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【連載短編小説】第2話―新しい家族【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第2話 新しい家族

「ねえ、妹がほしい」

 やけに長い赤信号が青に変わった瞬間、息子がそう呟いた。

 ミラー越しに見える息子に、特に変わった様子はない。

 つまり、真剣に妹を欲しがっているということだ。

 私は助手席に座っている妻の横顔に目を移した。視線に気付くと、彼女は微笑しながら言った。

「いいんじゃない。あなたはどう?」

「そうだな……にぎやかになりそうだ」

 それからの短い車旅は、どんな女の子が欲しいか、という話題で盛り上がった。休日のドライブに相応しい一家団欒である。

 目的地である海水浴場に着くまで、私はひたすらに相槌を打っていただけなのだが。


 駐車場に車を停めると、息子は砂浜へと一目散に走っていった。

「ふぅ……」

「どうしたの? ため息なんて」

 妻の声色は息子がいないときのそれに変わっていた。情けないことだが、目を合わせることに躊躇してしまう。

 あの日・・・以来、私は妻と二人きりになることを恐れるようになった。恐れることによって、ようやく家族という形を保つことができる。

「聞いてるの?」

「ああ、もちろん――」

 私が言い淀んでいると、妻はフロントガラスを閉めてから、こちら側へ向き直った。

「……思い出しているのね。でも、あの子を見て」

 妻が指差す方向には波打ち際で遊んでいる息子の姿があった。

「とても幸せそうじゃない。それに、あの子が自分から何かを望むなんて、今まであまりなかったでしょう?」

 やはり本気だったのだ。妻は息子の要望に応えようとしている。

「……わかった」

 私はそう言って、車のドアを開けた。

「待って」

「なんだ、君も行くのか?」

「違うわ。あの子にはひとりで遊んでおいてもらいたいの」

 その言葉の真意を、この時、私は深く追求しなかった。


 駐車場から少し歩いたところに公衆トイレがある。その横で、私は息子の姿を目で追っていた。

 海に入る気配はなく、ただひたすらに波打ち際を歩いている。その姿は、普通の小学生ではなかった。これから起こる何らかの出来事に備えているような――

 いや、少し違う。

「まさか……」

 私は急いで車へ戻った。

 後部座席を見ると、思った通り、息子の水着がそこにはあった。最初から泳ぐつもりなどなかったのだ。

 息を切らしながら、私は助手席のドアを激しく開ける。妻は何事もなく、ただそこに座っていた。私の荒い呼吸にも何ら興味を示さない。

 私の熱も、そこで冷めてしまう。

 妻は変わってしまった。

 私の脳は否応なく、あの日の記憶に埋め尽くされていく。


 十年前、物心ついて間もない息子が交通事故に遭った。

 当たり前のことだが、それは私たち夫婦にとってショックな出来事であり、何か月も入院生活から抜け出せない息子を思うたび、悲痛に唸った。強烈な苦しみの前では涙さえ出ないことを知った。

 そんな日々がしばらく続いて――。


「ちょっと、聞いてるの?」

「……ん、ああ」

 現実に引き戻されると、私の顔を覗き込んでいる妻の姿が目に入った。

「何かあったの? 汗だくじゃない」

「――あの子に、何か言ったのか?」

 妻の口が開きかけた瞬間、息子の足音が車の方へ近づいてきた。

 息子の手は、幼い少女の手を握っていた。

「お前……その子は誰だ」

「妹にどうかなって」

 考えていた通りだった。息子は私が彼にやったことを、次は自分でやってのけたのだ。妻はその兆候にいち早く気付き、息子をひとりで遊ばせておいたのだろう。

「ねぇ、わたし、いもうとになるの?」

 少女のあどけない姿は、まるでホラー映画のワンシーンのように映った。恐怖を待つばかりの束の間の静けさが漂っている。


 入院中の実の息子・・・・は脳死状態が続いた末、死んでしまった。

 妻が壊れてしまわないよう私がとった行動は、かえって妻を壊し、今日、二つ目の家庭を壊すことになった。

 少しずつ現実を認識し始めたのか、息子が連れてきた少女――その手は未知なる恐怖に震えていた。

「安心して。僕も最初は驚いたんだ。すぐ慣れるよ」

―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field