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地獄の淵から戻ってきたレジェンドが盟友と綴る最新怪談集『遺言怪談 形見分け』(西浦和也+加藤一)著者コメント+収録作「どっちが見えてんのよ!」掲載

これを語らずに、書かずに、読まずには死ねない。

あらすじ・内容

死線を彷徨い、地獄の淵より戻ってきた怪談蒐集家・西浦和也が、
これだけは遺しておかねばと語る怪談を盟友・加藤一が書き留めた怪事録。

古戦場のあった村で、匿っていた大将首を敵方に差し出した血族の末裔を襲う「黒土と白子」の呪い…「アウグスティヌスの祟り」
宅配員が訪れた五寸釘で釘打ちされた開かずの部屋。中には気配が…「誤配の部屋」
深夜のコンビニにやってきた奇妙な客。バックヤードのカメラには老婆と小学生が映っているが…「どっちが見えてんのよ!」
上階のベランダから垂れ下がる女の片手。手はやがて両腕、頭、全身と姿を現して…「女と犬」
北海道の自衛隊駐屯地の敷地内にあるブルーシートで隠された鎮魂碑。その不気味な曰くとは…「黒い屋根とブルーシート」
滋賀のライブハウスのエアコンダクトの中に棲む女の霊。目撃できたバンドはデビューできるというジンクスが…「耳の肥えたファン」
駐屯地内の巡回で姿を消した自衛官。見つかった曰くつきの倉庫で何が…「脱柵」
四国の集落に出る死人の群れ。身代わりの贄を求める死人に魅入られた少女を救う道は…「一年と七人」

他、宅配怪談から自衛隊怪談、そして村の怖い話27話の闇をお裾分け。

著者コメント

  怪談本を読んで衝撃を受けたのは今から30年ほど前に発刊された『「超」怖い話』がきっかけでした。それまでの読み物や子供騙しのような怪談と違い、リアルだからこそ不思議で不条理な内容に心が惹かれました。早速感化された私は、これまで聞き始めた話や、勤めていた警備会社での話をまとめて、同人誌『怖い話 闇の囁き』を冬のコミケに持ち込んだのを覚えています。その後、迎賓館など警備員時代に大きな体験をしたこともあり、どんどんと怪談にのめり込んできました。
 それから10年ほどの時が経ち、取材で御一緒し意気投合した北野誠さんの『北野誠怪異体験集 おまえら行くな。』を出す企画が持ち上がり、改めて「超」怖い話の加藤一さんに語ってもらったら、新耳袋とは違った広がりを見せてもらえるのかもと思い、不躾にも声をかけさせていただきました。後に、自ら執筆をさせていただくことになり、以後いろいろ先駆者、師匠となっていただきました。  
 2年ほど前に体調を壊し、本格的な書籍への参入は無理かと思っていましたが、今回ありがたくも声をかけていただき、発売となりました。とはいえほとんどが加藤さんに書いていただいたようなものなので、次回にはもう少し自分で腕が持てるように頑張りたいと思います。改めてお声をかけていただいた加藤一さん、竹書房の小川さんにお礼を申し上げます。

