何気ない日常に禍を招く恐怖の連続、体験者の実在する怒涛の怪奇譚100話!著者(高野真)コメントに試し読みドドンと3話!
奇々怪々の取材記録たっぷり100話!
内容・あらすじ
「幽霊なんて信じていない」
……でも、いる。少年が座っている。
「前席の中年、後席の少年」より
押し入れのびしょ濡れ老婆
箱から聞こえる恨み言
不孝を呼ぶ禁断の建築…
本物の怪が現れる現代の百物語!
「恐怖箱」のお馴染み怪談蒐集家4人がこの世の闇を浚う。
代々「控えよ」と言い含められている社で犯した粗相、その天罰は?…「代価は高く」(加藤 一)
ちょうだいと繰り返す彼女が欲したのは身体か、命か。言えばもらえるとでも思ったか…「ちょうだい」(神沼三平太)
ライブの打ち上げ、皆で差し入れのケーキを口にした途端、場の空気は一変し…「yes,but」(高野 真)
猟の途中、野宿での睡眠時に目にした足のようなものは大凡人間のものには見えなくて…「忠告」(ねこや堂)
など、何気ない日常に禍を招く恐怖の連続、体験者の実在する怒涛の怪奇譚100話!
著者コメント 高野真・文
試し読み3話
前か、後ろか 高野真/著
――お客さん、間もなく駅ですが、その後はどのように参りましょう。
え、あ、そうですか……。この辺不慣れなんで、もう少し広い道を行きたいんですが。
お住まいは何丁目の辺りで。ですと、その道から入るしかないですね。
でもなあ、あそこ。困ったな。どうするかな。ううん。
あ、お客さんも御存じでしたか。坂の左手の。電柱の下。ねえ。
うちらの間でも見える人間は嫌がりますよ。×××の坂、なんて言って。
私ですか? もちろん見たことありますよ。
お客さんは御覧になったことは? ――おありでしたか。
前です? 後ろです? あ、後ろ。まあ、毎日出る訳でもないですからね。
さて、ここの交差点を曲がると。今日はどうかな。
ああ、いますね。後ろからでも御覧になれます?
真冬なのにね。Tシャツに半ズボンで。しゃがみ込んで。男の子ですよ。
おまけにぼうっと光ってね。何であれ光ってるんですかね。
あ、ダメですお客さん。一旦坂の上まで行っちゃいますからね、すみません。
メーターここで止めちゃいますから。勘弁してください。ちょっと止まれないです。
今日はダメだ。こっち向いてる。お客さん、今絶対、外見ちゃダメですよ。
こいつの顔見ちゃダメですからね。ほんとに。もうすぐ通り過ぎちゃいますから。
あれ見たことないんでしょう。そう。なくて正解。
あれね、見たらほんと死にたくなるような顔してますからね。
どんなって、そりゃもう、生きてるのが嫌んなるような顔ですよ。
私はあれ見て半月仕事休みましたからね。ほんとやめといたほうがいいです。
さ、着きました。ちょっと御指定の場所からは遠いですけど、こういう事情なんで。
ああ、私はこのまま丘の反対側に出て街へ戻りますから。
だってここで車回したら、またあれの横通るじゃないですか。絶対嫌ですよ。
はい、お釣り。あと領収書です。では、お気を付けて。おやすみなさい。
横浜市は磯子区での採話である。
母の日に 神沼三平太/著
深夜の配達物の集積所は忙しい。コンベヤーで運ばれてくる荷物を重さで分けたり、地域で分けていくのだが、老若男女が手分けして作業に当たる。必然的に若者や力のあるものは重い荷物を担当することになる。例えば旅行鞄やゴルフバッグ、米に飲料水。二十キロを超えるものもある。
派遣で入っている川崎さんの担当は重い荷物だった。
先頭のほうにいる人は、作業に手慣れている人と、判断が遅い人。
小さくて軽い荷物を捌くのは女性や高齢者の担当だ。
後半にはコンベヤーがないので、重量物でも必ず捌ける人間が配置されている。
川崎さんは体格も良く、何が来ても、どんな量のものでも捌けるということで、配置されていたのは最後から二番目だった。なお最後尾は責任者として社員さんが担当している。
つまり実質最後尾である。
ある夜、先頭で軽いものを仕分けしていた男性が大声を上げた。
「悪い! 持てない重さだから、あとよろしく!」
それから次々と声が上がる。
「え、何だこれ!」
「やだ、気持ち悪いっ!」
川崎さんは一体何が流れてくるのかと、前方を確認した。自分より先には、十人以上が配置されているので、一番奥まで流れてくる荷物はかなりの重量物のはずだ。
だがコンベヤーのレーンを見ると、向こうから流れてくるのは、ピンクのボール箱だった。箱にはカーネーションが入っているに違いない。母の日が近いこともあり、時季的にカーネーションの贈り物が多く、ここ数日で同じものを何十箱も捌いてきたのだ。
だが奇妙なことに、前方のスタッフ達は、その箱を持ち上げられないらしい。
柔らかな色をした箱は透明フィルムで中身が見える、よくある造りのもの。その窓からカーネーションの花束が覗けるようになっている。重さとしては一キロもない。
――あんな軽いものを持ち上げられない?
