!」と、ドアが閉まる。
 そして脱衣所からの気配が消えるのをひたすら彼女は待ち続ける。既に姉は結婚し、遠い嫁ぎ先で幸せに暮らしている。

―了―

著者紹介

夕暮怪雨(ゆうぐれ・かいう)

1981年12月5日生まれ、沖縄県出身、神奈川県在住。サウナと猫を愛す、怪談作家。元書店員。怪談師のおてもと真悟と怪談ユニット・テラーサマナーズ結成。作家業だけでなく、トークイベントやYouTube「テラサマチャンネル」、ポッドキャスト「誰も知らない怖い話」にて活動中。主な共著作品に『呪録 怪の産声』『予言怪談』など。

好評既刊(共著)