【連載短編小説】第3話―恐怖のぬいぐるみ【白木原怜次の3分ショートホラー】
気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!
サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…
はっとさせられるような意外な結末が待っています。
なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!
第3話 恐怖のぬいぐるみ
集合住宅が立ち並ぶ緑道を、仲睦まじい様子で歩く二人の男女がいた。
「送ってくれてありがと。この辺で大丈夫だよ」
「いや、せっかくだから家の前まで行くよ。沙友里の荷物、これから増えるしね」
「荷物……え、どういうこと?」
男は背負っていたリュックを手前に移動させ、中から紙袋を取り出した。
「はい、誕生日おめでとう」
沙友里は、差し出された紙袋を受け取ると、眩しい笑顔を男に向けた。
「嬉しい! 実は、もしかして忘れられてる? とか思っちゃってた!」
「忘れるわけないよ。まあ、渡すタイミングを迷ってたっていうのはあるけど」
健二は微笑を浮かべながら、中身を確認するよう促した。
うん、と頷き、沙友里は紙袋に手を入れる。
「これ、欲しかったぬいぐるみ! 結構高いやつ!」
「手に入れるのに苦労したよ。どこも売り切れでさ」
沙友里はまるで子犬でも扱うかのように、ぬいぐるみを優しく撫でている。その様子を見て、健二は安堵の息を漏らした。彼にとって、沙友里にプレゼントすることはもはや趣味のようになっていた。無類のぬいぐるみ好きである沙友里は、いつも同じテンションで喜んでくれる。
「あ、そうだ。見てこれ」
沙友里は健二に肩を寄せ、スマートフォンに写った自室の写真を表示する。
「健二のおかげで、ぬいぐるみだらけ! はぁー幸せ」
「あ、でもちょっと待って。ベッドの周りにはあんまり置いてないんだね。それはどうして?」
「興奮して眠れなくなっちゃうから!」
なんともかわいらしい理由だな、と思いながらも、健二は口を挟むことにした。
「こういうのは満遍なく置いたほうがいいよ。一箇所に固めておくと風水的に良くないんだ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ少し配置考え直そうかな」
そう、それでいい――。
「そろそろ潮時だな」
沙友里――この女はもう始末してしまおう。
モニターに映っている沙友里を見て、俺はなんとなくそう思った。
「しかし、カメラを仕掛けたぬいぐるみは固定の位置に置いたままとは、つくづく馬鹿な女だ」
俺は先ほど渡したばかりのぬいぐるみの場所をモニターで確認した。これにはカメラではなく、小型爆弾が埋め込まれている。もちろん遠隔操作が可能なものだ。
パソコンにインストールしてある遠隔装置を使えば、ワンクリックで沙友里を殺すことができる。
殺す理由は簡単だ。飽きた女とはいえ、捨てたあと他の男に拾われるのは腑に落ちない。
ただそれだけだ。
しかし、もう少しだけ束の間の幸せを味あわせてやろう。そのほうが殺したときの高揚感も大きくなる。
決行は明日だ。
翌日、俺は再びモニター前に立つと、沙友里が出かけていないかを確認した。
「眠っているのか」
まあいい。爆発すれば部屋ごと吹き飛ぶ。起きていようが寝ていようが、死は一瞬でやってくる。悲鳴を上げることさえ許されない。同じことだ。
俺は躊躇なく、爆発のスイッチをクリックした。
音は聞こえないが、モニター画面には、部屋の家具家電が吹き飛び、爆炎があらゆるものを燃やし尽くす映像が見て取れた。
「ふっ」
自然と笑みがこぼれた。死体を見ることができないのは残念だが、葬式には行ってやるとするか。
俺はデスクチェアに体を預け、タバコに火をつける。
ひと仕事終えたあとの一服を楽しんでいると、スマートフォンが鳴り出した。かけてきたのは弟だった。
「どうした? この時間お前は仕事に――」
「大変なんだ! 俺が家を出て会社に向かってる途中、大きな音がしたと思ったら……!」
「落ち着け。その大きな音ってのはなんだったんだ?」
「爆発音だよ!」
額から汗が流れてきた。爆発音……嫌な予感が脳裏をよぎった。
いや、そんなはずはない。沙友里の住むマンションから、弟の家――つまり俺の実家はかなり離れた場所にある。
それに、気持ちが高ぶっていたとはいえ、俺は沙友里の部屋が燃え尽きるのをモニターで確認しているのだ。
「わかった。で、お前はどうしたんだ?」
あり得ないことだと分かってはいたが、俺は自分の声が震えていることに気付いた。
「い、家に戻ってみたら……燃えてなくなってたんだ……」
「なんだと!」
「父さんも母さんも、家にいて……」
電話を切り、俺は急いでモニターの電源を入れた。
そこには、燃えたはずの沙友里の部屋が映しだされていた。爆発する前の状態に戻っている。
「あり得ない……爆発していなかったということか……」
そういえば、沙友里は映像制作会社に勤務している。映像は偽造されたものだったのか?
指で目をこすり、もう一度モニターを確認すると、怪我ひとつない沙友里が満面の笑みを浮かべ、カメラ目線で手を振っていた。
そして、画面にテロップが流れる。
もらったぬいぐるみはあなたのご両親の元へ届けておきました。
―了―
著者紹介
白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)
広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。
Twitterアカウント→ @w_t_field