ウェルビーイングな社会と医療
医療デザイン Key Person Interview :本多 隆子
クリニックが開業される際に行われる「内覧会」。本多隆子は歯科業界でナンバーワンの3,500件以上の内覧会を開催してきたメディカルアドバンスの創業社長だ。
内覧会の目的は、単なるお披露目にとどまらず、院長のメッセージを地域に届けるため。まだ実績のないクリニックに地域住民を集客するため、本多らは文字通り日本中を奔走してきた。
本多のライフワークでもある「ウェルビーイングな社会」づくりへの想いを聞いた。
内覧会は院長の想いを地域に伝えるツール
内覧会本番は3日間。開業の前週の場合が多い。近隣のスーパー、駅、商業施設など人が集まる場所の協力を取り付けてチラシを配布していく。もちろん広告作成や、周辺への挨拶回り、開催時の院長やスタッフへのロールプレイングなどプロデュースも一括して行う。
「内覧会で最も重要なのは集客です。3日間で300名に来院してもらい、オープン前に予約確保できれば、開業時のスタートダッシュにつながります。内覧会が終わった後も『先生の人柄が温かそう』『きれいな空間で雰囲気がよかった』などの口コミは長く続くので、本当に重要なイベントです。」
ーー本多さんは42歳で創業されたんですよね。なぜ内覧会ビジネスを始めたのですか?
「創業時は全く売上が上がらなかったんです。歯周病の患者さんが多いことに衝撃を受けたのがきっかけで、『一般の人に予防医療を伝えたい、とにかく広めなきゃ』の一心でした。でもどんなに素晴らしいことを言っていても、目の前に人がいなければ広まらないですよね。
たまたま、ある歯科医院の開業のお手伝いをしたとき『新しい医院を見学したい』という地元の方がいて、院長先生も『ぜひ来てほしい』とおっしゃる。
『あれ?オープンするときって人が集まりやすいぞ』と気づいたんです。そこで院長が歯周病予防の話をしたら、みんなが喜んでくれたんですね。そのうち院長先生から『お金を払ってでもいいから集客してほしい』というご依頼が来るようになり、気が付けば18年間で3,500件の内覧会を行ってきました。」
今でこそクリニックのオープン時に内覧会を行うのは当たり前になったが、とくに歯科では本多はパイオニアとなり、成功の実績は他社の追随を許さなかった。
内覧会がもたらす医院経営への効果
本多自身が先頭に立ってメディカルアドバンスは内覧会への集客ノウハウを作ってきた。その結果、都市部の雑居ビルから地方の農村地帯まで、歯科だけでなく内科、整形外科など様々な条件でも集客を実現してきた。依頼した院長は、医院経営への貢献度以上に、社員たちの内覧会にかける想いに感動するという。
ーープレッシャーとの戦いでもありますよね。
「正直、初日の来院数が芳しくなくて背筋が凍ることもあります。ただ私たちには『このクリニックの存在を知らせたい!』という想いが根底にあります。仕事だからとか、お金をもらっているからではないのでスーパーでチラシの配布許可をいただくときも、心の底からお願いするんです。
『こんなクリニックができるのね』って内覧会で喜んでくださった方は、家族や近所の方にも知らせたくなるものですよね。それで来場が急速に伸びることもあります。本当にやりがいがあって、今も私は現場に行くのが大好きです。」
ーー依頼主である院長にも真剣さは伝わりますね。
「それは伝わりますね。一緒に懸命の努力をされる先生はその後も経営がうまくいっていますし、たった一度のお付き合いでも10年以上経過しても『あのときはお世話になりました』と言ってくださるんです。社員も感謝の言葉、メールをいただくたびに励まされると言っています。」
業績は拡大を続け、現在の社員数は40名を超えた。20件近い内覧会を全国で同日にに開催したこともある。フィットネスや不動産など異業種の内覧会プロデュースにも乗り出していく。右肩上がりの成長は続いて行った。
売上ゼロの危機を乗り越えたマインド
創業以来の危機が訪れたのは2020年。
コロナ禍で『売上ゼロ』の苦境に陥ってしまった。
「人を集める」内覧会が開催できる状況にはなく、すでに準備を進めていたものもすべて延期、中止が決まる。新規の受注もパタリと止まった。
ーーメインの事業ができないというのは大変なことですよね。
「毎月の支出はありますのでもちろん不安は大きかったです。そして、それ以上に恐ろしかったのは先々の仕事が決まらなかったことですね。
ただおかげで、新しい事業にも踏み出せました。弊社自身が歯科医院を開業しましたし、歯の矯正に使うマウスピースのメーカー事業も新たにスタートしたんです。内覧会だけに頼らない構造に変えるきっかけにできたと思います。」
ーー社内の雰囲気も変わりましたか?
