道内各地の恐怖体験談を人気怪談作家が徹底取材『北海道怪談』(著:田辺青蛙)まえがき+試し読み1話
人気怪談作家が徹底取材!
note連載「北海道の怖い話」で連載した全17話のほか、道内各地の恐怖体験談全68話を収録!
▼連載試し読み(初回1話無料)▼
内容・あらすじ
余市の浜に響く死霊の声
怪奇現象が多発する異界・函館山
恐怖の噂が絶えぬ新さっぽろ駅の怪
登別で出現する煮爛れた姿の霊
十勝に染み込んだ受難の記憶
札幌郊外に出没した巨大バッタの謎
ご当地怪談でも存在感を放っている大阪在住のホラー作家・田辺青蛙が、定期的に訪れる北海道でも取材を敢行、土地の謂われや住む人が体験した奇怪な出来事、北海道ならではの実話怪談を纏めた究極の一冊!
・定山渓にあるホテルでの怪事「水の音」
・江差町の坂で見る不気味な子供「凧あげ」
・札幌市内で開いた怪談会で聞いた「バッタ塚に纏わる話」
・大阪と小樽を結ぶ怪なる縁「奇妙な漬物石」
・北海道庁爆破事件に巻き込まれた人がその瞬間に見た不思議「走馬灯」
――など怒涛の68話収録。不思議の北海道への暗黒の扉、ここに開かれる!
まえがき
私の夫は生まれも育ちも北海道の人だ。
それまで私にとって北海道は縁もゆかりもない土地だったのだけれど、結婚を機に定期的に訪れることになった。
親戚が集まるとここ最近あった出来事の報告の合間に、「こんなことが昔あったのを知ってる?」「あの場所でちょっとおかしなものを見た人がいるの……」と、北海道内での怖い話や不思議な話が自然と集まるようになった。
北海道のそういった話をもっと知りたいと段々思うようになり、親戚だけでなく夫の友人や幼馴染からもやがて様々な体験談が寄せられるようになってきた。
夫は札幌に長いこと住んでいたのだが、親族は小樽や旭川や函館に住んでいる。
他にも幼馴染や友人、北海道在住時の勤務先の同僚を含めると道内の広い範囲の話をツテで集めることが出来そうだった。
そうすると欲が出てきて、あちこち自分でも調べるうちに気が付けば取材ノートが十冊を超えていた。
その取材ノートの一部を編集部に持ち込んだのが、この本が出るきっかけとなった。
試し読み1話
十字の狐(松前町)
徳川家康がキリシタン禁教令を出す前に、日本国内にキリシタン信者は三十五万人以上いたと言われている。
当時日本の総人口はおおよそ一一〇〇万人から一二〇〇万人ほどと推測されているのでだいたい三パーセントほどが信徒だったということになる。
迫害に怯える信徒の中には、遠く離れた蝦夷にいけば助かると思い北を目指す者がいた。
彼らは逃亡キリシタンと呼ばれ、飢えや寒さや弾圧に怯えながら決死の覚悟で移動し続けた。途中、多くの仲間が地元住民の密告により捕まり、その場で処刑されることも多かった。
しかし、松前から蝦夷の奥へ進むと、未開の土地も多く、そもそも藩主公広がキリシタン信者を危険視していなかったことや、幕府の役人の目も届かなかったことから教会を作り、堂々とミサを開くことさえできた。
だが、そんな信者にとって安寧な日々は長くは続かなかった。
寛永十四年(一六三七)の島原の乱の影響もあり、翌年には松前藩領のキリシタンの処罰の通達が幕府から下った。
逃亡キリシタンは、千軒金山や大沢金山で金を掘る仕事に従事している者が多かった。
それは密航者であっても鉱夫を得たかった藩が見て見ぬふりをしていたことや、賃金の支払いが悪くなかったからと言われている。
幕府から命を受けた松前藩の討手は金山に向かい、信者を探し出した。
皆、覚悟していたのか主上の名や祈りの言葉を口にし、静かに座して首を討たれていった。
殉教者の数は百六名、当時の蝦夷地にいた和人の人口は約一万人だったそうなので、その内の一パーセントが殺されたことになる。
そして次の年、寛永十七年に、駒ヶ岳が大噴火し大津波が起こり、それだけでなく松前藩主の公広が突然倒れて急死。千軒金山の金も地震で地脈がズレたのか、幾ら誰が掘っても金の欠片さえ出て来なくなってしまった。
その頃、山に背中に十字を背負った銀狐が出ると噂されるようになった。
それだけでなく、背に十字模様のある銀狐を撃った者や、食ったり毛皮を剥いだ者が雪の中で裸で踊りながら死んだという話や、聞いたことの無い歌を唄い出してから煮えたぎる鍋に頭を自ら突っ込んで死んだという話まで出た。
しかもそれらの人物は皆、キリシタンの処刑に関わった討手だったという。
一連の出来事や、十字の銀狐の出没などもあってキリシタンの祟りではないかと噂になった。それは金山で懸命に働いていた信徒を処刑したという後ろめたさから出た噂だったのかも知れない。
その後、昭和の半ば頃から函館のキリスト教徒たちによって、金山番所でミサが行われるようになった。
今もそのミサは続いていて、当時の殉教者の鎮魂を祈っている。
―了―
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著者紹介
田辺青蛙 (たなべ・せいあ)
『生き屏風』で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。著書に「大阪怪談」シリーズ、『関西怪談』『魂追い』『皐月鬼』『あめだま 青蛙モノノケ語り』『モルテンおいしいです^q^』『人魚の石』など。共著に「京都怪談」「てのひら怪談」「恐怖通信 鳥肌ゾーン」各シリーズ、『怪しき我が家』『怪談実話 FKB饗宴』『読書で離婚を考えた』など。