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【連載短編小説】第13話―死の螺旋 【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第13話 死の螺旋


 親友が死んだ。

 そこまでは望んでいなかった。

 じゃあなんで、私は笑っているのだろう――。


 窓から射す西日が眩しくて、私は点滴が少しずつ落ちていく様を無心で眺めていた。腕にひやりとした感覚があって、それがなぜか、生きている実感を私に与えてくれた。

 そんなどうでもいいことを考えていると、病室のドアをノックする音が聴こえた。

「どうぞ」

 短く返事をすると、クラスメイトで親友の美紗みさが入ってきた。

「具合はどうかなと思って」

「おかげさまで、だいぶ良くなったよ。あ、座って座って」

「ありがとう」

 美紗が見舞いに来てくれたのはこれで二回目だけど、事情が事情なだけに、やはり深刻そうな顔をしている。

玲子れいこ、何か欲しいものない? あれば買ってくるよ」

「ありがとう。でも大丈夫。それとさ、私はもう大丈夫だよ。外傷もほとんどないし、メンタルの方もかなり回復してきてるから」

「そっか、それならいいんだけど……」

 それでも美紗は浮かない顔をしている。まるでそうすることが、義務であるかのように。

 私から話題を提供するしかなさそうだ。

「ねえ美紗。何か面白い話聞かせてよ。ここのところ病院の人か警察の人ばかりと喋ってるから、美紗の話が聞きたい」

「そうだよね、私が暗い顔してたらお見舞いに来た意味がないもんね」

「うん、最近何かあった?」

 美紗の顔に赤みがさした。

「実は恋人ができたの」

「へぇ! 詳しく聞かせて!」

 意外だった。今まで美紗の浮いた話は聞いたことがないし、恋人ができる気配もなかった。

「ちょっと言いにくいんだけど、玲子にならいっか……」

 そう前置きして、美紗は続けた。

「相手は、担任の丸岡まるおか先生なの」

 このとき、私はどんな顔をしていただろう。なるべく平静を保ったつもりだけど、自信はない。

「そっかぁ。ちょっとびっくりしたけど、私は応援するよ。おめでとう」

 急いで言葉を紡ぐ。言葉に詰まって、勘付かれないように。

「いつから好きだったの? もっと早く話してほしかったなぁ」

 早く話してくれていたら、邪魔することができたかもしれないのに。


 美紗が帰ったあと、私はしばらくぼーっと天井を眺めていた。

 何も考えないよう努めていたのに、いつの間にか、入院のきっかけになった日のことを思い出してしまった。

 学校から徒歩数分のところにある公園の隅で、私は密会をしていた。と言っても、私の片想いだったのだけど。

 でも、私は女子高生という武器を持っている。色目を使えば、相手は案外あっさりと情欲に支配されてくれた。

 まさか野外で犯されるとは思っていなかったけど。

 だけど、私はそれでも嬉しかった。女として見てもらえただけで幸福だった。問題は、近隣の人に一部始終を目撃されてしまったこと。そして、私が軽い怪我を負ってしまったことだ。

 結果として、私はレイプされたという扱いになってしまった。警察から事情聴取され、当時の状況を詳しく話す必要に迫られた。そして、私は嘘をついた。実際は合意の上だったけど、実際にレイプされたことにしたのだ。

 それを脅迫として使えば、彼と付き合えると思ったから。

 運良く彼は捕まっていない。仮にレイプ犯とするならば、私だけがその正体を知っていることになる。

 すぐに入院することになったから、まだ彼に私の算段を話すことはできていないけど、急ぐ必要はないと思っていた。

 それなのに、彼は――丸岡先生・・・・は、なぜ美紗と付き合うことになったのだ。

 私に全てを話されてもいいのだろうか。それとも、捕まることのリスクを超えるほどに、美紗のことが好きなのだろうか……。

 ――こうして、あまりにも不幸な連鎖が始まった。

 単純なように見えて複雑な、耐え難い苦痛を伴う連鎖が。

 罪から逃げることはできない。

 しかし、選択する余地などなかった。

 それでも、死を選択したわけではなかった――。

 

私は高校の教師をしている。担当科目は地理。大学受験で選択科目に選ぶ生徒も多く、私が持っているクラスは静かに授業を進行させることができていた。

 だが、心の底では、ある女子生徒のことを考えずにはいられなかった。

 玲子と呼ばれる彼女は、おそらく私のことが好きなのだろう。授業中の視線だけでも、意識されていることは容易に気付くことができたし、授業後に、調べればすぐに分かるような簡単な疑問をわざわざ訊きにくる――シャツの胸元を緩めて、見てくれと言わんばかりに。

