大門のガーファンクルにコンドルは飛んでゆく
水曜、予定のない午後3時、
普段なら、あまり降りない駅、
大門に降り立った、
コンドルが舞い降りるように。
まだ世間の退社時間には早いから、
この時間から開いてる店を探す。
ぐるりと360度、山の上から、
獲物を探すコンドルのように。
店先から上がる煙に、
コンドルは狙いを定めた。
焼き鳥で有名な秋田屋である。
昔から、その存在は知ってはいたが、
これまでチャンスがなかった。
「仕留めるなら、今だ!」
コンドルは翼をたたみ、
秋田屋の暖簾をくぐった。
※
まず、中央の席に通されると、
生ビールを頼む。
運ばれてきたジョッキを片手に、
メニューを一通り眺め、
焼き鳥を3本と、
煮込みを注文する。
肉にかけるタレは?を聞かれると、
明日にかける橋は?と聞き間違える。
もう、酔っているのか。
どうしたんだ、コンドル。
いよいよ、ヤキが入ったのか?
ビールを飲みながら、
落ち着けと、自分に言い聞かせる。
サウンド・オブ・サイレンスだ。
すると、
ひとりの初老の男性客が入ってきて、
わたしのテーブルから通路を挟んだ、
向かいのカウンターに座った。
その風情はスマートで、
手際よく上着を畳むと右隣の椅子に、
そして、椅子に座るというか……、
一体化する。
通いなれているのだろう、
どこまでがカウンターで、
どこからが初老の男性か分からなくなる、
同化感がハンパない。
昔、忍者漫画サスケで見た、
樹と一体化する忍術
「隠れ身の術」のようだ。
うっつ、この人はデキる、
まるで……、ガーファンクル。
わたしは、ガーファンクルの風情に感心して、
手元がおろそかだったのかも知れない。
運ばれていた焼き鳥を、
珍しく、串から離そうと箸をかけると、
焼き鳥が一切れ、
勢いよく串を離れ、
通路を超え、
飛び立った。
明日にかける橋のような放物線で。
あっつ、焼き鳥が……飛んで行く……。
そして焼き鳥は、
ガーファンクルの上着に着地した。
「ご、こめんなさい!」
わたしは慌てて、
ナプキンで拭き取りながら謝ると、
ガーファンクルは振り返りざまに、
「ああ、大丈夫」と気にかけない。
サウンド・オブ・サイレンスだ。
たしかに汚れは落ちたけれど、
申し訳ない気落ちが落ちない。
「クリーニング代です」と差し出すも、
「ああ、大丈夫」と受け取らない。
またもや、
サウンド・オブ・サイレンスだ。
ガーファンクルのカウンターは、
料理の配置も違う。
焼き鳥の串は、
扇子の柄のように並べられ、
皿に寄り添う割り箸は、
ドラムスティックのようだ。
右斜め前方には、
いつ注がれてもいい体制で、
瓶ビールが厳かに建つ。
ちょっと肘を伸ばせば持ち上げられる、
完璧なセッティングだ。
左手には、
スマホなんてあろうはずがない、
夕刊フジだ。
そして、スッとして姿勢が良く、
ステージから観客席を冷静に把握する視線。
これは、
大門の増上寺で観た「薪能」のようでもあり、
カウンターは、
1981年、NYセントラルパークでの、
サイモンとガーファンクルの、
野外ステージの佇まいだ。
秋田屋が冬でも扉を全開し、
ほぼ屋外ステージ状態であることも、
野外ステージ感をいっそう際立たせている。
あの、サイモンとガーファンクルも、
この、大門のガーファンクルも、
ここ、秋田屋も、
すでに何かを、
卒業
している。
※
わたしは、ガーファンクルの背中に、
再度、心の中で謝り店を出た。
わたしが観たものは何だったのだろう?
どこかに答えがあるのではないかと、
店を出てから振り返えると、
夜霧が、大門のガーファンクルを包んでいた。
いや、焼き鳥の煙が店を包んでいた。
そのとき、
コンドルは飛んで行った。
あんな
大人になりたいなぁ……と。
では、
サイモンとガーファンクルの名曲
「コンドルは飛んで行く」をどうぞ…。