1.問題
2.出題趣旨
3.採点実感等
4.解答例
設問1について
1.所得の種類
本件退職慰労金は、退職所得として課税されないのかを検討する。
(1)退職所得の趣旨
そもそも、所得税法が、給与所得とは別に、退職所得を設けた趣旨は、退職金は、長期間の就労に対する対価の一部分の累積という性質と、多くの場合いわゆる老後の生活の糧としての機能を有するからである。
このため、①退職所得は、課税標準に算定にあたって、退職所得控除が適用される。終身雇用制の下、退職金で老後を過ごす必要があるとの前提から、金額の割に担税力が低いことを考慮し、特別の控除が設けられた。また、②控除後2分の1のみが課税される。長期間の勤労の対価としての所得という性格に鑑みて平準化措置として設けられた。さらに、③他の所得と分けて分離課税され、源泉徴収されるので、原則として申告不要である。これは担税力が低いことを考慮し、他の所得と合算して高い累進税率の適用を避けるための措置である。
(2)退職所得への該当性
かかる退職所得の趣旨を踏まえ、退職所得の要件を検討する。
この点、「退職により一時に受ける給与」(所得税法30条1項)は、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、③一時金として支払われることと解されている(5年退職事件判決)。本件では、Aは、取締役副社長を退任後、非常勤の監査役に選任され、その後はその職務に専念している。退職所得の趣旨である老後の生活の糧という機能を踏まえると、Aは、依然、監査役として収入を得ていることから、本件退職慰労金は、①の要件を満たさない。
しかし、形式的には上述の要件を備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合するときは、「これらの性質を有する給与」(同項)として、退職所得となる。なぜなら、退職所得の趣旨に沿うからである。ただ、継続勤務しており、要件①を満たさないときに、「これらの性質を有する給与」とされるためには、「特別の事実関係」が必要である。具体的には、勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とみられないという事情が必要である(10年退職事件判決)。
これを本件についてみると、Aは、常勤の取締役副社長から非常勤の監査役へと勤務関係が変動しており、勤務関係の性質、内容、労働条件等は、毎日出勤し、経営上の意思決定と執行の担う役割から、月数回出勤し、経営を監視する役割へと大きく変動している。このため、勤務関係は形式的には継続しているが、実質的には従前の勤務関係の単なる延長とはみとられない事情がある。また、常勤取締役を20数年務めたAの年齢を考慮すると、本件退職慰労金は、退職所得の趣旨である老後の生活の糧という機能を果たす資金であると考えられる。
このため、本件退職慰労金は、「これらの性質を有する給与」(同法30条1項)として、退職所得に分類されるべきであると考える。
2.収入金額
本件退職慰労金のうち、標準退職慰労金と功労加算金は、金銭で支給されており、収入金額は、合計9000万円となる(同法36条1項)。
これに対して、特別功労加算金として、金銭以外の経済的利益である甲土地がAに支給されている(同項括弧書)。そして、そのような経済的利益の価額は、収入金額は、甲土地を取得し、または、その利益を享受する時における価額で測定することとされている(同条2項)。本件では、甲土地の支給時の時価は1億円であったとされており、甲土地の権利取得時における時価は1億円であったものと認められる。このため、特別功労加算金の収入金額は、1億円となる。
5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係
「§223.05 退職所得の意義」(ケースブック租税法〔第6版〕243-247頁)における5年退職事件と10年退職事件の判決と、それにまつわるQ&Aの回答をもとにして、解答例を作成した。最近検討している所得分類の問題と異なり、ケースブック租税法で勉強したところが、そのまま、役に立つ問題であったと感じた。収入金額については、なぜ、このような基本的なことを聞くのかが、問題全体の文脈からよく理解できなかった。これは、法人税法の勉強が進んでいないからなのかもしれない。