 それらだけで確信を得るには充分だった。

 問題は、私も彼女に惹かれ始めていることだった。

 許されることではない。そう分かっていながらも、彼女から声をかけられる日を楽しみに待っている自分がいた。

 そしてある日、玲子は去り際に、一枚のメモ用紙を渡していった。今日の放課後に、学校から最も近い公園に来てほしい、とのことだった。

 告白される。そう思った。

 私は断るつもりでいた。惹かれているとはいえ、理性はまだ正常に働いている。


「来てくれて嬉しいです。丸岡先生……」

「ああ……」

 彼女の誘惑は今までの子供じみたものとは違った。彼女の手によって、露出した乳房に私の手が運ばれていく。拒むことができず、私は彼女の身体を思うがままにまさぐった。

 理性のたがは完全に外れてしまい、激しく玲子を犯してしまったのだ。

 教師としてやってはいけないことをしてしまった。問題はそれだけじゃない。こちらのほうが重要だ。まだ捕まってはいないが、目撃者がいたらしく、この一件はレイプ事件とされてしまったのだ。

 なぜ、玲子は警察に真実を話さなかったのだろう。自分から誘ったという事実を隠すためか、それとも、淫行という罪から私を庇ってくれたのか。レイプ犯として捕まるよりは、後者のほうがいくらかマシなのだが。

 考えたくはないが、玲子の一連の行動は計画的であり、私をレイプ犯にすることが目的だったという可能性もある。

 いずれにせよ、追い込まれていることに違いはない。何か打てる対策はないだろうか。

「くそっ……」

 あまりにも不幸で、理不尽だ。

 自分の為に、一人の人間を困らせてしまった。

 それでも、幸せを願ってしまったから、

 私は死ぬことになったのかもしれない――。


 親友の入院を知った私はすぐにその病室を訪れた。外傷は少しあって、簡単な精神的ケアも必要とのことで、入院した理由が命に関わるものでないと分かり、私は安堵した。

 若くして死ぬことは不幸だけれど、それだと私は満たされない。

 玲子の苦しむ姿が見たい。親友に対してそんなことを思うのは良くないことなのだろうけれど、私は彼女に”美紗”と呼ばれる度、苦痛を誤魔化しているのだ。

 高校生になるまで、私たちは紛れもなく、ちゃんとした親友だった。

だけど、人当たりがよくて男子にもモテモテの玲子を見ていると、自分が惨めに思えてきた。容姿にそれほど差があるとは思えなかったけど、玲子はスタイルも良くて、人気者になるための素質のようなものを持っているように思う。

だから私は頭を使うことにした。唯一、勉強だけは玲子に負けたことがない。

玲子はレイプに遭ったと言っていたけれど、仕草や喋り方でそれが嘘だとすぐに分かった。親友に隠し事はできない。私はやってみせるけれど。

そして私は、玲子が想いを寄せている丸岡先生を疑った。案の定、丸岡先生と付き合っているという嘘をついたら玲子は明らかな動揺を見せた。

私が出した結論は、玲子と丸岡先生が公園でセックスをして、それを玲子がレイプ事件ということにしている、というものだ。

玲子は頭が悪いから、そういう短絡的な行動に出てもおかしくない。


 私は丸岡先生が一人になるのを見計らって、教室に入った。

 想定していることをあたかも真実として知ってるかのように、彼に話した。思った通り、レイプ事件は嘘で、玲子が先生を誘惑して襲わせたというのが事実だった。

「私としては、レイプ犯としてではなく淫行条例違反として罰を受けたいと思っている。どちらも避けるのはもう諦めた」

「そうですか。でもそれなら、協力できますよ」

 先生は目を見開いた。それからすぐにすがるような声で言う。

「ど、どうすればいんだ?」

 私はゆっくりと机に座った。脚を組んで少し大胆な体勢になっておいた。

「私に脅されて玲子を襲ったことにすればいいんです。玲子の供述が嘘だと説明するのは簡単だし、自首をすれば罪も軽くなります」

 玲子が先生を好きだったという物証になるものはないかと訊いてみたが、先生はどこかうわの空だった。

「聞いてます?」

「あ、ああ。だが、生徒に脅されたらまずは警察に行くだろう。素直に従った理由はどう説明するんだ」

「私と先に関係を持っていたことにすればいいんです。いえ、私が本命だと、そういうことにすれば、私の性的な趣味に従いたかったと供述できますよ」

「そうか……それなら――」

 私はゆっくりとスカートの裾を上げ、太ももをギリギリのところまで露出させた。

 先生は隠そうともせず、私の脚を凝視している。

 玲子はきっと、自慢の大きな胸を使って誘惑したのだろう。それなら私は、別の角度から先生の情欲を誘う。

「事実にしておきましょう、先生。私の身体を使って、したいことしていいですよ」

 先生との性交渉で、私はその快感に喘いだ。

 セックスが気持ちよかったのではない。玲子の大事なものを奪い、優位に立てているという、その悦楽に浸っているのだ。

 死は往々にして利用される。

 それを悪としたところで、その反対側に正義はない。

 皆で作り上げた文化を、否定するのは浅ましい行為だ。


 性犯罪を担当する部署に入れられてから五年が経った。殺人事件の捜査報告なんかが耳に入ってくると、決まって喫煙所に逃げ込む。舌打ちを聞かれてあわやということが過去にあったからだ。

