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【連載短編小説】第5話―悪意なき理由【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第5話 悪意なき理由

 先日、付き合いの長い友人から、お前は面倒くさがりだと指摘された。

自覚はある。子どもの頃から面倒事を避ける癖があり、やらなくてもいいことはやらなかった。

だが、それが原因で他人に迷惑をかけるようなことはなかった。少なくとも、覚えている限りでは。現に、職場での勤務態度は悪くないし、プライベートでの人間関係も充実している。

平凡な人生と言われてしまえばそれまでだが、俺はそんな単調な生活に満足していた。

いや、どこか心の奥底では、何か劇的な出来事が起こることを望んでいるのかもしれない。そう考えるきっかけになったのは、自宅マンションの隣に住む夫婦の存在だ――。


 一年ほど前になる。俺は少々無理をして高級住宅街にあるタワーマンションに住み始めた。入居して三日後だっただろうか。隣人が引っ越したと思うとすぐに新たな入居者が越してきた。男女二人組、年齢からしておそらくは夫婦だろうと推測できた。

 俺はすぐにその夫婦に対して違和感を覚えた。彼らが出かける様子はほとんどなく、廊下ですれ違うことも稀だった。タイミングがたまたま合わなかっただけだとも考えられるが、俺の直感がそうではないことを告げていた。夫が出勤しているような姿も見たことがない。自宅で仕事をしているのだろうか。俺の中で、様々な憶測が飛び交った。

 俺は自室で窓の外を眺めながら、少し考えてみた。隣に住む夫婦が気になる理由は単なる好奇心なのか、それとも、義務感からなのか。

 そして、俺は呟いた。

「こんなにも早く見つかるものなのか」


 面倒くさがり、という性格は付き合いの長い相手からすればすぐに見抜けるものだ。特に隠すようなこともしていない。

 しかし、俺にはもうひとつ特徴的な――いや、欠落しているものがあった。

 それは、死に対する関心だ。

 ニュースで殺人事件が報道されていても、何とも思わない。それだけじゃない。父が癌で死んだときも、特に感情が揺さぶられることはなかった。父が死んだという事実を認識する、ただそれだけだった。もちろん、葬儀ではそれなりに悲しんでいる風を装った。常識がないわけではない。あくまで、死に関心がなく、死に鈍感なだけだ――。


 仕事を終えてマンションの玄関に着いたとき、珍しく例の夫婦と鉢合わせた。俺は思い切って声をかけてみることにした。

「こんばんは」

 夫婦揃って怪訝そうに眉をひそめる。理由は分からない。

「外食ですか?」

 追い打ちをかけてみた。

「ええ、まあ……」

 妻のほうは明らかな作り笑いを浮かべ、短く答えた。夫は黙ったままだ。

 二人ともが、近所付き合いなどどうでもいいと、そう考えているに違いない。彼らに抱いていた違和感はもうない。やはりそうか、と思うようになっていた。

 俺は適当に反応を示したあと、エレベーターホールに向かって歩き出した。


 翌日、例の夫婦は揃って飛び降り自殺を図った。

 第一発見者は俺だ。現場がマンションの敷地内だったという点に加えて、彼らが近いうちに自殺するだろうことを予想していたから当然といえば当然だった。

 やはり今回も、人の死に対して何の感情も沸いてこなかった。

 俺が住んでいるこのマンションで飛び降り自殺をする者が絶えないことを、俺はあらかじめ知っていた。死ぬ前の数日間、最後の贅沢をするため、高級マンションに引っ越す人たちがいるというニュースを見たことがある。このマンションでは言わば、そういった人たちの自殺の名所になっていたのだ。

 俺はそれを利用した。利用といっても、法に触れるようなことは一切していない。

 救急隊員として働いている俺は、いつでも出動できるように長時間職場で待機していなければならない。仮眠をとる時間は与えられるが、仮眠室ではあまり眠った気になれなかった。

 何としてでも自宅でゆっくり眠りたい。それが俺にとって唯一の望みだった。職場から近い場所に住めば、もしかすると自宅での仮眠を許されるかもしれない。そう考えたこともあったが、上司はその申請を一蹴した。その反応はごく自然なもので、反論の余地はなかったのだが、俺は躍起になって別の方法を見つけ出すと決めた。

 そして俺は、ついに解決策を見出した。

 職場ではなく、現場の近くに住むことで睡眠時間を確保した・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のだ。

 出動に使う移動時間も節約できる。面倒くさがりな俺にとって、これほどに快適なマンションは他にない。

―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field