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§222.08 譲渡所得の収入金額–––発展問題
1.事件のその後
(略)
2.私法上の対価関係と租税法上の対価関係
⑴ 「租税法上の対価関係」を「私法上の対価関係」とは別に観念する必要性を、控訴審裁判所はどのように理由づけしているか。また、このように2つの「対価関係」を区別して考えることをどのように評価すべきだと考えるか。
設問前段について
この点につき控訴審判決は、「〔所得税法〕59条2項にいう「対価」とは、必ずしも私法上の有償契約におけるような資産の譲渡と対価関係に立つ給付に限られるものではなく、当該資産の譲渡に起因しそれと因果関係のある給付であれば足りるものと解するのが相当であって、売買における代金、交換において相手方に移転すべき財産権などの私法上の有償契約における反対給付のほか、無償契約に属する負担付贈与における負担についても、それが経済的な利益に当たるものというべきである(したがって、受贈者が経済的利益を給付することを付款とする負担付贈与は、同法59条1項1号及び60条1項1号にいわゆる贈与には含まれないと解すべきである。)」と判示した。
ここで示された考え方について、次のようにまとめられている。「この判決は、(ア)課税繰延は、資産の譲渡があってもその時に譲渡所得課税がなされない場合に限ってなされる。(イ)贈与者に経済的利益を発生させる負担付贈与があれば原則としてその経済的利益に対して譲渡所得課税がなされる。(ウ)したがって、課税繰延を定めた60条1項1号の「贈与」には、このタイプの負担付贈与は含まれない。という論理によって結論を導いている。」(佐藤〔第3版〕142頁)
つまり、「租税法上の対価関係」について、所得税法60条1項1号の趣旨に遡って検討し、「私法上の対価関係」とは別の考慮が必要であることを説明した。その上で、一定の条件を満たす負担付贈与については「贈与」に含めるべきではないと結論づけたものと考える。
設問後段について
「対価関係」を区別して考えることについては、民法と所得税法とでは、取り扱っている規律の目的が異なるので、区別して考えるべきであり、肯定的に評価すべきである。
控訴審判決は、「負担付贈与が私法上贈与の一種であり、所得税法60条1項1号の贈与について法文上負担付贈与を除外する旨の規定のないことは、控訴人らの主張のとおりであるが、租税法の解釈であっても、必ずしも法文上の文言のみにとらわれるべきものではなく、当該法条の実質的意義を考察し、その意義に照らして合理的な解釈をすべきものであるから、同条1項1号にいう贈与について、贈与者に経済的利益を生ずる負担付贈与を含まないと解することをもって租税法律主義に反するとすることはできない。」と判示している。
ところで、負担付贈与において、「受贈者の負担する債務は、贈与者の債務と対価的意義をもつものではない(対価的意義をもつものであれば、売買又は交換となる)。したがって、負担付贈与は、双務契約ではない。しかし、負担の限度では、贈与者の給付との対価関係を認めるのが妥当である。そこで、贈与者は、その負担の限度で、売主と同じく担保責任を負う(551条2項)。すなわち、売主の担保責任(562条〜570条・572条)と同様に、受贈者は贈与者に対し、負担の限度で、追完請求権・負担減額請求権・契約解除権・損害賠償請求権を有する。」(中田裕泰「契約法〔新版〕」(有斐閣・2021年)281-282頁)
つまり、民法においても、法律関係の性質決定の段階では、売買・交換に分類する程度の対価関係は認められないとしながらも、負担の限度で、対価関係を認めた上で、双務契約と同等の規律を適用している。このため、「私法上の対価関係」ですら、一定の幅が認められている。したがって、「租税法上の対価関係」についても認め、所得税法36条1項括弧書きの経済的利益と認めた上で、同法60条1項1号の適用を排除することは、民法の対価関係の取り扱いを踏まえても、不合理な解釈とはいえないのではなかろうか。
⑵ ある給付の「資産の譲渡との因果関係の有無」は、その給付が「資産の値上がりによる増加益を具体化したもの」であるかないかを判断する基準として適切だと考えられるか。
設問は、控訴審判決が、贈与と負担の「租税法上の対価関係」について、「当該資産の譲渡に起因しそれと因果関係のある給付であれば足りるもの」とし、「その給付が保有資産の値上がりによる増加益を具体化したものであること」を求めていることの適切性を問うていると考える。
増加益清算課税説は、資産の値上がりによりその所有者に帰属する増加益を譲渡所得と考え、この増加益に対しては、資産が所有者の支配を離れて他に移転することを機会に、これを清算して課税する方法が採用されていると説明する。このため、譲渡所得の収入金額たる「給付」は、資産の値上がり益の発現したものを捉えることになり、その給付が「資産の値上がりにより増加益を具体化したもの」であるか否かを基準とすることは、増加益清算課税説から適切と考える。
