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【連載短編小説】第1話―愛国心が咲かせる花【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第1話 愛国心が咲かせる花

 貸し与えられた狭い一室で、私は父が遺した写真を眺めていた。

 戦場カメラマンとして立派に勤め上げた父を誇りに思い、いつしか私自身もカメラを手に取るようになっていた。

 どうにかして父を超えたい。その一心で、私は今いるこの場所を訪ねたのだ。

 写真を胸ポケットに戻し、水筒に入れておいたコーヒーでも飲もうかというところで、ドアを叩く音が響いた。

「どうぞ」

 短く答えると、ドアが静かに開いた。

 入ってきたのは長身の若い男で、口元からは微笑が窺える。

「汚い部屋ですみません」

「いえ……」

 私は緊張していた。

 彼は幾多の命を奪ってきた男だ。それはあくまで、彼が国に尽くした結果であり、無論、罪に問われることもないのだが、半人前の私を委縮させるには充分な前知識だった。

「お分かりとは思いますが、僕はあなたに機密情報を与えることになります」

 木製の長机を間に挟んで、彼は私の正面に座った。

「単刀直入に言いましょう。あなたを信用するための何かが欲しい」

 私はごくりと生唾を飲み込んだ。覚悟を決めるほかないのだろう。

「……常に銃口を向けられている、そのつもりでここにいます」

 言葉だけでは不十分だろうかと危惧したが、それは杞憂だった。

「ほう」

 彼は値踏みするように私を見据える。

「あなたの目はとても澄んでいます。嘘をついているようには見えない」

「信用していただけた……ということでしょうか?」

「はい。どちらにせよ、人を簡単に殺せる道具がここには揃っています。問題ないでしょう」

 当然、私もそのくらいは知っている。明らかな脅し文句ではあったが、ここで怯むわけにはいかない。

 父も初めは、恐怖という壁を乗り越えたはずだ。

「人を殺すことで国に貢献できる時代……。心底思うのですよ。この時代に生まれることができて僕は幸運だったとね」

 そう言い残して、彼は静かに席を立った。


 再び一人になった私は、束の間の平和を写真に収めるのも良いと考え、部屋を出ることにした。敷地内であれば問題ないだろう。

「あ、もしかして藤影ふじかげさんですか?」

 すれ違いざまに声をかけてきたのは、いかにも真面目そうな青年だった。

「……ああ、少し散歩をと思って」

「あの人が取材を許可するなんて、正直びっくりしましたよ。あ、外まで案内します!」

 外見の印象通り、真面目で実直な性格なのだろう。だからこそ気になってしまう。

 彼は自分の意志でこの仕事に従事しているのだろうか。

「ここなんてどうです? 敷地内では一番見晴らしの良い場所ですよ」

 青年の言った通り、自然豊かな景観だった。しかし、あまりにも平和的な景色であるせいか、背後の施設がより恐ろしく感じられた。

 なかなかカメラを構えない私を見兼ねたのか、青年は話題を変えた。

「あの人は、本当に正義を貫いているのでしょうか……」

 私は少し安堵した。多感な年頃であれば当然のそこに頭を悩ます。心が死んでいるわけではなかったようだ。

「そうだな、彼は人を殺したいという欲を満たすため、ここにいるのだろう。だが危険を冒してまで、罪を犯さずに人を殺す道を見つけ出した。純粋な正義とは言えないが、間違っているとも言えないだろう」

 青年は深く息を吐いたあと、すっかり口を閉ざしてしまった。

 彼があの男に対して抱いている疑問は別の部分にあったのだろうか。

 だとすれば、私には正否を諭すだけの政治知識が足りない。

「すみません、今のは忘れてください」

 私の返事を待たず、青年は施設へ戻ってしまった。


 ちょうど日が沈み始めた頃だった。部屋に戻っていた私は、準備が終わったことを知らされ、腰を上げた。

 廊下に出ると、向かいの部屋の前に先ほどの青年が立っていた。

「こちらの部屋にどうぞ」

「ありがとう……ええと、君も――」

「いつもは入れてもらえないんですけど、今日は見学の許可をもらえました」

 一抹の不安がよぎる。しかし、ここで妙な行動をとるわけにはいかない。

 いま信用を失ってしまえば、目的を達成できなくなってしまう。

 父を超えるまで、もう少しのところまで来ているのだ。


「いやはや、今回は少し準備に手間取ってしまいました。生への執着というのは厄介だ」

 そうは言いつつも、長身の男は笑っていた。今度は微笑ではない。殺人を生き甲斐とする狂人の笑みだ。

「殺害はその注射器で?」

「はい、致死量の薬物を投与します」

 彼は笑顔のまま淡々と答えた。

 私はカメラのレンズをベッドに横たわった老人へ向ける。

 安楽死は法で明確に定義されていない。少なくとも、今の日本では。

 綿密な計画を元に、条件を満たせば罪に問われる可能性を限りなくゼロに近づけることも不可能ではない。

 しかし、安楽死ばかりを選択する医者がいると世間に知れたら、その医者――彼は、裁判で不利になることは避けられない。

 多くの老人を殺せば高齢化社会の加速を止められる。そして、それは国への貢献と見なされる。そんな関係式が簡単に成り立つはずないのだが、正気を保つための彼なりの免罪符なのだろう。

 まあそんなものはどうでもいい。私の目的は父を超えること――

 戦場という約束された非日常ではなく、狂人が合法的に人を殺す・・・・・・・・・・・という、より残酷な一瞬を写真に収めることなのだから。

 その非日常は、病院が舞台であることにより残酷性をさらに引き立てる。


「藤影さん。約束、お忘れではありませんよね」

「もちろんです」

 私は取材の謝礼という名目で、安楽死に使用できる薬物を大量に支払った。

 院長である彼は、保身のために薬物の入手ルートを分散して――

 いや、待て。

 ここまで自身の身を案じる彼は、果たして狂人と呼べるのだろうか・・・・・・・・・・・・・・・

「院長、あなたは間違っています!」

 安楽死の始終を黙って見ていた青年が突然大声を上げた。手には手術用のメスが握られている。

「一部屋に一人ずつの安楽死候補……今まで僕は、こんなにも非効率的な殺人を手伝わされていたんですか!」

 私は反射的にカメラを構えた。

「あれだけの時間があれば、僕はもっとたくさん人を殺せていました。日本の未来のために!」

 青年が持っていたメスは院長の心臓に突き立てられた。

 それと同時に、一度は失敗かと思われた私の計画も、無事達成することができたのである。

―了―

                   第2話 新しい家族▶            

著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field