アンチECなロレックスに140億円の罰金。ブランドはなぜDXに苦戦するのか。
ロレックスが販売店に対して同社商品のEコマース販売を禁じていたとして、フランスの競争委員会は9160万ユーロ、約140億円超の罰金を科した。そもそも何故ロレックスは ECを拒絶してきたのか、対照的に Web3 に投資するブランドは何を企図しているのか。デジタルとラグジュアリーブランドでの経験を持つ筆者が私見を述べたい。
ECも店もないロレックス
ロレックスといえば高級時計の代名詞ともいえるが、実は直接販売の機能を持っていない。かつて先進的なプロモーションに取り組んだ時計会社として有名だが、販売はもっぱら委託している。これはファッション業界の大きなトレンドであるD2C(Direct to Consumer, 直接的に顧客に販売すること)に乗り遅れていることを意味する。
D2Cもロレックスの今の戦略において重要なので少し触れておこう。過去の記事でも紹介したように(Nike vs Adidas に学ぶ 小売 x ブランド x デジタル 最前線)、ブランドは直販にすることで販売網とコミュニケーションを支配するメリットを強く感じている。
D2Cの最大の成功者は Apple だろう。1999年にオンラインストアを開設し、2003年には東京・銀座に直営店をオープンした。この時期、iPod がじわじわ人気を集めていたが、まだ大ヒットする iPod mini の発表前のことだ。コンピューター屋が家電量販店と対峙し、しかも秋葉原ではなく銀座に店を構えるなど、当時の感覚ではクレイジーだった。
しかし今でとなっては、スティーブ・ジョブズの先見の明を認めざるを得ない。Apple は顧客との直接的な繋がりを強固にし、自前の流通網を築いた。今では大手通信キャリアも家電量販店も Apple との交渉で優位に立つのは難しい。
この流れを見て、 LVMH やナイキも D2C へ転換を図った。彼らは直営店を増やし、オンライン販売や顧客管理を強化。また、フランチャイズで一世を風靡したマクドナルドも、直営店を拡大する戦略を打ち出している。
しかし,ロレックスにとって D2C は、これまでのところ不可能だった。その主な理由は、彼らが直営店をほとんど持っていなかったことにある(たしかジュネーブの1店舗だけだったはず)。ロレックスは製造に専念し、販売は世界中の代理会社に委託してきたのだ。
だが、 2023年には変化の兆しを見せた。ロレックスは、売上の約 10% を占める代理店のブヘラの買収を発表した。これについてロレックスは美しいブランドストーリーを創作しているが、冷静に見れば D2C に舵を切ったということを意味している。
デジタルとの葛藤・苛立ち
ファッション業界全体を見渡すと、デジタルに遅れをとる会社はロレックスだけではない。今もコムデギャルソンのサイトはボロボロだし、数年前までシャネルもアンチデジタルを明確に宣言していた。
商品はお店で実際に手にとるべき!というブランドの言い分はもっともだし、10年前なら消費者のマインドもそうだった。ネットで靴を買うのは有り得ない、という時代だったのだから。でも今や答えは明らかだ。
一方で、DX を推進できた業界のリーダーたちも Web2.0 の波に乗れなかった反省から、異常なほどに Web3 に投資している。中には素晴らしい発明もあり、個人的には Web3 の未来は意外と明るい気がしている。
しかし蒸し返して申し訳ないが、「今のインターネット」ではほとんどのブランドが敗北を喫している。勝利を手にしたのは Amazon や ZOZO のような ECプラットフォーマーたち。ブランドがデジタルから売上を得るには、プラットフォーマーたちに手数料を払う必要があるからだ。いつの時代も、流通網を握る者が最も強い。
LVMH ほどの投資力のないブランドたちの多くは、Web3 にも及び腰でデジタル人材の採用も進んでいない。こんな状況では EC を「やらない」という選択肢にも一定の理解を示せるのではないか。
ハイテク転売ヤーたち
ブランドがデジタル展開を躊躇する理由は上述の点に限らず、ほかにも重要な要因がある。特に、オンライン市場においてはハイテク転売ヤーたちの存在は大きな障害となっている。
例えば、Notify という Discord グループをご存知だろうか。このグループでは、bot が情報収集をして、さらに在庫まで抑えてくれる。グループ参加者はまったく苦労せずに人気アイテムを購入できるのだ。Notify は有料にも関わらず常に満員状態だった。最近は少し廃れてきたけど。かつては PS5 や Yeezy Boost、NFT などがよく売れていて、「Notify に参加する権利」も転売されていたほど。笑
Notify のみならず、ECをハックするノウハウはかなり知れ渡っている。
割引クーポンを生成したり発売前のアイテムのURLを発見するのは転売ヤーにとって朝飯前。
注文が高速で可能なため、人間が1個注文する間に転売ヤーたちは1,000個くらい注文できる。
買い占め戦略をとることもあり、在庫の半分以上を転売ヤーが抑え、二次流通市場での価格を吊り上げる。
ブランドがデジタル展開に踏み切るのをためらうのも当然である。ロレックスのような転売益の高いブランドであれば尚更だ。ECサイトを立ち上げればたちまち蹂躙されてしまうだろう。
転売によるブランドの短期的成功
転売市場の台頭により、ブランドエクイティ(ブランド価値)の管理が以前よりも容易になった。ブランド価値は、実態がなく説明も難しい。計測も管理も困難だった。しかし転売によって、それは単純なゲームと化した。二次流通市場でプレミアム価格がつくかどうかでブランド価値が測れるからだ。ブランド自らが長蛇の列を撮影してSNSに投稿し、顧客を煽るようなマーケティングも見受けられた。
こうしたキャンペーンに成功したラグジュアリーブランドは何兆円もの売上規模でありながら高い営業利益率(40%くらい!)を記録した。このような組織が、わざわざ変化を好むはずがない。儲かっているのだから、DX なんて二の次でいいではないか。
しかしロレックスに判決が下り、潮目が変わるかもしれない。
ブランドは DX できるか?
最後に、この記事のタイトルにもある DX について考えたい。DX は、トランスフォーム(改革)することに真価がある。販売網そのものを見直すとか、生産体制を効率化するとか、めんどくさい変化が肝心だ。デジタルはあくまでも手段でしかない。
ロレックスはブヘラの買収を足がかりに直営店強化と D2C を推進するだろう。会社を革新する大きな出来事になるだろうが、現状に満足している老舗企業がどこまでチャレンジできるか注目したい。
一方で、LVMHのブランドは着実に DX を推進している。例えば同グループのブランド、ブルガリは世界最薄の時計に NFT を刻印した。伝統を重んじながら最新の技術を組み合わせることは可能なのだ。
ブランドたちは100年以上の歴史を持つが、彼らの歴史観をもってしてもこれからの未来を予測することは困難だ。アンチEC が正解だという可能性もある。Web3 への投資なんて失敗するかもしれない。
ロレックスという巨象が動き始め、これからファッション業界のデジタルが佳境を迎える。面白いのはこれからだ。
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