スウィフトノミクス - 日本にもビッグウェーブが来る
2023年6月21日、テイラー・スウィフトの来日公演が発表されました。海外女性アーティストとして初となる、東京ドーム4日連続。同時に世界ツアーが発表され、合計106公演が 2024年の8月まで開催されます。数千億円規模の経済効果が見込まれ、スウィフトノミクスという言葉が生まれるほど、テイラーの勢いは凄まじいことになっています。
約5年ぶりのツアー『The Eras Tour』は北米でスタートし、52公演 250万枚のチケットは即完売。転売市場では最も高額なチケットは $42,000(約58万円)の値が付きました。この経済効果についてブルームバーグでも真剣に取り上げられています。
LTV を10倍にしたミュージシャン
スフィフトノミクスは、どれほどのインパクトがあるのでしょうか。わかりやすい指標として、テイラーのチケットの転売市場価格の推移を見てみましょう。
今回のツアーチケットの平均支払額は $700 だったとバズフィードは伝えています。ブルームバーグも、$50 のチケットが $1,500 になったと説明。筆者が転売サイトを確認したところ、$1,300 ~という高額チケットしか残っていませんでした。
様々な情報を見る限り、チケット代が10倍になってもファンがついてくると表現しても大げさではなさそうです。これがスウィフトノミクス。
下記のブルームバーグ記事をはじめ、スフィフトノミクスは経済学的に興味深いと評されています。一般的には、価格が上昇するほど需要は減るはずだからです。しかし価格が上がっても需要がある。希少性ゆえに需要が増えるケースも多々ありますが、それとも少し違う。
いずれにせよ、テイラー・スウィフトは LTV(生涯価値)を遥かに高めることに成功ました。ほかのミュージシャンとは次元が違います。世界の歌姫には、リアーナやビヨンセなど、多くのカリスマがいますが、これほどまで価値が高まった例はありません。なぜテイラーがこんなに人気なのかは後ほど説明します。
アメリカ版 "推し活"
ファンが大金を惜しまない、テイラー・スウィフトのコンサート。熱心なファンの消費行動が地元経済に貢献することから、スウィフトノミクスという言葉は生まれました。テイラーの世界ツアーによってオーストラリアの景気がブーストする、というニュースも。
現在開催中の北米ツアーでは、市の名前を「スウィフトシティ」に改名したり、テイラーを市長に任命した都市もあります(もちろん期間限定)。開催地のレストランでは、テイラーの曲を一日中流して「テイラーバーガー」と「テイラービール」を売るそうです。関連イベントがあちこちで開催されていて、コンサートがない日もファンが集まって超満員。ホテルも軒並み満室で、午前からの物販には長蛇の列。Tシャツを箱買いするファンの目撃例もあります。みんなで手作りブレスレットを交換するという会(?)なども人気で、スゴイ盛り上がり。日本のオタクにも通ずるところがありますね。
チケットが手に入らなかったファンたちも会場に集合し、音漏れを聴きながら大合唱。これが全米各地で起こっているのだから凄まじいことです。
チケットマスター問題、再燃
スウィフトノミクスについて考えるときに避けられないのが、アメリカのチケット流通網です。チケットの先行販売の際には、米国の人口の10倍のアクセスが集中し、システムダウン。ちょっとした社会問題に発展しました。
コンサートチケットはライブネイション社のチケットマスターというシステムが市場を独占しているのですが、チケットマスターは過去に何度も問題視されていることもあり、ついに米議会でも議論されることに。過去に炎上した例をいくつか紹介します。
チャリティコンサートなのに、募金に手数料を上乗せ
チケット代よりも手数料の方が高い(ザ・キュアー)
ダイナミックプライシングを導入したところ、チケットが70万円に(ブルース・スプリングスティーン)
そもそもチケットマスターが転売サービスを提供している
