第54号『丸山モリブデンでエンジンが壊れる?? ~ネット上の誤解を徹底検証~』
2019年10月17日配信(発行部数 614部)
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こんにちは。
車の修理屋たけしくんです。
今回は第54号
『丸山モリブデンでエンジンが壊れる?? ~ネット上の誤解を徹底検証~』
です。
『丸山モリブデンを添加するとエンジンを壊すことがあると聞いたのですが、本当ですか?』
とびっくりする質問が寄せられ、慌ててWeb上で噂になっている事の真相を調べました。
結論から申し上げますと「問題ありません」。
噂の発端は、以下の学術論文かと思います。
Mo-DTC含有オイル中におけるDLC固有の摩耗メカニズム”杉本一等, 日本機械学会論文集(A編)78 巻 786 号 (2012-2)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kikaia/78/786/78_786_213/_pdf
あなたは、DLCをご存じでしょうか。
ダイヤモンドライクカーボン(Diamond-Like Carbon)の略で、ダイヤモンドのように硬く、黒鉛(グラファイト)のような潤滑性を併せ持つ耐摩耗性に優れた固体潤滑剤です。
僕が初めて知ったのはスピーカーの振動板に採用された30年ほど前でしょうか。
ここ20年ほど各所で様々な研究が行われ、自動車エンジン部品への応用の期待から適用例も出てきています。
最近の量産車への適用代表例は、スズキの軽自動車R06Aエンジンのピストンリングです。アイドリングストップ&スタート車のエンジン摺動部の潤滑性向上が主な目的だと思います。
さて、この論文では、有機モリブデン添加オイル中で、同無添加オイル中と比較して、40~64倍のDLC摩耗量が確認できたと結論しています。
これだけを見ると、「モリブデンが40~64倍もエンジン部品を摩耗させている!」
と衝撃を受けるのも無理ありません。しかし、よく内容を読むと、2つの大きなポイントがあることがわかります。
(1)丸山モリブデンの主成分は二硫化モリブデン(MoS2)で、論文中の有機モリブデン(Mo-DTC)ではない。
(2)一口にDLCといっても種類は非常に多様。大きな違いとして水素含有の有無があり、同論文で評価したのは、水素含有DLCの一つ。
では(1)から説明します。
モリブデンという同じ元素名がつく物質なので紛らわしいのですが、この論文は、化学反応型の有機モリブデン(Mo-DTC)についての研究結果です。
丸山モリブデンの主成分は天然鉱石から精製される黒色の二硫化モリブデン(MoS2)の微粉末です。オイルには溶けませんし、混ぜるとオイルは黒くなります。丸山モリブデンはオイルと5倍以上もある比重差の二硫化モリブデン(MoS2)を長期分散安定する技術を確立し、沈殿や凝集の従来問題を解決した他に類を見ない添加剤です。
二硫化モリブデン(MoS2)は硬度がとても低く(モース硬度区分1)、
エンジン部品を傷つけるとは考えにくく、またその特殊な結晶構造ゆえ、金属摺動部では層間へき開(スライド)が起こり、高い潤滑性を示します。化学的にも非常に安定した物質です。
一方、省燃費エンジンオイルに添加されていることが多い有機モリブデン(Mo-DTC)は、化学合成されたモリブデンです。
効果と価格がバランスした透明の添加剤で、分散技術は特に必要なくてオイルに溶けます。
そして、ここが重要なのですが、有機モリブデン(Mo-DTC)が摩擦調整剤として機能するのは、化学反応が起こった後で、反応前は何も起こりません。
例えば、ピストンリングがシリンダーを摺動する場所など、局所的に高温・高圧になる部分で、有機モリブデン(Mo-DTC)は、丸山モリブデンの主成分と同じ二硫化モリブデン(MoS2)主体の反応膜を生成し、焼き付きを防止すると言われています(難しい言葉でトライボケミカル反応といいます)。省燃費エンジンオイルのようなサラサラのオイルにとって過酷な状況に対応するため添加されている薬なのです。
そして、トライボケミカル反応の際、二硫化モリブデン(MoS2)の他、
モリブデンの酸化物(MoO3)、さらにDLC介在の場合はモリブデンの炭化物(Mo2C)も同時に生成するといわれています。
それらがDLC膜の摩耗に影響する可能性を示唆するこれまでの研究を、こちらの論文ではさらに実験により検証しています。
次に(2)のDLCの種類について。
中学の理科で習ったように、同じ炭素でも結晶構造の違いで、ダイヤモンドと黒鉛(グラファイト)のように、全く性質の異なるものが存在します。
DLCも炭素でできた物質です。
ダイヤモンドと黒鉛の結晶構造が複雑に絡み合ったアモルファス構造で、ダイヤモンド寄りのものから黒鉛寄りのものまで様々です。水素の含有の有無と含有量、さらに、原料にケイ素、ニッケル、クロム、タングステンを含ませ、それらを調整することで、さらに物性バリエーション広げるられることが知られています。
この論文では、ある一条件で作成された水素含有DLCについてのみ検証しています。
尚、スズキのR06Aエンジンに採用されているのは水素フリー(無し)のDLCだそうです。
機能的に期待の高まるDLCを自動車エンジンに応用するに際し、DLC膜そのものの開発に加え、エンジンオイル中での振る舞いを観察・検証することは非常に重要な課題です。
僕は、これを機会にいろいろ文献を読みましたが、有機モリブデン(Mo-DTC)のDLCに対する攻撃性は確認されていて対策が求められていますが、そのメカニズムについては、まだまだ合意が得られていないという段階のようです。
DLC水素含有の有無は無関係とする説、モリブデンの酸化物(MoO3)がDLCをグラファイト化促進させて摩耗する説、高硬度のモリブデンの炭化物(Mo2C)がアブレシブ摩耗(摺動面に異物介在することによるザラツキ摩耗)を起こす説、摺動部の高温化によるDLCそのものがグラファイト化して摩耗する説など、様々な結論でした。
単に水素フリーDLCだから大丈夫ということではないのです。
現に以前日産のV型エンジンのバルブリフターに水素フリーDLCが採用されたときは、専用エンジンオイルがありました。有機モリブデン以外の摩擦調整剤(FM剤)が使われているといわれています。
以上、省燃費、高効率化のため、その一つの手法であるDLCコーティングの研究開発の現状を僕なりに調べました。
議論されている有機モリブデンとそのDLC膜への影響は、従来の油膜が十分に厚いエンジンオイルを使用している場合は、ほとんど関係のないお話です。
また、以前からエンジン部品その他にワンオフDLCコーティングするようなお話を聞くことがありますが、これだけバリエーションが豊富なDLCを、愛車の大切な部品で一条件を試みるには冒険が過ぎるような印象を持ちました。
長く一緒に過ごす愛車には、ほんの少しの高効率・省燃費より、余裕のある処置を施したいものです。
《第54号「丸山モリブデンでエンジンが壊れる?? ~ネット上の誤解を徹底検証~」おわり》
それでは、次号をお楽しみに。最後までお読み頂きありがとうございました。
◆たけしくんコメント◆
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