 今回舞い込んできたレイプ事件も、死者はなし。つまらない。

 おまけに、捜査を進めてみると、レイプ事件ですらなく、どうやら被害者が嘘をついているらしい。そこに事件の面白みを見出せるのでは、と思うやつもいそうだが、俺はそうじゃない。

 命のやり取りを深追いしたいのだ。

 それに被害者の女、ちょっと警察を舐めてやがる。自分の猥褻な行為を正当化させたかったのか知らないが、もう少しマシな嘘はなかったのか。

 俺は怒りに震え、強い苛立ちを覚えた。

 我慢の限界だ。俺はこんなくだらない事件を追うために刑事になったわけじゃない。


 席に戻ってみると、出払っている者が多いようで、俺は一人だった。気が付くと、病院の電話番号を調べていた。

 泣き寝入りするしかない。

 そういうことも世の中にはある。そんなことは分かっていたのに。

 死ぬまでそれを回避し続ける自信には、根拠なんてなかった。


 震える手で、受話器を置いた。夜の病院はひどく閑散としていて、久しぶりに孤独という二文字を思い起こした。

 誰にも話せない。永遠に。

 そんな言葉が恐ろしく脳内に響き渡る。そして、刑事が淡々と繰り返すあの台詞。

 “罪なんていくらでもでっち上げられる”

「従わないと、私は犯罪者にされる……」

 気付けば、そう小さく呟いていた。

 警察の人間に脅されるなんて思ってもみなかった。確かに、看護師である私には、物理的に可能なことだ。ただ、実行するには相当な覚悟が要る。そして、色んなものを捨て去らなければならない。

 犯罪者になって捕まるか、犯罪者になって捕まらないか、二つに一つ。

 後者を選ばないわけがなかった――。

 そこまでは望んでいなかった。

 じゃあなんで私は笑っているのだろう。

 じゃあなんで私は――。


「うん、それで明日には退院できるって」

 朗らかな日光がカーテンの揺れに従って、玲子の顔を何度も明るく照らす。実際に玲子は明るい気分だった。もうすぐ丸岡と会える、ただそれだけを考えていた。

「こういうときって、お祝いにお花とか持ってきたほうがよかったかな……」

 焦りの色を浮かべる美紗に、玲子はかぶりを振った。

「いいっていいって。親が毎日何かしら持ってきてるし、それに長期入院ってわけでもなかったんだしさ」

「そっか」

 美紗は無機質にそう呟く。彼女はほとんど感情を表に出さないので、玲子にはそれが普通に見えた。実のところ、美紗は計画が順調に進んでいることに歓喜し、踊り出したい気分だった。

 すると、病室に一人の看護師が入ってくる。

「点滴を交換しに来たわよ」

「はい」

 美紗はなんとなく、二人から目を逸らした。正しい行いを見て、自分の中に罪悪感が芽生えるのを感じたからなのだが、そうと気付くことはなかった。

 目線を玲子に戻したのは、彼女が突然、呼吸困難に陥ったからだ。

「大変! ちょっとそこのあなた、ナースコールを押して!」

「え、はい……!」

 看護師は玲子に蘇生措置を繰り返している。さっきまで明るい調子だった玲子は、意識を失ってしまったようだ。


 結局、玲子は死んでしまった。

 美紗は病院の屋上で、何をするでもなく、空を眺めていた。

 自分勝手な復讐は、玲子に知られることなく、あっけなく終わってしまった。

「君は善人ではないよ。勘違いしちゃいけない」

 男の声に振り向くと、そこには丸岡の姿があった。日光のせいで表情が上手く汲み取れない。

「どういうことですか」

「気付いていないようだね。 今、笑っているんだよ君は」

 頬に手を当ててみると、確かに、表情筋が緩んでいるのが分かった。

「残念ながら、君は立派な悪人だ」

 この時、美紗は自分が涙を流していることに気付けなかった。長い時間、日に照らされていたせいで、汗だと勘違いしてしまったのだ。

「負の連鎖を――死の連鎖を生み出したのは君だ。薄々感じてはいるだろう?」

「はい……」

「終わらせるんだ」

「え……」

「屋上に来たのは、きっと偶然じゃない。さあ、君が終わらせるんだよ」

 美紗はようやく、丸岡の言っている意味が分かった。飛び降り自殺を促しているのだ。

 自分でも驚くほどに躊躇はなかった。柵を乗り越え、迷うことなく身を投げた。

 そして、落下しながら、ようやく自分が泣いていたことに気付く。後悔していたのだ、玲子への復讐を企んでいたことに。

「私は、虚しいから笑ってたんだ――」

 美紗の飛び降りを見送ったあと、丸岡は満足気に微笑んだ。

 偶然が重なったとはいえ、自分の秘密を知る者は二人とも死んでくれた。

「素晴らしい青春劇を観させてもらったよ」


―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field