3.本件取引の租税法上のねらい
本件の事案において、Aが本件土地の譲渡収入をXらに分け与えたかったのであれば、Aが本件土地を単独所有したままBに譲渡し、譲渡代金の相当額をXらに贈与すればよかったのではないか。あえてAやXらが本件のような方法を採用したことには、どのようなねらいがあったと考えられるか。「Xらが本件土地を取得した当時の相続税財産評価基準に基づく評価額がそれぞれの負担するAの債務額に見合っている」という判示も手がかりにして考えてみよ。
この点について、次のような評釈がある。「最後に、本件負担付贈与がなされた背景を探ってみよう。本件認定事実によれば、『Xらが本件土地を取得した当時の相続税財産評価基準に基づく評価額がそれぞれの負担するAの債務額にほぼ見合っている』とのことである。このことから、Xらは、受贈財産の評価額から支払債務額を控除すれば贈与税の課税財産価額がゼロになるから贈与税を納付する必要はなく、他方、贈与者のAとしても、みなし譲渡所得課税を受けることはなく、その後の訴外浜名湖競艇企業団に対する各当事者の共有持分の譲渡については、すべて長期譲渡所得としての課税の軽減特例を受けるというタックスプランニングがあったのではないかと推察される。」(岩﨑政明・「42 譲渡の意義⑴ –––– 負担付贈与」租税判例百選[第4版](有斐閣・2005年)78-79頁)
この点、相続税法上、相続税については債務控除が明文で定められているものの、贈与税については債務控除が明文で定められていなかいようである(相続税法13条参照)。上述の評釈の真意を理解するために、当時の贈与税の税額の計算方法(運用を含む)について、さらに勉強する必要がありそうだ。
4.借用概念との関係
この判決は所得税法60条1項1号の「贈与」という用語を、民法におけるのと同じ意味で解釈しているか、異なる意味で解釈しているか。それは一般的な解釈手法といえるか。参照、§162.02 N&Q 4.。
この判決は、民法におけるのと異なる意味で「贈与」という用語を解釈していない。なぜなら、民法上、贈与と負担付贈与は別個に規定され、異なる法効果が付与されていることから、民法上の「贈与」という法概念に負担付贈与が当然に含まれるとは言い切れないからである。つまり、この判決は、民法上の「負担付贈与」の意義を変更せずに、そのうち、負担に係る給付が資産の値上がりによる増加益を具体化した「負担付贈与」は「贈与」には含まれないと解釈しているにすぎないと考える。
ただ、借用概念については、民法および民法判例におけるのと全く同じ意味で解釈すべきという立場からすると、この判決は、一般論として「贈与」に「負担付贈与」は含まれるという考え方から乖離するものであり、異なる意味で解釈していると評されるであろう。そして、そのような解釈手法が一般的か否かについては、一般的ではないと評されることになるのではなかろうか。
「贈与」(所得税法60条1項1号)に「負担付贈与」は含まれるか。
租税判例百選[第4版](有斐閣・2005年)78-79頁における整理を参考とした。)
甲説(肯定説)
結論: 「贈与」には「負担付贈与」も含まれる。
理由: ① 所得税法上、用いられている「贈与」という法概念は、民法および民法判例により意味内容が明らかにされており、いわゆる借用概念に該当する。
② 借用概念の解釈にあたっては、一般論としては、別意に解釈すべきことが租税法規の明文またはその趣旨から明らかな場合は別として、それを私法上におけると同じ意義に解するのが、法的安定性の見地からは好ましい。
③ この一般論がそのまま妥当するため、「贈与」には「負担付贈与」が含まれると考えるべきである。なお、民法上、負担付贈与は、受贈者も一定の給付をする債務を負担する贈与契約であり、「贈与」の一種である。
乙説(否定説)
結論: 「贈与」には「負担付贈与」は含まれない。
理由: 租税法の用語である以上、租税法独自の目的に合致するように個別に解釈すべきであり、「贈与」には「負担付贈与」は含まれない。
丙説(判例)
結論: 「負担付贈与」の負担に係る給付が資産の値上がりによる増加益を具体化したものであるときは、その「負担付贈与」は「贈与」には含まれない。
理由: ① 民法上、贈与と負担付贈与は別個に規定され、異なる法効果が付与されていることから、民法上の「贈与」という法概念に負担付贈与が当然に含まれるとは言い切れない。
② 所得税法60条1項1号の「贈与」の解釈にあたっては、同条の趣旨、目的を考慮しながら、それが民法上のどのような内容の「贈与」のことを指しているのかを合理的に解釈すべきである。
③ 「負担付贈与」の負担に係る給付が資産の値上がりによる増加益を具体化したものであるときは、その給付による贈与者の経済的利益に対して譲渡所得課税が可能であり(所得税法36条1項)、したがって、課税繰延を定めた60条1項1号の「贈与」には、この負担付贈与は含まれない。
5.関連裁判例
(略)
6.相互参照
(略)
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