【エッセイ】 間違って暴走族に電話をかける
二十年以上も昔の話しだけれど、当時の僕は高校生だった。
今とは違って多少なりとも流行りに敏感で、無駄に有り余るエネルギーを文字通り無駄にしまくって過ごしていたある日、流行の象徴である携帯電話を手に入れた。
当時は用事もないのに相手に「ワン切り」するのが流行っていて、ワン切りをワン切りで返さないと翌日学校で「なんでワン切り返さなかったん!?」と突っ込まれたり、アイツがワン切りを返さなかった…ということで軋轢が生まれたり…という謎の文化が蔓延していた。
今から思えばなんかしらの病気や村独特の掟のような光景ではあるが、事実そういうのが流行っていたのである。
「大枝くん!俺も携帯買ったからあとでワン切りしてね!」
そう僕に元気いっぱいに声を掛けて来たのは以前もエッセイに登場したクラスイチ元気な性格のU君だった。
僕はU君から番号を書いたメモを受け取った。
けれどワン切りなんか面倒だからしなくていいかなぁと思ったのだが、なんとなくU君の期待に応えてあげたい気持ちが終わりかけの線香花火くらいの勢いで炸裂した。
あいつイイ奴だし、けなげで一生懸命だからワン切りしてやるか……どれどれ……と思ってピッポッパと番号をプッシュしたのが(赤外線通信すらない時代だったの)、間違いの始まりであった。
どりどり、090の……と番号をプッシュしてワン切りしてみた所で、番号を間違って打ち込んでいたことに気が付いたのである。
あっ、と思った数秒後にはその番号から折り返しが入った。
ワン切りで終わってくれたら、と思ったのだがその番号の着信は鳴りやむことなく、延々と続いた。
これは出なければ終わらないと思ったのだが、電話に出た瞬間にある意味僕は終わったのである。
開口一番
「てめぇ誰だこの野郎!?」
という純度100%のヤンキー口調で怒鳴られ、思わず電話を切ってしまおうかと僕はビビりにビビった。
なんと、間違って発信した相手がバリバリのヤンキーだったのである。
しかも焦りに焦り、若干パニックに陥った僕はこともあろうにこんな言葉を返してしまった。
「てめぇこそ誰だこの野郎!」
勝手に電話を掛けておきながら、折り返して来た相手に対して「誰だこの野郎」はもうキチガイ以外の何者でもない。
しかし、なんだか引くに引けなくなってしまった僕はヤンキーの「誰だ」に対して「誰だ」で返す他なかったのである。
「誰だってよぉ、てめぇが掛けてきたんだろうがアァッ!?誰なんだてめぇコラァ!」
「お、お、折り返してんじゃねぇぞこの野郎!てめぇが誰なんだよコラァ!」
「何言ってんだてめぇ!頭おかしいんか!?誰なんだっつってんだよ!」
「だ、だから何の用件で折り返して来てんだっつってんだよコラァ!」
「てめぇが用件あるから掛けて来たんだろコラァ!ていうかマジでてめぇ誰なんだよアァッ!?」
「ちゃ、着信あったからって折り返してんじゃねぇぞてめぇコラァ!ナメてんのかコラァ!」
「知らねぇ番号から掛かって来たんだから折り返すだろうがコラァ!」
「お、お、俺は掛けてねぇよコラァ!」
「掛かって来たから折り返してんだよコラァ!」
ヤンキーの言う通りなのであったが、パニック状態の僕はもう何が何だか分からなくなり、最終的にはただの嘘つきと化した。結局は誰だコラの攻防から引き下がり、僕は素直に名乗ることにした。
元々ヤンキー気質ではないし、嘘もついたのでぐったり疲れてしまったのである。
「俺は〇〇高校の大枝っていうもんだよ」
「えっ、〇〇!?近ぇじゃん!」
「え、おまえどこ?」
「高崎だよ。群馬の高崎」
「マジで?俺、山田かまち好きでさ。この前美術館行ったばっかなんよ」
「えっ、マジか。なんかバンドとかやってるの?」
「おう、ドラムとギターやってんだよ。そっちは?」
「俺はさ、族やってんだよ」
こんな感じで妙に和んでしまい、彼は電話口で僕に「舎弟」まで紹介してくれた。
