ほんとうの自分を探す旅…ほんとうの自由を見つける旅…それがハイランドへの旅なのだ。「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第8話
主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。
【第8話】
「その闘い、やめぇい!!!!!」
僕は思わず噛み付くことを忘れて着地した。アンガスも振り向いて止まった。
周りのイノシシたちもおとなしく声のする方向を見ている。そこからアンガスよりもさらに一回り大きなイノシシがゆっくりと歩いてきた。
「コウザさま…!」
「コウザさま…!」
若いイノシシたちが口々につぶやいている。
アンガスが驚いたようにその声の主を見つめた。僕はそのコウザと呼ばれているイノシシをまじまじと見つめた。堂々たる体躯はアンガスよりも一回り大きく、大きさだけならガルドスよりも大きいかもしれなかった。
堂々たるこぶのような筋肉や身体の縞模様も、アンガスやガルドスに似ていた。年齢のせいなのか、白いたてがみとその威厳ある顔を覆う毛が月明かりに照らされ、銀色に輝いていた。
コウザと呼ばれたその大イノシシは、僕に顔を向けた。
「おぬしのことは知っている。わしの息子ガルドスを殺した奴だということも、よく分かっている」
その声は、低く響き渡るような地響きのようだった。コウザはアンガスに言った。
「アンガスよ、お前の気持ちも分からんでもない。だが、こんな無益な闘いや殺生は全くの無意味じゃ。これでは、人間と同じじゃ」
そして、アンガスをたしなめるように睨んだ。
アンガスは歯をぐっと食いしばり、黙ってコウザを見ていたが、我慢しきれずに言った。
「しかし、オヤジ殿の仇を取りたいんだ、こいつは人間どもと一緒に、オヤジ殿を殺した奴じゃないか! あの…あの…あのオヤジ殿をだ!」
そう言ったアンガスの目から大粒の涙がぼろぼろと溢れ出した。コウザはもう一度アンガスを睨みつけ、言った。
「わしらはわしらの誇りがある。イノシシとしての誇り、北の谷の主としての誓いを忘れたのか」
そして今度は、深くやさしい声で言った。
「この行いはおぬしの『魂の声』に従っているのか?」
「…うっ…ううう」
アンガスは何も言えずにうつむき、涙を流した。コウザは僕の顔を見ると、静かに言った。
「そういうことじゃ」
僕は、コウザの銀色に光る眼を見つめた。
「ワシはおぬしがなぜ、ここに居るかが知りたい。人間に飼われていたおぬしが、なぜ、こんな時間に、こんな場所にひとりで居るのかを、じゃ」
コウザはそう言って、僕の目を探るように見つめた。
「まあ、ついてきなさい」
僕はコウザの後を追い、今ではご主人様に叱られてしょんぼりした子犬のようになってしまったアンガスと、これまたおとなしくなってしまったイノシシたちの間を進んでいった。
森の中をしばらく進むと、巨大な木とその枝に囲まれ、枯葉が敷き詰められている大きな空間に出た。
「ここがワシの家じゃ。まあ、座りなさい」
コウザは僕の方に振り向いてどっかりと腰を下ろした。すると、周囲からどこからともなくイノシシたちが現れて、イモを運んできた。
「さて、大したもてなしは出来んが、まあ、その様子では腹も減っているじゃろう。食べなさい」
コウザは目の前にあるイモを食べ始めた。
「ありがとうございます。それでは、いただきます」
一通りおなかが満たされる頃を見計らって、コウザが話しかけてきた。
「で、おぬしはどうしてここに居るんじゃ?」
僕はコウザにダルシャに出会ったこと、ご主人様の家から旅立ったことなどを話した。コウザはゆっくりと遠くを見つめながら、感慨深げにつぶやいた。
「そうか、ダルシャも…ついにあっちに行ったか…」
「ダルシャを知っているんですか?」
「ああ、知っとる。よく知っとる」コウザは話を続けた。
「ワシとダルシャはイノシシと狼という種族を超えた友人じゃった。ワシが若い頃、ダルシャはまだ子供じゃったがのう…わしらは二人でハイランドへ行った」
「ハイランド!」
「そう、ハイランド」
「この先にあるベレン山を越えて行くとアマナ平原がある。そのまたさらに先にあるのが『ハイランド』じゃ」
コウザはそういうと、懐かしそうに目を細めて空を見上げた。
「ハイランド…そこはワシらやおぬしのように、ほんとうの自分に目覚めた者たちが目指す場所。ほんとうの自分を探す旅…ほんとうの自由を見つける旅…それがハイランドへの旅なのじゃ。ハイランドを目指して旅をしても、全ての者がたどり着けるわけではない。ほんとうの自分、ほんとうの自由を理解できた者のみがたどり着く場所、それが『ハイランド』なんじゃ」
「ほんとうの自分…ほんとうの自由…」
「ハイランド…そこへ向かう者は少ないが、たどり着く者はもっと少ない。多くの者は道に迷い、誤り、見失う。命を落とす者も多い。あきらめる者、あるいは幻想だったと自分をごまかす者、様々だ。そして…ワシも、たどり着けなかった」
そこまで言うと、コウザはゆっくりと僕の目を見つめた。
「ほんとうの自分、ほんとうの自由を見つけたいという強い意志と覚悟がなければやめたほうがよい。命がけじゃぞ。おぬしにはそれがあるか?」
「はい、あります。僕は、必ずハイランドへ行きます」
ここまで来て、引き返すなんてありえない。
「うむ、そう言うと思っておった。ダルシャから最後の招待を受けた者がおぬしならば、おぬしに良いことを教えてやろう。これからの旅にきっと役立つじゃろう」
そう言ってコウザは大きく息を吸い込み、ぶぉ~っと鼻から吐き出すと言った。
第9話へ続く。
僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。
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