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【連載短編小説】第16話―深紅のゆりかご【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!


第16話 深紅のゆりかご

私が働く児童養護施設では、通称『赤ちゃんポスト』を採用している。困窮や心理的負担などが原因で、ポストを利用する人は年々増え続けている。つまり、自分の子どもを育てられない、或いは育てたくない、といった人が世の中には一定数いて、尚も増加傾向にあるということだ。『赤ちゃんポスト』の最大の特徴は、匿名で赤ちゃんを預ける……手放すことができるという点だ。その為、うちではポストと呼ばれるカゴを施設の裏口がある辺りに設置している。

 私は結婚していないし、他人の子ども以外、世話をしたことがないので、正直、自分の子を他人に任せるという感覚が理解できなかった。けれど、目を逸らすことのできない状況に置かれてしまったのだ。

 朝の業務がひと段落したところで、女上司の橋岡さんが事務室のドアを開け、こちらに向かって歩いてきた。

「今日から『赤ちゃんポスト』の担当になったんだって?」

 橋岡さんは私が広げている資料にチラと目をやりながら、さして興味がない様子でそう言った。

「はい、思ってたより覚えることが多くてちょっと驚いてます」

「ふーん……これってマニュアルよね? 赤ちゃんを回収するだけなのにこんなにルールがあるの?」

「カゴの中を確認するのは一時間に一回。夜勤の方と交代するまでは気を抜けないですね」

「ま、古川さんならきっと大丈夫よ。責任感あるし、遅刻だってしたことないでしょう?」

 薄く笑って、お茶の入ったペットボトルを手にとった。橋岡さんは、まあ頑張ってね、と言って自分の席に向かった。

 時刻を確認すると、前回の確認からちょうど一時間が過ぎようとしていた――。

 驚いている暇もなく、私は対処に追われた。『赤ちゃんポスト』の担当に就任したばかりだというのに、カゴの中で眠っている赤ちゃんを見つけたのだ。生後一ヶ月くらいだろうか、赤ちゃんに関する情報を示すものは一切見つからない。もちろん、保護者の情報もない。つまり、匿名希望ということだ。

 マニュアルを片手に、まずは病院に連絡をして、検査の予約をとった。

 一度病院に赤ちゃんを預けてしまえば、しばらくは通常の業務に戻ることができる。しかし、慣れない出来事に困惑しているのか、どうにも仕事に身が入らない。

 そこで、何をするでもなく窓の外を眺めている施設長に、報告も兼ねて声をかけてみた。

「既に聞いているとは思いますが、今朝赤ちゃんポストに――」

「ああ、ご苦労様。どうだい、思っていたより大変だろう」

「はい、手続きとか意外と多くて。これまでは施設長が自ら担当していたんですよね?」

「そうだ。大事な業務だから、なるべく自分でやりたかった。しかし、施設全体の状況を把握しておかなければならない立場上、誰かに任せるのもひとつの方法だと思ったんだ」

「……私でよかったんでしょうか」

 施設長はゆっくりと私の肩に手を乗せる。

「君になら、と思って託したんだ。自信を持ってくれ」

「はい」

「いつか子どもたちは、私たちを守ってくれる存在になる・・・・・・・・・・・・・・・

「ええと……どういうことですか?」

「いや、すまない。気にしないでくれ」

 そう言われはしたが、施設長が放った意味深な言葉は、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 私が『赤ちゃんポスト』担当になってから、三ヶ月が経過した。あれから赤ちゃんが届けられることはなく、張り詰めていた緊張の糸もほぐれていた。

 そんな時、ふと違和感を覚えた。

 もらった資料の中に過去のデータを表すものが一切なかった。そんなこと、普通あるだろうか。三ヶ月も気付かなかったなんて。

 ……施設長は外出しているし、事務室には私しかいない。この機を逃すまいと、私は施設長の机の引き出しを探った。いくつかのクリアファイルの中に唯一、透明ではないものを見つける。

「きっとこれだ……」

 予想通り、ファイルの中には『赤ちゃんポスト』に関する過去のデータ資料が入っていた。

 私は急いでスマートフォンを取り出し、その資料全てを写真に撮った。

 自分の席に戻り、事務作業をしているていを装いながら、撮ったばかりの写真に目を通していく。

 驚くべきことに、自分が担当になる前は一ヶ月に三人程のペースでポストに赤ちゃんが預けられている。さらに、担当者は施設長ではなく、女性と思われる人物の名前が記されていた。