また男性スタッフが持ち上げようとしたが、全く動きさえしないらしい。
それに気持ち悪いっていうのは何だ。
考えていたのは二分ほどだった。そのボール箱が目の前に流れてきた。手を伸ばそうとして、川崎さんは固まってしまった。
表面の透明フィルムから、カーネーションの赤が覗く。そのすぐ下に、花束を握る手が見えた。そして、覗き窓のフィルムには、緑色をした歪んだ顔が映っていた。
もちろん自分の顔ではない。
思考が止まっている間に、箱は待ち構えている社員さんのところへと流れていった。
「可哀想にな」
社員さんはそう言いながら、箱をひょいっと持ち上げて、『その他』へと仕分けした。
「え、良いんですか?」
「こういうのは届かないほうが良いときもあるんだよ。川崎さんが信じるかは分からないが、送った奴からの悪意とか、たまにこういうところで荷物に入っちまう、変な何かがいるんだよ。だから俺はこれも許可してもらってる」
社員さんは手首を顔の前に持ち上げた。手首には数珠が巻かれていた。
荷物を傷つけたり、異物混入になるので、作業のときは腕時計も外すように求められる職場だ。例外中の例外ということなのだろう。
「危なそうなら触らなくても良いよ。というか、何かみんな嫌なものは何となく手が出なくて最後まで回ってくるんだよな」
その話が聞こえていた派遣のスタッフ達は、先ほどのカーネーションの箱の中に何が見えたのかを、口々に報告し始めた。
「俺には腐った顔みたいなの見えた」
「女のきたねぇ髪の毛が上から垂れてて、額まで見えた」
「指が透明フィルムを引っ掻いてて、やばいと思ったよ」
皆、あの箱の中に何かがいるのだと感じたようだ。
果敢に持ち上げようとしたスタッフは、あの箱、人間一人分くらいの重さがあったんじゃないかなぁ、などと言い出し、その場の皆を嫌な気持ちにさせた。
「で、それどうするんです?」
「本当は損害になるからやりたくねぇんだけど、破損で発送元に送り返すとかすると思うよ。でも母の日のものだしなぁ。朝になったら上に判断を仰ぐことになるかなぁ。日付指定で明日だもんなぁ――」
翌日、その荷物は結局配送になったと聞いた。
「それがいいか悪いかは分からないけど、俺達はそれが仕事だしね」
社員さんは川崎さんにそう告げた。
強い ねこや堂/著
高遠がまだ社会人になって一年目のときのこと。
教育係になったのは、後輩に対してパワハラ気味なところがある松尾だった。
朝は先輩より早く出社するのが当たり前と言われ、課題と称した資料作りを山ほどやらされて帰りはいつも終電ギリギリだ。
そんな毎日だから、たまの休日には癒やしが欲しい。という訳で、付き合っている彼女と一緒に出かけたりするのだが、その彼女が何だか落ち着かない様子である。
「最近、あなたと出かけると誰かに尾けられてる気がする」
そう言って避けられるようになった。踏んだり蹴ったりというか泣きっ面に蜂というか。心做しかずっと胃の辺りが重い。
各メーカーの胃薬を一通り試した頃。その日もいつものように最終電車で帰宅。リビングでは母がテレビを点けっぱなしにしたまま寝入っていた。
心配して待っていてくれたのだろう。申し訳なさに溜め息を漏らしながら母を起こそうと手を伸ばす。
その瞬間、瞑っていた目をカッと見開き勢いよく母が飛び起きた。
「このやろう!」
見たこともない形相で怒鳴ると、やおら壁に立てかけてあったフローリングワイパーの柄を掴む。
「お前はいつもいつも!」
「ちょ、母さん!」
近年稀に見るような激昂ぶりで、高遠に向けてそれを振り上げた。
「うちの息子を虐めやがって! いい加減にしろ!」
