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ギュウ詰めの酸鼻に首まで浸かる実話怪談『恐怖箱 厭満』(つくね乱蔵)著者コメント、試し読み

鳥肌びっしり、絶望がみっちり
ギュウ詰めの酸鼻に首まで浸かる実話怪談

あらすじ・内容

一家四人が首吊り自殺した忌み家。お稲荷様の祟りともっぱらの噂だが、そこに新たな住人が…「サイレン」
とある神社に髪の毛で結わえられた無数の絵馬。内容は全て謝罪文で…「こうたさま」
孫の初節句の写真に変な男が写っていると訴えた直後に吐血死した祖母。母親には何も見えないのだが…「七五三の写真」
豪商の家の養女になった貧家の娘。彼女が新しい家の天井裏で見た恐ろしい光景…「赤い部屋の理恵」
三歳の娘に好奇心で尋ねた胎内記憶。すると娘の口調ががらりと変わって…「墓地」
ほか、身をよじるほかない厭怪談がぎっしり。
さて、いま貴方の隣にいる人の笑顔は本物ですか?

著者コメント

夏に入って間もない頃、今回の単著のタイトル案を提出して欲しいと頼まれた。自分でも驚くほど、すんなりと出たのが〈厭満〉である。厭系の黎明期を担った一員として、今持っている全てを書き上げた。満杯の厭だ。満ち足りていただけるのは確かだと自負している。だからこその厭満である。
それともう一つ、今回の本には、いつにも増して家族の話が多い。
円満であるべきはずの家庭が、何の前触れもなく壊れていく。
家庭円満ならぬ家庭厭満というわけだ。
読み終えた後の貴方の顔が、私には想像できる。この本、腐ってる。そんな顔に違いない。
それは、私にとって何よりの褒美だ。

試し読み

「痛いの痛いの飛んでいけ」

 柴田さんは、息子の雄也君と二人暮らしだ。
 夫の家庭内暴力が酷く、離婚に至ったという。
 それからは雄也君との幸せな暮らしを守るべく、柴田さんは身を粉にして頑張ってきた。
 その甲斐あって、去年の春に新築のマンションに引っ越すことができた。
 雄也君が通う予定の小学校にも近く、職場への出勤も楽になる。
 何よりも眺めが良い。小学校の校庭も見渡せる。仕事に疲れて帰宅した後、雄也君と二
人で眺める夕陽は格別だった。
 もちろん、雄也君には一人でベランダに出ないように言ってある。
 手すりは大人の胸ぐらいの高さがあり、大丈夫とは思うが、万が一ということもある。
 素直な性格の雄也君は、真剣な顔で頷いた。その姿が思わず抱きしめてしまうぐらい、
可愛らしい。
 この子がいて良かったと思える瞬間だった。

 引っ越して一つだけ困ったのは、今まで預けていた託児所が使えなくなったことだ。
 近所の保育園は定員に達しており、今からでは入れそうにない。
 あと一カ月で小学校が始まる。それまでは雄也君に頑張ってもらうしかない。
 雄也君は、大丈夫だと小さな胸を叩いた。母親の苦労を見て育ったせいか、いざというときは頼りになる子だ。
 我慢を強いるのは本意ではないが、その分しっかり甘えてもらおうと心に決め、柴田さんは仕事に励んだ。

 あと僅かで入学式。
 その日も柴田さんは仕事に励んでいた。
 雄也君が大好きな唐揚げを作ろうと、帰りにスーパーに寄った。
 玄関のドアを開けた柴田さんは、一気に不安になった。
 部屋の灯りが消えている。大抵の子供はそうだが、雄也君も暗闇を怖がった。いつもなら、全ての部屋の灯りを煌々と点けているはずなのだ。
 急速に膨れ上がる不安を押しのけ、柴田さんは玄関と廊下の灯りを点けた。
「うわっと。もう、ビックリさせないでよ」
 すぐ目の前に雄也君がいる。
「どうしたの、灯りも点けないで」
「おかあさん、ごめんなさい」
 雄也君は泣きそうな声で謝り始めた。
「学校の校庭でみんなが遊んでて、凄く楽しそうで、僕、もっと見たくて、イス持ってきて見てたんだけど、手すりから落ちちゃった」
 これは駄目だ。何処で覚えたか知らないが、こういう冗談は良くない。
 柴田さんは、雄也君を見据えて叱った。
「いい加減にしなさい。もうすぐ小学生なんだから、やって良いことと悪いことは分かるでしょ。すぐに御飯にするから、早く手を洗ってきなさい」
 雄也君は、泣きながらごめんなさいと繰り返し、洗面所に向かった。
「ほんとにもう。冗談にも程があるわ」
 柴田さんがそう言った瞬間、洗面所から得体の知れない音が聞こえてきた。
 大量の水をぶちまけたような音だ。
 驚いて洗面所のドアを開けると、辺り一面が血の海になっていた。
 その海の真ん中に肉塊が浮いている。雄也君の顔つきの肉塊だ。
 柴田さんは絶叫を上げながら、雄也君の顔を拾い上げようとした。
 次の瞬間、血の海も肉塊も全て消え去ってしまった。

 雄也君の遺体は、駐輪場の屋根の上で見つかった。
 見ただけで即死と分かる状態だった。
 あの夜、雄也君が謝ったとき、抱きしめてあげれば良かった。
 柴田さんは、噛みしめた歯が欠けるほど悔やんでいる。

―了―

◎著者紹介

つくね乱蔵  Ranzo Tsukune
福井県出身。第2回プチぶんPetio賞受賞。実話怪談大会「超‐1/2007年度大会」で才能を見いだされデビュー。内臓を素手で掻き回す如き厭な怪談を書かせたら右に出る者はいない。主な著書に『つくね乱蔵実話怪談傑作選 厭ノ蔵』『恐怖箱 厭福』『恐怖箱 厭熟』『恐怖箱 厭還』『恐怖箱 厭獄』など。その他主な共著に『呪術怪談』、「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「怪談五色」「恐怖箱テーマアンソロジー」の各シリーズ、『アドレナリンの夜』三部作、ホラーライトノベルの単著に『僕の手を借りたい。』がある。

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