待てい! カフェ王
色々バタついてるお陰で近頃雑記が増えてしまった。
本日はエイプリルフール。
クソ寒い嘘をブチかますのが得意な芸能人をブログ、Twitterから探して晒す日である。
こんなクソ面白くもないイベントは好きではないが、小説書く人間からしてみたら「1年365日嘘を吐き続けている」ようなものなので、この際とことん嘘を吐いてやろうと思う限りである。
エッセイや雑記に関してはありのまま書く事が多いんだけど、過去記事をまとめていたら「カフェ王」という埋もれていた話があったので再校してお届けします。
削る寸前で「カフェ王」の待てい!という声が聞こえた気がしたのだ。幻聴である。
では、どうぞ!
これはそんなに昔々でもない、ネットカフェ黎明期のある日の僕が体験した「実話」である。
2006年、夜の池袋。
蒸した夜に籠った街の匂いは雑踏に掻き回され、無数の人々が都会を織り成す飾りと化す。
当時、埼玉の田舎に住んでいた僕は遠く離れた土地に住む音楽仲間達と居酒屋で音楽談議に花を咲かせつつ
「地元は埼玉だからさ、俺の終電の時間は気にしなくていいよ」
なんて大見栄を張り、目を白黒させながら時計をチラチラと眺めていた。僕の終電の時間は
午後十時半
だった。
「さすが埼玉だら!凄いだら!俺なんか終電十一時とか……早過ぎだらぁ……」
と肩を落とす静岡のパンクボーイを僕は
「神奈川またいで帰るのに十一時まで電車があるのか……すげぇ……静岡って都会だ……」
と、内心震える心を隠しつつ、宥めたりしていた。
会がお開きになり駅前で解散し、とっくに終電を逃した僕は
「まだ時間あるしなぁ……俺はダーツにでも行くよ」
と出来もしねぇダーツを言い訳にバリバリに格好つけて皆と別れ、狙いをつけていた家へ向かうコソ泥のように一目散に駅近くの雑居ビルにあるきったねぇ!!きったねぇ!!ネットカフェへと足を運んだ。
ダーツへ行くなんて言った手前、皆にこんな姿を見られた日にはその場で脱糞して泣き出し、明治通りへ飛び出した挙句ユニック車に轢かれ「私のお墓の前で頼むから泣かないで下さい」とお願いするハメになるだろう。
しかし終電の早い僕は都会へ行く際、事前のチェックはぬかりなく行っている。無論、後をつけられないルートも下調べ済みなのだ。つまり、僕はアスの穴が極めて小さい男なのである。
後ろに誰もいないのを確かめた僕はビルの階段を駆け上がった。手押しのドアを開けるとカランカランと鈴が鳴り、煙草の匂いが鼻を掠める。ヤニで黄ばんだ壁に貼られたポスターに書かれた
「☆ハッピーパック☆ナイト限定・12H1480円!」
という文字を限界の横目で盗み見て、やる気というやる気を全て家のゲーム機の前に置いてきたような痩身の男の店員に「ナイトで」と告げる。
夜中に入るネットカフェにハッピーな者など誰一人もいないだろうに、なんて皮肉なパック名なんだと思ったり思わなかったりしていると店員が伝票を私に差し出し、こう言った。
「スタースタッフの方でしたら先に来てますから。20から40番です」
「はい?」
「あ、違うなら良いんですけど。ごゆっくりどうぞ」
僕は店員の言った意味が分からず、酒で渇いた身体を潤す為に異常に狭くて汚くて臭い1S2Kな店内をドリンクバー目指してウロウロと進み、やたら薄暗くて臭い曲がり角を棚に並んだ「ミナミの帝王」を横目にしつつ進んでいった。
そして、僕は件の衝撃の光景と出くわした。
「はい!並んで下さぁい!あれ、君も?」
ドリンクバーの前に立つ男、そしてその前に所狭しと並ぶ十人余の男達。その目が一斉に僕を振り向いた。死んでる魚が生き返ってまた死んだような眼とでも言おうか、とにかく精気のないその男達の眼に僕は肝をつめた~く冷やした。
ドリンクバーの前に立つリーダー格らしき白いタンクトップのコマンドー頭の男が僕を手招きしている。
カフェ王があらわれた!!