「何寝ぼけてんだよ、俺だよ! 勘弁してよ、疲れてるのにっ!」
頭を庇って身を低くする。だが、フローリングワイパーは高遠ではなく、その後ろ目掛けて振り下ろされた。
「このっ! このっ! このやろう! 思い知ったか!」
尚も得物は高遠の背後に向けて執拗に振り回されている。運動は苦手なはずの母が、大立ち回りである。
「これに懲りたら二度とするんじゃないぞ、分かったか!」
高遠が呆気に取られている間に、満足げに頷いてフローリングワイパーを所定の位置に戻した母は、さっさと自室へ引き上げていった。
「……何なんだ?」
明るく温厚な母のあんな姿は初めてだ。一体何が起こればあんな――。高遠は軽く頭を振った。とにかく連日の残業で疲れ切っている。今は身体を休めるのが先だ。高遠は考えるのをやめて寝床に潜り込んだ。
翌日、出勤すると松尾の姿がない。いつもは自分より早く来ていて、小姑よろしく何かと用事を言い付けてくるのだが。
「松尾なら暫く休みだよ。何でもアパートの階段から落ちたって」
手足を複雑骨折したらしい。人の不幸を喜ぶようで何だが、そのおかげで松尾は高遠の指導から外れることになったという。代わりに面倒見がよく適切な指導で定評のある北原が新しい教育係となった。
ストレスの大半がこれで解消したようなもので、正直ホッとした。
「何か今日はすっきりしてる」
休日、久々に会った彼女が言うには、会うたびに不快感に襲われた「誰かが尾けてくるような気配」が全くないらしい。次の約束も快諾され、万々歳である。
ちょっと不思議に思いつつ、晴れやかな気分で出社。順調に仕事も進み、現在の教育係の北原と休憩中のところへ松葉杖をつきながら松尾がやってきた。
「へえ、高遠のお袋さんか」
丁度スマホで家族の写真を北原に見せていたのを後ろから覗き込んで、松尾は顔を引き攣らせて仰け反った。
「バッ、ババアッ!」
「おい、松尾、幾ら何でも後輩の親御さんに失礼だろ。謝れ」
北原の眉根が顰められる。
「す、すまん。でも」
松尾は酷く怯えた様子で震えていた。
「その人、最近夢で俺のこと殴るババアにそっくりなんだよ」
長い棒を振り回し、何処へ逃げても追ってきて、凄まじい剣幕で為す術もなく殴り付けられるのだと。
松尾の言葉に高遠はあの日の母の様子を思い出す。
――まさか、ね?
後日母に訊いても、「そんなことは覚えてない」と怪訝そうな顔をされただけだった。
―了―
著者紹介
加藤 一(かとう・はじめ)
1991年刊行の『「超」怖い話』に最古参共著者として参加し、怪談著者デビュー。以後の33年を怪談とともに歩む。『「超」怖い話』四代目編著者、監修者。著、共著、編・監修した怪談本は200冊を超える。単著最新刊は『「弔」怖い話 黄泉ノ家』。
神沼三平太(かみぬま・さんぺいた)
大学や専門学校等で教鞭を執る傍ら怪異体験談の蒐集執筆を行う。これまで2300話を超える怪談を発表。最新刊『怪奇異聞帖 地獄ねぐら』等、無慈悲系厭怪談の作品群の単著の他『恐怖箱 百物語シリーズ』のメイン執筆を担当中。
高野 真(こうや・まこと)
海と乗り物と旨い物を愛する関西人実話怪談作家。正体は武蔵野原に居を構える会社員。単著『恐怖箱 怪道を往く』の他、二〇二二年から『恐怖箱 百物語シリーズ』の変化球担当を務める。アンソロジー『聞コエル怪談』『たらちね怪談』等。
ねこや堂(ねこやどう)
九州在住。実話怪談著者発掘企画「超‐1」を経て竹書房『恐怖箱シリーズ』参戦。単著に『実話怪談 封印匣』、共著は『恐怖箱 百物語シリーズ』、『現代実話異録シリーズ』、『追悼奇譚 禊萩』』等多数。