「猫魚之詩」
Cat fish song
「なまずの歌」
階段を降りてみると
そこは広い畑だった
青い穂が風にそよぎ
赤い雲が蠢きまわっている
茶色のロバが狂ったように駆け
村人に急を告げる
黄色いトウモロコシは
髪を振り乱して金切り声をあげた
僕は恐ろしかったけれど
知らぬふりをして畑を突っ切った
ザクザク ザクザク
多くの穂が倒れ
悲しげな恨み声をあげた
僕だって悲しかった
でも知らぬふりが流行りなのだ
さらに大げさに手を振り回し
ブンブン ブンブン
こんどはかぼちゃを踏みつけだ
人参もジャガイモもタマネギも
みんな踏みつけて
僕はまるで王様のように
でも心は怯えたネズミみたいになって
ズンズン ズンズン
やがて行く手に森があらわれた
かまうものか
怖くなんかあるものか
僕が一番偉いのだ
まるでみんなが後ろから見ているような
気になって仕方がないから
もう引き返すことはできなかった
でも本当は帰りたかったんだ
笑って許してもらえるなら
僕は喜んで王様のマントを投げ捨てたろう
でももう遅かった
森の中へ 暗い木々の精の住処へ
グングン グングン
吸い込まれていくみたいに
僕はもうベソをかきながら
草の露を払い 虫を叩きながら
やたらと木の枝を折りながら
もう許されはしないのだと知りながら
やがて池についた
黄緑に染まった底のない池だ
鳥たちがいつの間にか集まって
コソコソ コソコソ笑い声をあげる
僕を笑っているんだな
カッとして振り返ったら
足が滑って池の中へ
ズブズブ ズブズブ
もう助からない
助けちゃもらえない
だって僕はみんなを
踏みつけたんだから
ブクブク ブクブク
ああお魚さん
僕はまだあなたを
踏みつけてはいない
どうか仲間にしてください
ー 魚の神様は
少年をなまずにして
池の中に住まわせた ー
「森」
女を呼べ
火をかけろ
黒い館は
燃やしてしまえ
青のカーテンが
かがやくように
パッと
燃え尽きた
黒々とした森へと
人々は
たいまつの炎で
たがいをけしかけながら
焼け跡をかけめぐる
女だ
女がやってくる
風一つない
闇の中から
木の葉のように
ひらひらと
白い紙が
あれだ
あれを見ろ
ただの紙だぜ
火をかけろ
女はたちまち
燃え上り
一声叫んで
昇っていく
女は
女はどこだ
「秋夜想曲」
城下の恋は 夏に終わり
友と交わす 月下の酒
たちまちに 酒は尽き
酔いは 足下に巡る
冷たき石に 臥して
空を眺めれば 秋風一奏
月は曇り 友は眠る
「青空」
もしも 神様がいたとしたら
もしも あの空から
見守って くれているとしたら
愚かな 僕のことを
どう思っているだろう
僕の嘘を
僕の偽りを
どう思っているだろう
空は美しく
雲は光り
神さまは黙って
僕を眺めている
「狂い三月うさぎ歌」
狂ったように
叫びたいと思ったら
要はこっそり
やることです
もしも他人に見られたら
何もかんもが破れてしまう
人に会わない遠くへと
川を上って 谷を越え
要はゆっくり急がずに
山の奥へとそろりそろり
ここかな いやいや もっともっと
やがて出でたる池の縁
水を飲もうとかがんだら
大汗かいた うさぎが一羽
水の底へと沈み行く
叫ぶにも 水の中では
どうにもならぬ
もがくにも うさぎの腕では
どうにも不便
ひたすらブクブク水を飲み
これではまるでシャボン玉
いつかははじけて
ー 死ぬのかな ー
いつかは終わって
ー その先は ー
狂うことさえ 出来ぬなら
叫ぶことさえ 出来ぬなら
なんで生まれてきたんだろう
水の中で叫び続けるうさぎの声は
池の魚が聞くばかり
池の上にはさやけき風が吹き渡り
岸のタンポポは
悲しげにじっと黙っておりました
「告白」
さっきも言いましたけれども
よくわからないというのが
実状なわけで
僕としては
よく考えてみなくちゃいけないと
思っているわけで
そこのところを
よくわかってくれないと
とても辛いんですけれども
やっぱり自分でもわからんのだから
人にわかると期待はできず
そうして ぼんやり
日を送るという次第なのですね
そんなわけで
もう私には何もないわけでして
申し訳なぞないけれど
(いやいや申し訳なぞするまい)
さてそれではと思い切って
ええ 何度も何度も
駄目なのです
まるで駄目なのです
だって何にもないんですもの
私は何でもないんですもの
結局のところ
それではどうするかという
大変に重大かつ切実な問題が
残るわけですが
はてどうしたものやら
僕はまるで知らぬ間に
空を飛んでいた人のようで
鳥でもないので巣は作れず
歩くこともできず
ああ 鳴くことすらできず
大地を見下して飛び続けて
一体どこにも行くあてはなく
降りることもできず
どうして私は飛んでいるのでしょうと
お月さまに悲しく問うのですけれど
お月さまにも答えようのあるべきはなく
さてかような事態となりましたらば
さてもさっても仕方なく候へば
やがて落つるは必定と
ただただ心を沈め
(ああなんて美しひ月夜なのでせうか)
いつかは誰もが死ぬのだからと
言いきかせ
(お月さま 僕は馬鹿なんですねえ)
「砂の城」
まるで 砂の城を 登っている ようだ
登っても 登っても 崩れていく
お城は もう 形も とどめては いない
登る 意味も よく わからない
なぜ 僕は 登らねば ならない のか
誰も 教えては くれない
そして たぶん この先も わからない ままだ
それでも 僕は
登り 続ける
その上の 風景が 見たいんだ
きっと
そう 思った
見て どうなると いうの だろう
それは 見てから 考えよう
砂は重く 足元から 崩れていく
いつか どこかに
たどり 着けるの だろうか
「君の名を」
日になんど あなたの名前を口ずさむことだろう
誰にも聞こえぬように
人混みの中で
風にまぎれるように
そっとわたしは あなたの名前をよぶ
風に乗ったことばは 空へ消えていく
だから それでも また
わたしは あなたの名前をそっとささやく