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【小説】 エンドレス・ゴング 【ショートショート】

「大竹この野郎、見てるか? おまえの墓場、作っといてやったから喜べや! 場所は誰も来ない群馬の山奥だ。ネクストマッチはおまえの墓場の前で、バックドロップ決めてやるよ。おまえの墓におまえの脳みそブチまけてやるからよぉ!」

 角刈り髭マッチョのデス・中里がそう叫ぶと、翌週には試合を終えた金髪ロン毛マッチョのヘルダガー大竹が記者のマイクを奪い、応戦する。

「中里、てめえクソ汚い髭まだ剃ってねぇのかよ! 俺の墓作っただぁ? テメェの墓にしてやるよ! 線香持って詫びに来いや。そのまま生き埋めにして線香あげてやっからよぉ!」

 西のプロレス団体「オーク・ジャパン」のメイン選手、デス中里。
 東のプロレス団体「ケルベロス・ハウス」のメイン選手、ヘルダガー大竹。

 二人の闘いは十年の長き月日に渡り、勝敗はずっと五分五分のまま、両者のファンを常に波乱に巻き込んで来た。
 それもそのはず。二人は会えばリングだろうがキャバレーだろうが道端だろうが、おかまいなしで罵り合い、そしてファイトしてしまうのだ。
 もちろん、カメラがあるのが前提だ。

 試合の一週間前。カメラの無い場所で二人は団体関係者と共に入念な打ち合わせを行っていた。

「で、大竹が俺の首を絞める展開で。その後、俺が切り返してうちの軍団がリングに上がって大竹をタコ殴りにするっつー展開でどうよ?」
「いやいや、中里さん、甘い。どうせなら軍団に俺がボコされた後、凶器、そうだな……ナイフかハサミで俺の髪の毛切っちゃって下さいよ。それでまた、ひと暴れしますから」
「おお、大竹ちゃんノリノリじゃないの。いいねぇ! 本当に群馬に墓買ってやっちゃおっかなぁ!」
「いやー、せめて埼玉くらいで勘弁してもらえないっすかねぇ?」

 二人は声を揃えて「わーはっはっは!」と豪快に笑う。

 通っている整体、サウナ、居酒屋が二人は同じだった。そればかりか、互いの嫁の職場も同じで、住んでいるマンションは棟が異なるだけで同じ敷地内なのだ。つまり、実のところ二人は昔から大の仲良しなのだ。

 しかし、共通の思いはただ一つ。二つの団体を通して底冷えの厳しいプロレス業界を盛り上げ、ファンを満足させ続けたいという思いだった。

 ある日、二人は馴染みのスーパーの入り口でバッタリ会った。
 互いにビニール袋をぶら下げ、Tシャツに短パンというラフな出で立ちだった。
 金髪を一つに結んだ大竹が嬉しそうに笑った。

「中里さん! おっす!」
「おぉ! 大竹ちゃん、ガキの使いか?」
「嫁の使いっすよぉ! 今夜はカレーっす」
「ははは! うちもだぜぇ? マジかよぉ!」

 二人で仲良くビニール袋の中身を見せ合っていると、中里がある異変に気付いた。これは非常にまずい。
 声を潜めて早口になり、大竹に告げた。

「駐車場の方向、月刊ファイヤーキング」

 大竹が横目で駐車場を見やると、そこには望遠レンズを向けている記者の姿があった。
 その途端、頭を切り替えた大竹が叫んだ。

「中里てめぇこの野郎! ストーカーかてめぇこの野郎! なんでもかんでもうちの猿真似ばっかしやがってこの野郎!」

 中里もすぐに応戦する。

「うるせぇこの野郎! カレーみてぇな頭しやがってこの野郎! のぼせて死んでろこの野郎!」
「なんだとてめぇ!」
「やんのかコラァ!」

 具材がパンパンに入ったビニール袋で叩き合う二人。空を飛ぶジャガイモ、玉ねぎ、そして人参。ヘッドロックを掛け、生肉を互いの口の中に詰め込んでいると、興奮気味の記者が傍に立ってシャッターを切り続けた。
 
『白昼堂々の死闘! 「スーパーやおまるマッチ」 二人の仲は最早修復不可能!』

 こんな見出しが雑誌のトップに躍り出て、スーパーの入り口で殴り合う二人の写真は大いにファンを沸かせた。
 スーパーから帰って来た二人は嫁に頭を下げつつ、新たに購入し直した具材でカレーを作った。

 ファンを賑わせ続けていたある日。大竹の父が病に倒れた。
 幸い命に別状は無かったのだが肺をやられてしまった為、大工職人の仕事をそれ以上続けるのが難しいとの事だった。
 大竹は悩んだ。年齢的にも、親の跡目を継げる最後のチャンスとなる。
 一家は代々大工を生業にして来たのだ。プロレス入りを許してくれた父も、いつかは家業を継いでくれるだろうと息子に想いを寄せている事も感じていた。
 大竹はリングを降り、引退する事を決めた。
 居酒屋のカウンターで、中里は鼻水を垂らし、子供のように泣きじゃくった。

「大竹ちゃんのいないリングなんかよ、泡のないビールみてぇなもんじゃねぇかよ……!」
「それでもビールはビールっすよ。うまいっす……中里さん、本当、世話んなりました」
「うるせぇやい! 湿っぽい事なんか言わないでくれよ! おーうおうおう!」

