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普通のこわい話し
今から十五年以上前の話だ。
その日もこんな寒い夜のことだった。
突然思い出したのでぽつぽつ書くけれど、普通にこわい話しなのでそのつもりで読んで頂けたら幸い。
あまり書いたことはないけれど、当時の僕は週末になると夜の峠へ車を飛ばしにいそいそと通っていた。
真っ暗な峠道をヘッドライトだけを頼りに突っ走ることに快感を得ていたのだ。
街灯すらないような山道をひたすら進んで行くのだけれど、不思議と恐怖心はなかった。
それは自分が霊感を持っておらず、心霊体験をしたことがなかったからその手の恐怖には遭遇しようがないと考えていたからだ。
それよりも恐ろしいのは突然崖を降りて来て眼前に飛び出す鹿だったり、ガードレールもない場所で木の葉に滑るタイヤだったり、そんな現実的な現象の方がよほど怖いと感じていた。
その晩は酷く凍えていて、地面の所々が凍結している酷い路面状態だった。
峠の入り口に在る橋で車を停めて、進もうかどうか迷ったが進むことにした。
峠を運転している時は文字通り命懸けで運転にのみ集中しているので、それが解けた瞬間や限界までアクセルを踏むことに脳が快感を覚えていたのだ。
パチンコ等もきっとこの類なのかも。
きつめのS字カーブを二つ過ぎると平坦な登り坂がしばらく続き、緩めの右カーブがやって来る。
コース取りを意識しながらハンドルを握っていると、対向車のヘッドライトがやって来るのが見えた。
走るのは大体深夜で、その晩も夜中の一時を回った頃だった。
そうなると、対向車は十中八九走り屋だった。
どんな車がやって来るのかと注視していると、緩いカーブから姿を現したのは軽自動車のミラだった。
それもフルノーマルの、エアロもサスダウンもしていない日常使いのミラだった。
国道よりも峠を越えた方が時間短縮になることも多く、ただ単に峠を走る車がやって来たのだろうと思った。
徐々に迫って来るミラはゆっくりとしたスピードでこちらに迫っていた。
センターラインとの感覚は十分で、事故る予感など全くないほど緩やかな運転だった。
そろそろすれ違うな。
そう思った矢先、あまりに異様な光景に僕は急ブレーキを踏みそうになった。
灯り一つない峠道ですれ違うミラ。
その前方の窓全面に、中年女性の顔がでかでかと浮かんでいたのだ。
窓全面を覆うほどの巨大な顔。タレ目がちの目はこちらを捉えており、大きな口元はニヤッと笑っていた。
あまりに一瞬の出来事だったので気のせいかとも思ったのだが、確実に巨大な顔がハッキリと見えたのだ。
ハザードを点けて路肩にしばらく停車していると、鬱蒼と茂った木の群れの一つに反射するものが目に映った。
ミラが通り過ぎて行った奥の木々。その一本に、真っ白な札が貼られていた。
その途端、誰もいない後部座席に気配を感じて急いでアクセルを踏んだ。
背中が人の指先で触れられているような、生々しくて悍ましい寒気が走った。
あれがなんだったのか分からない。
ただ一つ。あれだけ巨大な顔面の持ち主ならば、一体どうやって軽自動車のミラに乗り込んだのだろう?という疑問が浮かんで仕方がなかったということだ。
こんなこともあったりするが、ある有名なトンネルの前で風もないのに深夜お地蔵さんの前に並んでいる風車が回るのを目撃したこともある。
関東で走り屋めいたことをした体験がある人ならば一度は遭遇しているかもしれない。
ふと思い出したので、普通のこわい話しですが書いてみました。
ちなみに今も変わらず霊感はありません。
おしまい。
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