人気怪談師・牛抱せん夏による百話怪奇譚『百怪語り 螺旋女の家』(ねじおんなのいえ)著者コメント+収録話「」全文掲載
人気怪談師が綴る怪奇譚全100話!!
女の執念が首を締めあげてくる!
不自然に割れる食器、纏わりつく視線、逃れられない怪異
――「螺旋女の家」より
様々な人の怖い体験談を取材してきた怪談師・牛抱せん夏が綴る、げに恐ろしき百の怪異譚――。
・祖父と一緒に見た黒い影、あの時から…「きっかけ」
・誰もいないのにドアノブを回される。一体何者が?「訪問者」
・あまり人が乗らない下りのバスに、着物姿の老女が乗ってきて…「下りバス」
・夏休みに親族が集まる祖母の村で、クワガタを探しに森に入り…「森の集落」
・旅行先の民宿にはエアコンがない。暑いのに締め切っていたその訳は「見てる」
・結婚して住みだした古い平屋の家だが、何者かの気配が…「螺旋女の家」
など8つのカテゴリーに分けた100話+語り8話を収録。
著者コメント
試し読み 冒頭3話!
一 へそ
「なっちゃん、お土産買ってくるからね」
菜摘さんが八歳の頃、親戚の大学生のお姉さんが夏休みにハワイ旅行へ出かけていった。面倒見が良くて優しい彼女を、本当の姉のように慕っていた。
お姉さんがハワイへ行って数日が経ったある夜、菜摘さんは突然目が覚めた。
ベッド脇に、旅行中のはずのお姉さんが立っている。
「お姉ちゃん?」
ベッドから起き上がると、お姉さんの躰は宙に浮かんでいる。しかも、へそから長い白い紐のようなものが窓の外まで伸びている。菜摘さんは、ただ目をパチパチさせていた。お姉さんは、淋し気な表情でこちらをじっと見ている。
その時、どこからか誰かが呼ぶ声がした。とたんに眠くなってベッドに倒れ込んだ。
翌朝、一階のリビングへ下りると、なんだか家族が騒がしい。
どうしたのかと問うと、ハワイ旅行へ行っていたお姉さんが海で溺れて、一時心肺停止状態で病院へ搬送されたのだという。
後日、意識を取り戻し無事に帰宅したお姉さんから聞いた話では、溺れた際、日本へ帰らなければと強く念じたという。
すると躰が軽くなり、菜摘さんの部屋にいた。言葉を発することもできずただ見ていると、遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえて、へそのあたりを勢いよく引っ張られた。
気づけば病院のベッドの上にいたという。
二 ある
義兄が亡くなった。
その地域では、葬式までの間、自宅で親族がご遺体を挟んで過ごす風習がある。妹とふたりで務めることにした。
深夜、話をしていると、ふいに妹が天井を見上げた。つられて見上げる。
古い日本家屋で、ずいぶん高い位置に梁はりが通っている。その梁に、バレーボールが挟まっている。なぜ落ちないのかと注視すると、バレーボールではない。
見間違いかと目をこすると、妹が言う。
「兄さん。あの梁にあるの、お義に兄いさんの生首よね」
義兄のご遺体は、目の前に横たわっている。
三 きつね
ずいぶん昔の話だ。
絹代さんは、長野県から佐渡ヶ島に嫁いだ。
若くして嫁いだので、実家の母親にはなかなか会うことができなかったという。
母親も歳をとって長旅も難しくなってきた。最後にもう一度会いたいから、今度佐渡まで会いに行くよと連絡があった。
ところが、約束の当日、船着き場まで迎えに出ると、次々に人が下船してくるのに、母親の姿が見えない。やっとそれらしき人を見つけたのだが、その顔がどうもおかしい。
目が吊り上がってまるで狐のようだ。
絹代さんは驚いて、
「お母さん、どうしたの、そんげな狐みてえな顔して。具合でも悪い?」
そう言うと、母は「狐さんが守ってくれたんだ」と笑った。
現在はカーフェリーがあるが、当時は佐渡へ行くには小さな船しかなく、波で揺れる。移動はかなり大変だった。
母親は家の近くの稲荷神社へ油揚げを持って供え、
「これから娘に会いに佐渡まで行くんだども、無事に着けるように」
そう言って手を合わせた。
その夜、狐に起こされた。
「ばあさん、私が守ってやるから安心していけ」
狐はそう言って消えたという。母親は安心して乗船した。
その日、海は穏やかで、母親は無事に佐渡まで着くことができたと喜んでいた。
―了―
著者紹介
牛抱せん夏 (うしだき・せんか)
怪談師。現代怪談、古典怪談、こども向けのお話会まで幅広い演目を披露
する。著書に『実話怪談 呪紋』『実話怪談 幽廓』『呪女怪談』『呪女怪談 滅魂』『千葉怪談』『百怪語り 冥途の花嫁』『百怪語り 蛇神村の聲』など。