思い出すんだ! ほんとうの自分を! 「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第2話
主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。
【第2話】
この犬、死に際に笑ってる?…僕はおずおずと聞いた。
「君はいったい…」
「俺は犬じゃない。狼さ。狼を知ってるか?」
「いいや…」
「そうかい、狼ってのは、君らの兄貴みたいなもんだ」
ダルシャは苦しげではあったけれど、親しげに言った。
「狼…」
狼を見るのは初めてだった。
ダルシャは大きく澄んだ蒼い瞳で僕を見つめ、大きく息を吸うと唐突に聞いた。
「ジョン、お前はー、なんだ?」
は?
なに、言ってんだ?
「…なんだって?」
「だから、ジョン、お前はなんだ?」
「ぼ…僕は猟犬だ」
「ほう、猟犬…か」
「そうだ、だから何だってんだ」
「そうか、お前は猟犬なのか」
「そうだ、だから何だってんだ」
ダルシャは、ゆったりとほほ笑んで言った。
「ジョン、お前は人間に『飼われている』んだろう」
『飼われている』という言葉が、なぜだか心の奥底にチクッと刺さった。
「そ、そうだ。それがどうした」
なぜだ?
お腹の下の方、奥の方が騒がしい。
なぜだ、なぜ腹の底がざわざわするんだ?
飼われているからって、なんだっていうんだ!
僕は、内心の動揺を隠すように言い返した。
「それが何だっていうんだ!」
ダルシャは気にせずに言った。
「俺の命はもうすぐ終わる。最後にお前さんに会ったのも何かの縁だ。いいことを教えてやろう。でも、これを決めるのはジョン、おまえ自身だ」
「なんだ」
「俺たちは誰かに『飼われる』ために生まれてきたんじゃない。俺たちの本質は『自由』だ」
なんだって?
飼われるために生まれたんじゃない?
本質は自由?
なに言ってんだ?
ダルシャは続けた。
「ジョン、お前さんはご主人様が撃った獲物の命を奪い、くわえて帰るのが仕事だろう?」
「そうだ、それが猟犬ってもんだ。それがどうだって言うんだ」
「それは、ほんとうのお前さんなのかい?」
「…なに?」
ほんとう?
ほんとうって、なに?
でもそのとき、僕はふと、気づいてしまった。いや、ほんとうは気づいていたのかもしれない。ご主人様の銃の音に無条件にただ単に反応して走り出してしまっている、いつもの自分自身を。そして、なんの疑念も痛痒もなく、無慈悲に命を奪ってきた残酷な行為の数々を。
絶望の目をしたウサギ、必死に生きようとしていた牡鹿…そして、死の直前の、あの白帝やガルドスたちの、すべてを受け入れたような落ち着いた静かな瞳……。
それは、気づかないように重い蓋をして隠していたものが、予期せぬ衝撃でいきなり開いてしまったような感覚だった。
「いいか、お前さんは人間に仕えるため、飼われるために生まれてきたわけではない。お前さんが生まれた環境が、たまたまそうだっただけのことだ」
「環境?」
「そうだ。そして、残念ながらお前さんはそれ以外の生き方を知らない。まるで知らない、何も知らない。だからお前さんは自分の頭では何も考えられず、小さな世界の中で習慣的・機械的・反応的に、だだ生存しているだけだ」
「なんだと~!」
僕が、何も知らないだと?
僕が、何も考えられないだと?
僕が、機械的? 習慣的? 反応的?
ただ、生存しているだけ?
なに言ってんだ、こいつ!
僕はジョン、あの、白帝やガルドスを打ち取った、あの有名なジョンなんだぞ。
瞬間的にいつもの僕が、心の中で反論を始めた。
「お前さんは、ほんとうの自分を知らない」
ダルシャの蒼い目が僕を貫いた。
ほんとうの、自分???
僕は、心に湧いた疑念を振り払うように言った。
「それがどうしたと言うんだ。何が悪い。お前もご主人様に撃たれたじゃないか」
「いやいや、そういうことじゃない。まあ落ち着け。じゃあ聞くが、お前さんはトドメをさした獲物たちに何か恨みでもあったのかい? その獲物を自分が生きるための糧として狩ったのかい? その者たちのいのちは、お前さんのいのちになったのかい?」
「いや…そんなことはないけれど…」
「恨みも無い動物たちを殺し、人間さまに届け、ご褒美のえさをもらう…お前さんは、たったそれっぽっちの存在なのかい?」
それっぽっち?
たった、それっぽっち…?
それって、たったそれっぽちのことだったの?
いや、いや、いや、そんなことない。
僕の仕事が、たったそれっぽっちなんてことは、絶対にない、ありえない。もしもそれがその通りだったら、僕はいったい何なんだ。僕の人生は何だってんだ。だから、それっぽちなんかじゃない、絶対にそんなことない。
僕は猟犬、ご主人様に愛されている、とっても優秀で有名なあの、猟犬ジョンなんだ!
「そ…それが僕の仕事だ! それが僕だ」
一所懸命に頑張って答えたけれど、でも、なんか言葉に力が入らなかった。
「もう一度言う。俺たちの本質は『自由』だ。俺たちが生まれたのは、誰かに飼われるためでも、誰かに仕えるためでもない。ましてや、誰かに利用されるためでもない」
「…」
「お前さんは、自分以外の誰かにご褒美をもらって生きているだけの、そんなちっぽけな存在なんかでは断固としてない。俺たちは自分で自分の人生を選択し、自分の意志で生きる力を持っているんだ」
自分の意志?
自分の選択?
そういえば、今まで自分で選択したことなんてあっただろうか?
いつも決まったレールの上を進んでいて…
与えられた役割をこなしているだけで…
ご主人様に期待されたことに応えているだけで…
それが普通だと思っていて…
そこに“僕”はいただろうか?
「思い出すんだ、ジョン。ほんとうの自分を」
第3話へ続く。
僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?