西浦和也

 聞き書き怪談というのは、生き延びた体験者さんから「命からがら」の話を聞いて、それを読者さんができるだけ生々しく追体験できるように書き起こす、という読み物です。
 なので、普段はできる限り体験者さん御本人からお話を伺う訳なんですけど、体験者さんが全て「事の経緯をキチッと時系列順に書き出せる」訳でも、「順を追って話せる」訳でもないので、大体「何があったのか」は順番もぐだぐだで、話の盛り上がりも迷子になります。僕の30ン年の経験で言うと、大体「金縛りに遭ったんだよ!」から話を始める体験者さんが多いので!  
 このため、毎回原稿を書き始める前は「出来事の順番(時系列)」と「因果関係」などを、取材メモから整理し直すところから始めるのが常でした。今回は現職の怪談作家であり珠玉の怪談語り部である西浦和也さんからの聞き取りだった訳ですが、「体験談を聞き取ってる」感があんまりありませんでした。  
 昔、北野誠さんの『おまえら行くな。』の執筆準備のためのインタビューのときもそんな感じでしたが、語りがうまい方はステージでなくても本番収録でなくてもカメラが回ってなくても、怪談語り始めると皆さんノリノリになるんですよ。そういや、勁文社版「超」怖い話やってるときのネタ会議(昔の「超」怖い話では、執筆前にネタ選別する披露会があったんです)もそんな感じでした。観客はいないのに、熱演! みたいな。  
 その辺は西浦和也さんも同様でして。今回は御時世と、僕と西浦和也さんの予定のすりあわせがなかなか大変だったこともあって、体験談の聞き取りは全てリモート(zoom)で行われました。  
 んで、西浦和也さんの怪談って、語りの時点でもう怪談が限りなく完成型に近いんですね。そこから更に肉付けして、怪談という読み物の形に仕上げていくのが僕の担当であった訳なんですが、完成に近いものにもう一声積んでいくことの難易度の高さを改めて痛感しました。  
 本作に収録のお話は西浦和也さんのYouTubeチャンネルで一度は語られたネタなんかも含まれているかもしれませんが、多分初お目見えのものも混じってると思います。いずれ西浦和也さんが本調子に復帰する日が来たら、今度は同じ怪談を『西浦和也執筆版』で読んでみたいんですよね。いやあ、その日が楽しみです。

加藤一

試し読み1話

どっちが見えてんのよ!

 北関東のとある駅から少し離れたところに、二十四時間営業のコンビニがある。
 これが都心の繁華街なら、夜明けまで誰かしら利用客もいるのかもしれないが、この店は住宅街にほど近いところにある。
 終電から吐き出された客が夜食や酒を買い求めるため、零時を回った頃に一瞬だけ店が賑わう瞬間がある。
 しかし、その夜中のラッシュアワーが終わってしまえば、駅前にも店の周囲にも人通りはなくなる。
 住宅街というのは、勤め人が帰り着いて力尽きて眠る住処があるところであって、繰り出して騒ぐところではない。
 故に、街が眠りに就くのが早いのだ。
 それ故、概ね午前二時を過ぎると、来店客も皆無である。
 アルバイト店員がちょっと店内清掃をして、棚の整理などをしてみたところで、すぐにやることがなくなってしまう。
 次に店が賑わうのは、出勤客が朝食やドリンクを求めて雪崩れ込んでくる朝方になってから。
 弁当や惣菜、スイーツなどの補充品を配送トラックが運び込んでくるのは、朝六時を回ってからだ。
 その時間近くになれば商品陳列作業のためオーナー夫婦が出勤してくるが、それまでは店に殆ど動きはなくなる。
 たまに稀な来店があったとしてもバイトが一人で捌ける程度のものだ。
 だから、夜勤は常にワンオペだった。
 浅野さんは、この店で毎晩夜勤に入っていた。
 比較的仕事は暇な割に、夜勤であるので日勤より時給がいい。悪くないバイトだった。
 二時を回って六時近くまでの四時間は、客対応よりも開けっぱなしの店番のようなもので、働くことよりも時間を潰すことのほうに頭を悩ませるくらいだ。
 ルーチンワークを終えてしまうと、後は店頭に出ている必要も特にない。バックヤードで監視モニターを眺めつつ、来客があればレジ前に出ればよい。
 バックヤードで眠気を噛み殺しつつ、雑誌の頁などを捲っていると客の来店を告げるブザーが鳴った。
 時刻は午前三時を過ぎた辺りか。
 深夜の来客は全くないではないが、この時間帯は珍しい。
 監視モニターを見ると、七、八十代の老婆が一人。孫らしき小学校低学年の男児を連れての来店である。
 二人とも夜更かしなのか、孫に真夜中の散歩でもねだられたか。
 二人は店内の棚の間をうろうろしつつ、スナック菓子などをカゴに入れている。
 ドリンクのある店の奥の冷蔵ケースを覗き込んだあと、監視モニターの視界から見切れて、老婆がレジに向かって近付いてくる。
 浅野さんはすぐさまレジに立った。
 高齢者の客は、レジの前に立っても店員を呼ばずに黙って待っていることがままある。
 他に客などいないのだから、客の側から声を掛けなくても店員が気付いて然るべき、という考えなのだろう。ほんの一声で済む話だが、その一声を惜しんで客は神様であると主張したがる。
 以前、そんな客に当たってから、面倒事を回避するため即座に動く習慣が付いた。
 レジ前に出て、「いらっしゃいませ」とマニュアル通りに声を掛ける。
 孫の姿が見当たらない。
 監視モニターには映っていたと思うが、レジ前から死角になる場所を彷徨いているのか、それとも祖母の支払いを待たず店の外に出てしまったのだろうか。
 小学生がこんな時間に彷徨いているだけでも職質ものではないかと思うと、それが少しだけ気掛かりになって、つい老婆の肩越しに孫の姿を探してしまった。
 老婆は浅野さんを凝視していた。
 おっと、待たせてしまったか。
 商品のバーコードにチェッカーをかざそうとしたところ、老婆が話しかけてきた。
「あんた、どっち」
「は?」
 意図の分からない問いかけだった。
「どっちよ」
「は?」
 老婆は猛然と食い下がった。
 鬼気迫る勢いであることは分かるのだが、何を選ばされるのか、何の二択を強いられているのかがさっぱり分からず困惑する。
 老婆は苛立ちを隠さず、叫んだ。
「どっちが見えてんのよ!」
 どっち、とは――問い返しかけて、言葉を呑み込んだ。
 たまにいるんだ。関わると面倒な客が。
 主旨は分からないが、多分この老婆もその手合いだ。
 だから、ここで応じてしまうのはいけない気がした。
 表情を特に作ることなく、商品をチェックしていく。
 コンビニバイトのオペレーションに、客に媚びろというものはないはずだ。
 差し出された商品のバーコードをチェックしてレジに通し、代金を受け取り、釣り銭を渡して、後は適当に追い立てればよい。
「どっちが見えてんのよ! どっちなのよ!」
 老婆は食い下がる。
「合計、三百九十八円になります」
 老婆は財布を漁って一円玉を数える。
「それで、あんたはどっちなの」
「はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました」
 浅野さんはまるで興味がない風を装ってその問いかけには一切反応しない。
 用は済んだとばかりに会話を打ち切り、バックヤードに下がった。
 老婆は立ち去る様子がない。
「だから! あんたはどっちなのよ!」
 同じ問いを繰り返し怒鳴っている。
 どっち、って何なんだよ。
 バックヤードの監視モニターに戻ると、レジ前で騒ぐ老婆が映っている。
 その老婆の隣には、小学生の男児が映っている。
 バックヤードの出入り口から、レジ前でわめく老婆をチラリと見た。
 隣に小学生男児はいない。
 しかし、監視モニターの中には老婆と居並ぶ小学生男児が映っている。
「どっちなのよ!」
 老婆は叫び続けており、帰る気配がない。