「そこが大切ですよね。業績が戻ってきたのは社員の前向きな気持ちがあったからだと思います。じっと我慢するだけではなく新規事業を含めて『この環境で何ができるか』『どうすればクリニックや患者さんの役に立てるか』をみんなが考えて行動しました。
2020年の秋には、なんと過去最多動員となる内覧会も開催できたんです。」
ーーまだまだコロナ禍の最中ですよね。一体どうして…?
「コロナを経験して、一般の方々の医療や健康への関心が高まったからだと思います。クリニック内の感染対策も注目されるように変わりましたね。だから安心で清潔、そして魅力的な先生がいるクリニックだと分かれば、これまで以上に集患できるようになったとも言えるんです。」
コロナ禍をただの経営危機で終わらせない。
クリニックにとっては内覧会はひとつの通過点に過ぎず、オープン後に長い経営の道のりが山あり谷あり続く。本多は開業後もクリニックに伴走するコンサルティングサービスも新規事業としてスタートさせている。
ウェルビーイングな社会の実現へ
本多の根底にある「健康を地域の人々に広めたい」という創業時の想いは今も変わらない。つくりたいのは「ウェルビーイングな社会」、すなわち身体だけでなく、心も環境も、真に幸せだと思える社会だ。
「内覧会の機会をうまく使って、予防、啓蒙、考え方を伝えられれば『この先生すごいな』という噂も広まるんですよね。それだけ人々は健康でありたいと願っているはず。やはり医師は、ウェルビーイング、地域の人々の暮らしが豊かになるために情報共有する重要な役割を担っていると思います。」
ーー実際には医師を畏れ多いと思っている住民、患者さんも多いですよね。
「その通りですね。先生の考えていることと、一般の人の理解には常に『溝』があると思うんです。開業される院長に繰り返しお伝えするのは『患者さんの目線』になることですね。医療の現場に居続けると、なかなか分からなくなってしまう先生がまだ多いように思います。」
ーー本多さんは今年から日本医療デザインセンターに参画されました。ウェルビーイングを促進できるでしょうか。
「日本医療デザインセンターのネットワークを使って、ウェルビーイングの大切さをどんどん広めたいですね。一緒に盛り上げたいと思っています。
社会企業家はアメリカではとても人気が高くて、若者が会社を選ぶときも『社会のためになるか』を基準にしています。日本もやがてそうなるでしょう。世の中をよい方向に変えたいという人が増える中、ウェルビーイング=真の健康を目指す日本医療デザインセンターの活動は絶対に大事だと思いますね。」
本多は18年に渡って、クリニックの開業というタイミングを使って人々に健康の情報を届けてきた。集客に強いのは、伝える力があることでもある。
本多の強力な行動力、実行力があればウェルビーイングな社会の実現は近づくに違いない。
取材後記
優し気で笑顔を絶やさない中に秘めたる熱き想い。ビジネスの結果にかかわらず本多さんの終始一貫ぶれない「社会のために」という強い使命感に心を揺さぶられます。
ビジネスとしての結果を出すとともに、社員の方からも尊敬を集めるすごい経営者だと感じました。
(聞き手:医療デザインライター・藤原友亮)
本多隆子さん プロフィール
株式会社メディカルアドバンス 代表取締役
1961年徳島県徳島市生まれ、1984年神戸女子大学英文科卒業後、現経済産業省原子力産業課勤務。9年間のアメリカ在住を経て、“歯科医院の内覧会”という新ビジネスを築き上げ、内覧会実施件数は3,500件以上、年間実績は350件を超える。
歯科業界に留まらず、医科、フィットネス、不動産などの内覧会も手がけている。
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