 そう言って中里が大声を上げて鳴くと、カウンターがビリビリと振動した。その振動を肘で感じながら、大竹もまた、涙ぐんでいた。

 そして、いよいよ最後の日がやって来た。
 
 ヘルダガー大竹のラストリングは「地獄送り」というイベント名が付けられ、チケットは即完売。最後の勇姿を見届けようと、会場の外でもファン達が熱気を上げていた。
 最後の打ち合わせで、中里は大竹の肩を叩いてこう言った。

「最後はよ、キャメルクラッチでキメてくれや。俺を仕留めて、笑顔で新しい世界に行ってくれ」
「中里さん……」
「おまえは俺の中の伝説として、これからも生き続けるんだからよ」

 大竹は涙を浮かべ、中里が花を持たそうとしていることに深く頭を下げた。
 十年間の思い出を振り返りながら、大竹は眩いライトと喝采の中、リングへと足を運んで行く。
 リングの上に立つ中里が早くも挑発を始めている。

「大竹ぇ! 引退したら自殺して地獄に帰るんだろぉ!? だったら、今日ここで! てめぇをキッチリ殺してやっからよぉ!」

 大竹の血がふつふつと、沸き上がる。リングに上がると自然に頭に血が昇り、マイクを握る。

「てめぇの糞ダセェ髭もこれで見納めかと思うとよぉ、清々するぜ。なんでだか知っているかぁ? 俺が引退するからじゃねぇ! 今日ここで、てめぇは死ぬからだ!」

 マイクをぶん投げ、ゴングも待たずに殴り合い始める二人。双方の軍団員もリングに上がり、大勢の大男達が所狭しと乱闘を始めた。頭の上で粉々になる蛍光灯。ぶちまけられる緑の毒霧。ひしゃげるパイプ椅子。血も汗も一緒くたになって、男達は戦い続ける。
 レフェリーが軍団達を下げさせ、いよいよ二人だけの闘いが始まった。
 中里のラリアットで吹っ飛んだ大竹が起き上がる。ゆっくり起き上がりながらセコンドから一斗缶を受け取ると、襲い掛かる中里に一斗缶の中身をぶっ掛けた。
 
「うおっ、うおー!」
 
 目頭を押さえながら転げまわる中里。その横っ腹目掛けてエルボードロップを入れる大竹。
 大竹は立ち上がって叫ぶ。

「そいつはヘルダガー特製、地獄汁だぁ! 中身はハバネロの濃縮エキスだ! ざまぁみろ!」

 セコンドが中里の顔面に大量の水を掛け、血と水を流しながら中里は立ち上がった。

「ぶっ殺してやっから掛かってこいやぁ!」

 ここまでは無事、打ち合わせ通りだった。
 互いの胸に張り手を打つ。一発、一発、叩くたびに会場から「うおー!」と声が上がる。
 互いに五発打った所で、中里がロープまで下がりエルボーを食らわせる。
 倒れた大竹をフォールし、レフェリーがカウントを始めた。
 
「ワン、ツー!」

 ここで大竹が切り返し、次はジャイアントスウィングで投げられる展開だった。
 すると、締め上げられた大竹が、中里の耳元で小さく呟いた。

「ありがとう」

 思わず中里が力を緩めた瞬間、レフェリーが叫んだ。

「スリィー!」

 鳴らされるゴング。割れんばかりに沸き上がる歓声。大量のフラッシュ。
 ライトのせいなのか、意識がおかしくなったのか、中里の視界が徐々に白く染まって行く。

「勝者ー! デースー中里ー!」

 持ち上げられている腕の感覚だけはある。しかし、何が起こったのか分からないでいると、リングから降りて行こうとする大竹の姿だけが、真っ白の光の中でぼんやりと浮かび上がって来た。

 待ってくれ。まだ、行かないでくれ。おまえと、まだプロレスがしたいんだ。
 おまえが負けた? この俺に負けただと? 冗談はよしてくれ。
 このプロレスが、おまえの最後のプロレスだって? 
 
 徐々に視界が晴れて行く。ロープを持ち上げ、リングを去ろうとしている大竹の背中が見える。中里が叫ぶ。

「負けたまま逃げんじゃねぇぞ、この野郎!」

 走り出し、その背中目掛けて中里が渾身のドロップキックを放つ。
 場外に吹っ飛んで行く大竹。止めに入るレフェリーをぶん殴り、場外へ降りてリングアナウンサーのマイクを奪う。

「てめぇら勝手に終わらせてんじゃねぇ! 大竹ぇ、きっちり殺してやるから掛かって来いやぁ!」

 場外で中里を取り囲み始めるヘルダガー軍団。思わず仰け反るリングサイドの客達。退いた客からパイプ椅子を奪い、ヘルダガー軍団を殴りつける中里。
 すると、場内に大竹の怒号が響き渡った。

「痛ぇじゃねぇかこの野郎! 上がれこの野郎!」
「上等だタコこらぁ!」

 再び鳴らされたゴング。そしてレフェリーの制止を振り切ってリングに上がる双方の軍団達。ゴングは鳴り止まない。それが始まりのゴングなのか、終わりのゴングなのか、最早、誰にも分からない。
 リングに上がった中里と大竹は、本気で殴り合う。互いの痛みを手土産にさせるように、今までにないほど、本気で殴り合う。怒号にまみれた男達、そして観客。鳴り響き続けるゴングを聞きながら、そんな中でたった二人だけ、泣いている者がいた。泣きながら、それでも戦い続けていた。

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