(了)

――続きは書籍にて

著者紹介

西浦和也 (にしうらわ)

不思議&怪談蒐集家。心霊番組「北野誠のおまえら行くな。」や怪談トークライブ、ゲーム、DVD等の企画も手掛ける。イラストレーターとしても活躍。単著に「現代百物語」シリーズ、『西浦和也選集 獄ノ墓』『西浦和也選集 迎賓館』『サワリの森』『帝都怪談』『実録怪異録 死に姓の陸』、共著に『予言怪談』『学校の怖い話』『実話怪談 恐の家族』『出雲怪談』『現代怪談 地獄めぐり』など。YouTubeチャンネル「西浦和也の怖イ話」(@nishiurawa1999)にて怪談語り、対談を精力的に発信中。

加藤一(かとう・はじめ)

1991年刊行の『「超」怖い話』(勁文社版シリーズ第1巻)に最古参共著者として参加し、怪談著者デビュー。以後の33年を怪談とともに歩む。『「超」怖い話』四代目編著者、監修者。著、共著、編・監修した怪談本は200冊を超えた後、数えていない。主な近著に『「弔」怖い話 黄泉ノ家』、編著近作に『恐怖箱 禍言百物語』など。

好評既刊

西浦和也選集 獄ノ墓
西浦和也選集 迎賓館
「弔』怖い話 黄泉ノ家
「超」怖い話 辰