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【連載短編小説】第20話―狂い咲く亀裂【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第20話 狂い咲く亀裂

「――という、まだ世間に広まっていない絶好の心霊スポットなんだ」
「少なくとも私は反対。情報が少なすぎるし、ただの廃道って可能性もあるんでしょ? 地方に行くならせめて手堅いところじゃないと。無駄にお金使いたくないし」
 塚原つかはらの提案に、高崎たかさきは難色を示している。俺が所属しているオカルト研究サークルでは、よく見る光景だった。俺たちが最上級生になり、高崎が部長に決まってから、男子の意見が通りにくいという状況が続いていた。普段は冷静な塚原も、そんな現状に苛立ちを隠せないでいる。彼が自身を含めた最上級生の四人だけを空き教室に集合させたのは、提案が却下される姿を後輩たちに見せたくなかったからだろう。
「私、そろそろゼミに行かなきゃいけないんだけど」
 そう言って不機嫌そうに腕を組んでいるのは、もう一人の女子、安藤あんどうだ。高崎とは親友で、彼女らの意見がぶつかることはない。
 その後も塚原は説得を続けたが、意見が通ることはなかった。
 できれば塚原の提案を後押ししてやりたかったが、俺にそれほどの発言力はない。
「力になれなくて申し訳ない……」
 女子二人がいなくなった空き教室で、俺は力なく呟いた。
「力になってもらうのはこれからだ」
「え……?」
「お前には同情を誘う才能がある。自覚はないだろうが、今回の件で俺はお前のその才能を発揮してほしいと思っている」
 それを才能と言ってしまえば、確かにそうかもしれない。だけど、あの二人が俺に同情してくれるとは思えない。
「時間をかければいい。俺はあいつらと顔を合わせるたび、説得を試みる。お前はそんな俺に振り回されて困っているふうを装うんだ。面倒事を嫌うやつらだ。しつこくしていれば諦める可能性は高い。そこにお前への同情心が加わって確率は上がる」
「言っていることは理解できた。けど、どうしてそこまで例の心霊スポットに行きたがるんだ?」
 自分一人で行くという選択肢だってあるはずだ。
「俺たちを無下に扱うとどうなるか、思い知らせてやるのさ」
 俺は息を呑んだ。それと同時に、期待感が生まれつつあることを自覚する。俺もサークルの現状を変えたいと思ってはいるのだ。
「まず、俺が今日話した心霊スポットは、実のところただの廃道で、スポットにはなっていない」
「それはどういう――」
「重要なのはその先にあるトンネルだ。そこがちょっと面白いことになっていてな。使えると思ったんだ」
「……詳しく聞かせてくれ」
「ああ、その前に、まずはそのトンネルを心霊スポットだと信じ込ませる必要がある。ネットを使って嘘の情報を広めたい。頼めるか?」
「分かった。やってみる」
「よし、計画の詳細については段が進む中で少しずつ教える。途中で裏切られたら困るからな」
 俺たちは別に仲が良いわけではないし、塚原らしいやり方だと思った。だから、信用されていないことに不満は感じない。


 それから三ヶ月が経過した。計画通り、俺たちは最上級生の四人で例の心霊スポット――トンネルに向かっていた。車を運転している塚原の表情をチラと見た。彼が最初に空き教室で提案をしたのは、後輩を思ってのことではなく、罠にはめる対象が高崎と安藤だけだったからだと今になって気付いた。
 車が目的のトンネルに入ったところで、高崎が口を開いた。
「ねえ、どこから探索するつもりなの? 普通トンネルの入り口からでしょ?」
「徒歩で進むには長すぎるトンネルなんだ。もう少し進もう」
 女子二人への説明は俺がなるべくするよう事前に決めていた。塚原だと反論が返ってきやすくなるからだ。
「――え、ちょっと! 真っ暗じゃない!」
「使われていないトンネルなんだ。ここまで照明がまだ点灯していたことのほうが不思議だよ」
 トンネルの中を照らすものは車のライトだけになった。実のところ、これは計画の一部であり、俺たちが壊すまでは全ての照明に光があった。
 塚原は徐行運転に切り替えて、「あと少し進んだら車を降りよう」と言った。それはあらかじめ俺と塚原の間で決められた合図だった。俺はスマートフォンを取り出して、後部座席の女子二人にその画面を見せる。
「このトンネルの記事なんだけど、ちょうど昨日、ニュースサイトで取り上げられてさ」
 車の前方から目を逸らさせる必要があった。そこに罠が仕掛けてあるからだ。
 そして、塚原は車を停める。
「そろそろ歩いて探索しよう。さあ、降りるぞ」
 高崎と安藤はほぼ同時にドアを開け、車から降りた――
 ――いや、落ちた・・・
 確認するまでもない。彼女ら二人はもう死んでいるはずだ。
「ふっ、やったな。完全犯罪を成し遂げた」
 塚原は珍しく感情を全面に押し出して満足気な表情を浮かべている。俺も緊張感から解放され、自然と感情が昂っているのを感じた。
このトンネルには道を横に切り裂くような形で亀裂が走っており、それが広がって大きな穴ができていた。俺たちはちょうど車の横幅と同じサイズの頑丈な板を亀裂部分に設置しておいて、そこに車を停車させた。女子二人の視線を逸らさせたのは、亀裂と板を見てしまわないようにするためだった。
そして、ドアを開けて車から降りようと一歩足を踏み出せば、そこに地面はなく、落下するしかない。俺たちは車から降りず、二人が落ちるのを待てばいいだけだ。
その落下で絶命するかどうかは、事前に調査済みだった。仕掛けは簡単に壊せるものだし、事故を装うのは簡単だ。
「これで、塚原が部長になるんだよな」
「え? ああ、まあそうなるだろうな。それがどうかしたか?」
 俺は素早く助手席のドアを開けて後部座席のドアに飛び移った。そこからもう一度ジャンプして、車の後ろ――地面がある地点に移動した。失敗すれば俺も落ちていた。一か八かの作戦だった。
 そして、塚原が車を動かす前に、素早く板の留め具を外した。仕掛けた板の橋は崩れ、塚原を乗せた車は暗い穴へと落ちていく。
 塚原を殺した理由は単純なものだ。彼が部長になれば、権力者が入れ替わるだけで、俺が望む平和は訪れない。
「俺は人殺しという罪を背負って生きていくんだ。お前はそれをしなくていい」
 俺の中に宿った狂気は俺を破顔させた。
「だからさ、同情してくれよ」

―了―

第19話 預言する文字列                

著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field