そう感じながら「したがう」を選択した僕は状況が全く掴めないまま集団の後方に立った。すると、Gジャン姿で髪がボサボサのウシジマ君にけつの毛までしっかり毟り取られたような風貌の男に声を掛けられた。
「キミもB棟希望でしょ?……正直羨ましいよな、同じ時給なのにあっちは座り仕事らしいし。小田島さんに気に入られないと入れないってんだから……速いなぁって思ってたけどさぁ、C棟はコンベアの速度が1.5倍なんだって。もう、やってられないよな……」
「はぁ?」
「はーい!そこぉ!迷惑になるのでおしゃべり禁止です!」
と、コマンドーが深夜の店内で一番デカイ声で注意すると、僕はこの謎集団に勝手に「仲間である」と認識された事になんとなく、フワッと、緩やかに、おぼろげに気が付いた。どうやらネットカフェのイベントとかではなく、こいつらはガチの何かしらの集団のようだった。
「皆さん、本日もC棟勤務お疲れ様でした!えー、明日は6時起床の、7時に西口でピックアップとなります。僕と川口、井田はB棟、それ以外の皆さんはC棟になります。では、並んで下さい」
何の話をしているんだ、こいつらは?と思っていると皆がコマンドーの前に列を作った。「おつかれさーん」とか言いながら、コマンドーが彼らに茶封筒を渡し、A4用紙にサインをもらっている……渡しているのは現金のようだ。という事は……
嗚呼!!
こいつら!!派遣スタッフか!!!!!!!
「やっぱスーパーカップっしょ」
「いやいや、オイラでかまる味噌一本だから」
と、ひろゆき以外で初めてお目にする一人称が「オイラ」な男達が私の脇を通り過ぎて行く。僕はなんだか全身の力が抜けたままコマンドーの前に立った。
「あれ、封筒ないな……君、スタッフナンバーは?」
「君、じゃなくて。ドリンクバー取りに来た客なんだけど」
「ん?」
「は?」
「ん?うん、うん」
「え?」
「うん、そういうもんだな。うん」
「は?あの、どいてもらえます?」
「うん?もう、ほら。あの、うん。空いてるよな、うん」
コマンドーは笑顔のまま腕組みをしながら、そーっと静かにドリンクバーの前から退いたのだ。そして、僕がドリンクを注いでいるのをまるで我が子のボール遊びでも眺めているような、大きくブ厚い何だか愛めいたものを帯びた顔で見つめていた。
とんでもない瞬間に巻き込まれたな、と思っていたがこのコマンドー、人様を巻き込んでいるのにも関わらず一切謝罪する様子を見せない。
すると、点々と残ったカウカウファイナンスの債務者リストに載っていそうな連中が僕とコマンドーのやり取りをひっそりと、けれど、にぎにぎと眺めているではないか。
そうか、これはコマンドーの派遣リーダーとしての
PRIDE
なのか。派遣会社から
「はい!コマンドー君、今日もお疲れ様!これ、皆の分の日払いね!渡してサインもらってね!失くしたら全額払ってもらうからね!よろしくね!」
とか言われ頼まれている「自負心」があるから、皆の前では一歩も引けないのだろう。
なんてったって、指先一つで人様をC棟勤務に出来てしまう大物なのだから。
僕は何だか気味が悪くなったので何も言わずにそそくさと個室へと向かった。
朝起きると店内に彼らの姿、その形跡すらなく、まるで狐に抓まれた気分になった。
あれからもう既に十数年の時が経つ。あんな光景に出会ったのは一度きりだったのだが、もうこの日本であんな光景を目にすることはないだろう。
名前を出した派遣会社は仮名だが、あの日、あの時、あの場所に居たという人がいらっしゃったら連絡お待ちしてます。
ラブストーリーは始まらないけど一緒に小田和正でも歌いましょう。
おしまい
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