今回はテイラー・スウィフトのチケットがスムーズに販売されなかったことや、転売対策の不備が指摘され、米議会で議論されました。今後独禁法違反の疑いで捜査が入るとか。スウィフトノミクスは政治を動かしたわけです。
さて、興味深いのは、ファンたちが Facebook や Twitter のアカウントを作り、チケットの取引を開始したことです。StubHub や SeatGeek などのチケット転売サービスも活気づきました。手数料を取らないチケットマッチングの Twitterアカウントも登場し、フォロワー数 18.7万人。ファンコミュニティの強さもまた、スウィフトノミクスの一因です。
彼女の「ストーリー」に魅せられる人々
そもそもテイラー・スウィフトはなぜ人気なのでしょう。彼女の歴史を紹介します。テイラーは 2006年にカントリーミュージシャンとしてデビュー。ディズニープリンセスのようなルックスに、カウボーイハットとアコースティックギター。当時16歳だったこともあり、プロデュースには親も関与していました。2008年にはセカンドアルバムをリリース。『Love Story』などがヒットし、日本でも人気に。どこがカントリーやねん、という批判もありました。
デビューにあたりマーケティング的な判断があったことは否めないでしょう。米国では音楽のジャンルが明確に分かれており、例えば、カントリーを聴く人と、ヒップホップを聴く人は断絶されているのです。ジャンルごとにラジオのチャンネルが違うし、賞レースもジャンル別。だから自分のSTP(セグメント、ターゲット、ポジション)を考えて戦略的に売り出すのは当たり前なのです。
でもまぁ、よくいるミュージシャンですよね。同時期にはケイティ・ペリーやレディ・ガガなどが人気を博していたし、のちにアリアナ・グランデなど強力な若手も登場します。テイラーが 2023年にこれほどまで世界を熱狂させることは誰も想像していませんでした。
あるとき、セカンドアルバムで成功した彼女に事件が起こります。MTVアワードで最優秀賞を受賞した際に、カニエ・ウェストが乱入してマイクを奪い、大批判を浴びせたのです。18歳のテイラーは茫然とするしかなかった。その後、彼女の中で何かが変化していくのです。
『1989』という自身の生まれ年を冠した4作目のアルバムをリリースする頃には完全にカントリーを卒業し、ポップに転向。『Shake It Off』 などのヒット曲を連発しました。この吹っ切れ感というか、自分の殻を壊したことに、多くのファンがポジティブな反応を示しました。こうした彼女の変化、すなわち「ストーリー(ナラティブ)」がファンを魅了しています。
さあポップスターとして売っていくぞ、というときに、またしてもカニエから貰い事故。2016年にカニエ・ウェストは『Famous』という楽曲を発表。セレブリティたちの裸体の蝋人形がベッドに横たわっていて、その中の一人がテイラーでした。「俺があのビッチを有名にしてやったんだ」という歌詞がゲスの極み。アートとして養護する声もありましたが、テイラーファンはブチ切れ。
様々な憶測からテイラーまで批判を受けることに。しかしテイラーはあまり反論せず、引きこもったという噂もあったほど。この件は、ケンダル・ジェンナーが「tea time」と Instagram に投稿して収束。「お茶する」は噂話をするという意味もあります。
セレブのドタバタ騒動に巻き込まれていくテイラー・スウィフト。さらに彼女の中に変化が生じます。
反撃するテイラー、迷走するカニエ
翌年、テイラーは沈黙を破り『Reputation』というアルバムを発表。日本語にすると『評判』ですね。ダークな印象が強く、ヒップホップを思わせるサウンド。歌詞がまた強烈で、「あなたが嫌い」とか「私は死んだ」といったフレーズを連呼するのですが、「でも何度だって立ち上がる」という一言がバシッと入ってくる。…うおお。多くのメディアがテイラーの変化に注目しました。
ただ反撃するのではなく「これが私なのよ」「音楽で人をエンパワーするのが私のやり方なのよ」というメッセージに溢れたアルバムでした。これが、ずっと応援していたファンにぶっ刺さる。テイラーの人気はますます強固に。
