漕日#5|期待通りにいくとでも?
10月20日、午後2時過ぎ。止んでた雨が再び降り出す。北風も強くなってきた。小便にも行きたい。カヤックの狭いコックピットの中で、ソワソワしながら一旦上陸。転覆時に水の侵入を防ぐドライスーツには、股間の部分に防水チャックがある。その先にはパンツのチャックがあり、最後に下着という順番で、幾多の難関が待ち構えている。脳は接岸した時点で「よし、放出だ!」とスイッチが入ってるから、小躍りするかのごとく体を揺らして我慢しながら、チャックを開け開け、なんとかパンツを汚さず用を足した。すみませんね、冒頭からこんな話で。
風と雨で体が冷える。晴天だった昨日とは大違い。降りしきる雨に気を落としつつ、その浮き沈みこそが自然の中にいることの証でもあって、最高の気分だった。サーモンの養殖いけすは3年前から増えた気もするが、そんなことはもう関係ない。とにかく最高なんだ(もちろん、いけすが無いなら無いでもっと最高だけど)。
雨で視界が悪くなってきた。そして一向に良い浜がない。満潮になったら沈んでしまいそうな、心もとない浜ばかりだし、沈まないような場所には漂着物がごった返していて、テン場には適さない。海岸線をジロジロ見ながらパドリング。対岸はいつものごとく森が水際まで迫っていて、話にならない。しばらく漕いで、大陸から流れ込む川の河口を探ると、森の奥にビニール小屋を見付けた。
カヤックを川岸の木の根に繋げて、小屋を拝見。4畳くらいスペースだろうか。倒されたドラム缶ストーブ、小さな手製のテーブルや水タンクが残されていた。丸太も転がっている。木骨に黒と透明のビニールを被せただけの小屋。天井にはガガンボ、柱に打ち込んだ釘にはトイレットペーパー、裏手には木を切り出した跡。さほど古いものじゃない。パタゴニアでは、結構こうした小屋を見かける。主人がいるとしてもこの雨だし、今日ここに来ることはないだろう。スペース的にもギリギリテントが張れるみたいだし、一晩借りるとしよう。丸太やテーブルを整理し、テントを張って、ドラム缶ストーブに煙突をぶっさしてみる。とにかく腹が減っていた。火を起こして昨日釣った魚で炊き込みご飯を食べると、電池が切れたように眠った。
雨音を聴きながら目を瞑ると、きこりのソトを思い出した。ここからさらに南にあるチャクライ島に相棒のアルバラードと住んでいる。前回の旅で出会った。彼の写真をカメラに納めたのだけれど、そのカメラはのちに波がさらっていった。今も元気にしているだろうか。
どれくらい寝たか分からないが、雨が止んだ音で目が覚めたのは初めてだったと思う。外の様子をうかがって釣りを始めると、まもなく土砂降り。はいはいはいはい。万事、こういう感じだ。早足で小屋に戻りつつ、ナルカという掌状にバカでかく育つ可食植物を3つほど頂戴した。ナルカで食べられるのは若い茎だけだと聞いていた。まだ葉が窄んでいるものを選んできたが、トゲのある皮をはいで実際食べてみると、苦くて食べれたもんじゃない。これがサラダになるなんて冗談か何かだろう。どうやらハズレを引いたらしく、ナルカ選びにはコツがいるようだ。自然の中で、ものごとは期待通りに運びやしない。だから常にそのことを頭に入れておくんだ。