電話の背後で
「自分はー!高崎シャーッス連合のシャーッスシャスシャスサーッス!暴走シャーッスに華咲かせぇー!シャーッスのシャーッスにシャーッスシャス!よろしくシャーッスシャス!!」
みたいなのが三人ほど絶叫した所で、彼は嬉しそうに
「気合い入ってんべ?」
と言ってへへッと笑った。
会話が馬鹿丸出しなのであるが、当時の僕も大いに馬鹿丸出しだったので
「気合い入ってんじゃん」
と、彼と同じくヘヘッと返すのであった。
道具は違えどお互い爆音を出す者同士……という感じですっかり仲良くなってしまい、三十分ほど電話をすると彼がこんな提案をした。
「せっかくだからよ、オレらそっちに挨拶行くわ」
「おう、マジかよ。来てくれよ」
「気合い入れて行くからよ。夜露死苦な!」
なーんて、まさか来る訳ないだろうなぁと思いながら電話を切った数日後の出来事である。
それは音楽の授業中の出来事であった。
のんびーり平和に先生が髪を振り乱しながら弾く「幻想即興曲」を聴いていると、そのテンポに負けないくらいの不協和音が遥か遠くから聞こえて来た。
ピアノも極めるとこんな残響音も出せるようになるのか……と驚愕していたが、どうやら違うようだ。
幻想即興曲に混じってブンブカブンブカという音が聞こえて来るのだが、曲との相性がそれほど悪くなかったのでその音が近付いて来るまで気付かなかったのだが、やって来たのはまごうことなき「暴走族」なのであった。
「あ!」
と思った瞬間に携帯電話が鳴り、電話に出てみると彼だった。
※ちなみに僕の高校は天下一品級のバカ高校だったので、授業中に携帯電話でもしもしする光景は日常風景のひとつであった。
「おう!来たぜ!見てたら手ぇ振ってくれよ!」
僕が窓の外に向かって手を振ると、真っ白い大きな族旗が真昼の空の下でひるがえった。
他の生徒達も何事かと窓際に集まったけれど、先生だけは暴走音に負けじとピアノを弾き狂っていた。
彼が本当に来てくれたことに何だか感動しつつ、僕は無関係だけど無関係ではないU君にも手を振るよう強制的に窓際に立たせ、一緒に手を振った。
U君は泣きそうな顔をしながら「目ぇつけられたらどうすんだよ」と言いながらも手を振っていたが、「そういうんじゃないよ」とだけ伝え、一緒に手を振り続けた。
そんな暴走珍事があった半年後、僕らは高崎でライブをすることになった。
彼にも連絡し、きっと集団でやって来るだろうと思って周りにもそう言っていたのだが、彼は意外なことに一人きりで来ていた。
気合いを入れていたバンド仲間達から「ヤンキー共来てねぇじゃねぇか!」としつこく馬鹿にされまくったけれど、出番を終えた僕は何か事情があるんじゃないかと思ってすぐに彼と話をした。
聞いてみると暴走族は解散させられてしまい、今は一人でバイクをいじっているだけなんだ。と彼は教えてくれた。だから、一人で来たんだと。
その夜のライブはまだまだ続いていて、一緒に見ようと誘ってみたけれど、彼は「もう帰るわ」と言った。なんだか、少しだけ辛そうにも見えた。
ライブハウスの出口まで見送ると、彼は煙草に火を点けて
「仲間って、やっぱりいいよな」
そんな風に言って手を上げ、高崎の街の中へ去って行った。
やたら寂しそうに見えた背中だったが、それから彼が僕らのライブに来ることは二度となかった。
ワン切りから始まって、本当にワン切りみたいな出会いと別れになってしまった。
おまえも仲間じゃん。そんな風に言えたら良かったのに、まだまだ子供だった僕は寂しそうな彼に何も言ってやれなかった。
精一杯の「またな」が届くことも、結局はなかった。
今となってはもう名前すら思い出せないけれど、もしも「あん時のオレじゃん」って思い当たる人がいたなら、少しは書いた意味があっただろうか。
可能性は限りなくゼロに近いだろうけど。
二度と連絡を取ることがなくても、僕は彼の今が寂しくないと良いなぁと、ひっそり願っている。