ミュージックビデオの中で死んで生き返ってお茶を飲むテイラー。強烈なメッセージです。繰り返しになりますが、テイラーの魅力は彼女のストーリー。ファンたちは楽曲やゴシップを消費するのではなく、テイラーの悩みや葛藤や成長のストーリーに魅せられているのです。
一方で、カニエ・ウェストは大統領選挙に出馬したり、「Ye」に改名したり、キム・カーダシアンと離婚したり… ファンの間でも困惑が広がる。
コラボレーションとファンベースの拡大
世界がロックダウンに苛まれた頃、テイラー・スウィフトは 3作もアルバムを発表。インディーロックやフォークを取り込んだオルタナティブミュージックでした。30歳を過ぎた大人のサウンド。心地よい名作でした。
これは後付けですが、様々なジャンルを横断しながらファンベースを拡大するというマーケティング戦略が奏功したのではないでしょうか。彼女は作風を転換するたびに新しいファンを増やし続けたのです。ジャンルをピボットしつつもファンを置いてけぼりにしない、みんなのための音楽を作っているのがテイラー・スウィフト。
ちなみに筆者もこの時期からテイラーを聴くようになりました。ザ・ナショナルとコラボしてから気になる存在になりました。
テイラー史を後追いする若者たち
さて、ビジネスの話に戻します。テイラーの人気を支えているのは、ズバリ若者世代。実はベビーブーマー(祖父母世代)よりも貧乏なミレニアル世代やZ世代のほうが購買力があることは、すでに多くの調査から明らかです。
彼らはロックダウン期間中に、テイラーを巡る一連のストーリーを知ることができました。この頃、Netflix では『ミス・アメリカーナ』というドキュメンタリーもリリースされています。短いトレーラーだけでも必見。
そして3年以上のロックダウン期間を経て、若者たちはコンサートに行ける年齢になったり、自分でチケットが買える財力を持つようになりました。ナーチャリング(顧客育成)としては完璧でしょう。
マルチジェネレーショナルマーケティング
複数世代をターゲットとするマーケティングをマルチジェネレーショナルマーケティングと言います。音楽のような商材は特定の世代に偏ってしまい、消費が短期間で終わってしまう傾向があります。そんな中、多世代に支持されているのがテイラー・スウィフト。
ミュージシャンにとって10年以上のキャリアになると、ファンの世代交代が課題となります。しかしテイラーは親と子の両方のファンベースを構築しました。これが強い購買力を引き出しているのです。高校生の娘がチケットを買えないなら、父親がお金を出せばいい。親子でライブなんて、最高じゃあないっすか。
^ 上記はウォールストリートジャーナルの「父と娘のテイラー・スウィフト ツアー・ガイド」という記事。8歳の娘とコンサートに行くことになった記者の手記。ほっこり。
というわけで!そんなテイラー・スウィフトが来日!たぶん海外からもファンが押しかける!行くしかないでしょ!
ほかにも、SNS戦略や過去作品の再録について言及したかったのですが、またの機会に。
終わりに:カニエ・ウェストの天啓
以前書いたこの記事は多くの人に読んでいただきました。ありがとうございます。この記事の中で、カニエ・ウェストによって Adidas が復活した話を紹介しました。彼は確かに天才だったんです。
しかし問題行動が絶えなかった彼は、ついに許されないラインを超えてしまいました。カニエは全方面からキャンセルされ、Adidas とも契約解消。Yeezy は在庫処分セールとなりました。当分は音楽業界もファッション業界も彼と取引することはないでしょう。
若きテイラーのマイクを奪いとったカニエは「天啓だった」と語りました。今にして思えば、確かに運命だったのかもしれません。あの日からテイラーは様々な苦難を乗り越え、ファンの幸せのために、誠実な活動を続けました。そして今、世界でもっとも輝いくミュージシャンとなったのです。
長い記事でしたが、この曲でお別れです。Taylor Swift の新作より、『Anti-Hero』。
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