 この女性は一体何者なのか。なぜ施設長は嘘をついたのか。

 そして、なぜ私を担当者にしたのか。

 すると、机の上にある電話機が鳴り出した。

「はい、こちら――」

「あなたね」

「はい?」

「あなたが『赤ちゃんポスト』の担当者なんでしょう。今の」

 声から推測するに、50代くらいの女性だった。

「そうですが、用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

「彼はよく言っていた。いつか子どもたちは、自分を守ってくれる存在になる、と」

 聞き覚えのある台詞だった。

「あなた、きっと頭の良いほうでしょう? それに正義感も持ち合わせている」

「あの、用件は――」

「守ってくれる子ども、その第一号ってところかしら」

 その言葉から、私は危機感を覚えた。私の里親は少し神経質なところがあり、私を実の娘であるよう振る舞っていた。法に触れるような工作もしていたかもしれない。

 だから恐ろしいのだ。どうして――

「――どうして、私がこの養護施設出身だと知っているんですか」

受話器を置いて、私は深くため息をついた。

 結局、私がこの養護施設で育ったことについて、なぜ知っているのかを聞き出すことはできなかった。

 言葉の節々からは、赤ちゃんポストに関わるのはやめろという警告が読み取れた。私の中で、次第に対抗心が生まれていく。自覚したことはなかったけれど、電話越しで女が言っていた通り、私は正義感の強い人間なのかもしれない。そうなると、電話の女を悪だと捉えていることになる。証明はできない。だけど、心の奥底にある本能のようなものが、それで正解だと告げている。

 業務を淡々とこなしながら、私はどうすべきかを必死に考えた。施設長ではなく、私に警告をしてきたということは、あの女にとって、施設長は敵なのだろう。

 味方ならば、私に警告する意味がない。施設長に命じて私を担当から外すだけで解決するからだ。だとして、私は何をすべきなのだろう……。

 翌日、ふと斜め前に視線をやると、施設長が落ち着かない様子で何度も溜め息をついている姿が目に入った。考え事をしているというよりは、良い対策が思いつかないことに苛立っているように見える。

 私は席を立って、施設長の背後に立った。

「話したいことがあります」

 前置きなしにそう言うと、施設長はゆっくりと立ち上がった。

「場所を変えよう」

 私は黙って頷いた。

 今まで長居したことがなかったからか、気付かなかった。施設内にある倉庫は子どもたちや従業員の声が届かず、思った以上に静かだ。

 例の電話についてどう報告すべきか悩んでいると、施設長が口火を切った。

「まずは君に謝っておきたい。すまなかった」

 何のことか分からず、私は首を傾げた。

「巻き込むべきではなかった……本当に――」

「でも、何年も計画していたことなんですよね? 育てた子どもが自分を守ってくれると、そう信じていたんですよね?」

「計画と言えるほど緻密なものではない。被害者を増やしてしまうだけだと、ようやく思い知ったよ」

「それほどに、あの女の人は危険なんですか?」

「ああ、彼女から逃れる術はない」

 どうやら、私に女からの接触があったことは知らされているようだ。

「説明してください。あの人は何を企んでいるんですか」

「赤ちゃんポストの維持と普及だよ。君に警告をした女、彼女は赤ちゃんポストを政策に掲げている議員の側近なんだ」

「……じゃあ、今この施設にいる子どもたちは――」

「九割は私がさらってきた子どもだ」

 もしやとは思っていたけれど、本人の口から聞いて、私は動揺を抑えることができなかった。

 施設長が言うには、警察に特定されないよう、あらゆる地域で子どもをさらってきていたらしい。だとしても、捕まっていないのは奇跡に近いと思う。

 施設長の弱った顔を見ていると、同情の念が湧いてきた。脅されて仕方なく悪事に手を染めていたということもその理由のひとつなのだろう。

 その時、倉庫のドアが開いて日が差し込んできた。

「一日の猶予を与えたのに、仲良く作戦会議とは、随分と強気ね」

 声で分かった。電話の女だ。

「命令にはこれからも従う。埋め合わせもするつもりだ。だから今回は見逃してくれないか」

 施設長の声は震えていた。逆らえばどうなるか、彼は知っているのだろう。政治が絡んでいるとなれば、命の危険もあるはずだ。

 正義感が強い――それが私の本質であるならば、やることは決まっている。

「施設長は私の里親が無理を言って出生を隠そうとしたことに、協力してくれたんですよね」

「急に何を言い出すの? 恩人への別れの挨拶?」

「でも、施設長、あなたは私の過去でも間違えているし、今も子どもをさらったりなんかして、間違いを犯している」

 私は自宅から持参した果物ナイフで施設長の心臓を刺した。

「理由が何であれ、悪事を働いたことは償わないと」

 そう言って、呻き声を上げる施設長からナイフを素早く引き抜いた。

「ま、待ちなさい! 私はただ――」

 うろたえる女に、私はナイフを向けて突進した。

 ああ、正義を執行するって、こんなにも充実感を得られるんだ――。


―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field