「風と雲 〜清宗異聞〜(十一)」

(十一) 候風島

舷側へと寄せる波の音が響く他は、時折鳴く海鳥の声だけが聞こえている。三月になり、衛山島の湊を吹く風は春の匂いがする。清宗は「王虎」の艦上にあって、舳先に座り、湊を眺めている。
清宗は蓮香の葬儀とその後に起こった事を思い返していた。弥太郎はあの後病床にあり、明州の店に居る。香児が面倒を見ている。山吹は朱との婚礼をつつましく挙げたが、島へ残った。清宗の護衛のつもりだ。いつまた襲撃があるかわからない。だが本心では、清宗が不幸な目に会ったのに自分だけ幸せになる事がどうしてもできなかったのだ。清宗は息を吐き、海を眺めた。東の空から白い月が上がってくる。太陽はまだ西の空を染めている。海運の安全はひと昔前までは考えられないほどだ。外海はさておき、山東半島から明州に至る沿岸航路での海寇による襲撃は劇的に減っていた。未だに襲撃が減らないのは、耽羅島付近と五島列島から奄美に至る海域だ。
「清宗殿。」
山吹が夕食に清宗を呼びに来た。清宗は立ち上がり、櫓へよじ上る。
「今日は教能殿が、腕によりをかけて用意してくれてます。」
「それは楽しみだ。」
二人は舷側から縄梯子を降りた。

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