§213.01 実質所得者課税の原則
1.引用文献の読み取り
実質所得者課税の原則とは、課税物件の帰属について、名義と実体、形式と実質が一致しないとき、実質的に、その帰属を決めるという考え方である。これは、所得税法12条に規定されている。
ところで、同条の沿革は、次のようである(福田善行「実質所得者課税に関する一考察––所得税における所得の帰属判定を中心に––」税大論叢84号(2016年)355-358頁参照)。
「昭和24年に制定された中小企業等協同組合法(昭和24年法律181号)によって、多数の企業組合が作られたのであるが、中小企業が財産と勤労とを結合して大企業に対抗するという同法の精神に反し、その実態は、完全な一個の企業体ではなく、単に多数の個人企業が共通の名称、称号等の下に集まって個々独立に活動しているというものが多かったのである。同法81条では、『組合員が組合の行う事業に従事したことによって受ける所得のうち、組合が組合員以外の者で組合の行う事業に従事する者に対して支払う給料、賃金、費用弁償、賞与及び退職給与並びにこれらの性質を有する給与と同一の基準によって受けるものは、所得税法(昭和22年法律27号)の適用については、給与所得又は退職所得とする。』と定められ、これにより、本来は個人の事業所得となるものが給与所得とされることとなった。
しかしながら、売上高に応じた対価など実質的に事業所得と同じものが同条の規定により給与所得となることにより、給与所得控除が認められるとともに、事業税も課税されないという問題があったため、所得税法施行規則の改正(昭和25年勅令69号)により、『企業組合の組合員が当該組合から受ける金額のうち、組合員の生産量、販売量その他の取扱量を基準として受けるものは、給与所得、退職所得及び配当所得以外の所得の総収入金額とする。』(同規則7条の4)という規定を設け、これに該当するものは、中小企業等協同組合法81条の規定にかかわらず、事業所得又は雑所得として課税することとなった。
ところが、企業組合の実態としては、組合員の事業所得課税を免れるために、各組合員がその業務用財産を組合に出資ないし譲渡し、その従業員となって組合の事業に従事して組合から給与の支給を受けるという形式を採ってはいるが、実際には各組合員が自己の計算と危険において元の事業所で元どおりの事業を営み、その事業所得に相当する金額から組合経費と給与に対する源泉徴収税相当額を控除した金額を、組合から給与として受け取ったことにしている例が多かった。このように、企業組合自体が有名無実で、その名義の下に生ずる所得を個人の所得とすべきものについては、上記施行規則7条の4の規定が適用されないため、昭和25年10月24日付直所1-98ほか1課共同「企業組合の組合員が当該組合から受ける所得に対する所得税等の取扱について」(いわゆる9原則通達)により、個人の所得として扱う場合の例が示された。」
「しかしながら、法律上の規定がないため、所得が企業組合に帰属するのか、組合員個人に帰属するのかについて、訴訟が提起されることも多くなったことから、前述のとおり、昭和28年の改正により実質課税の原則を定めた旧所得税法3条の2が設けられ、『資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属すると認められる者が単なる名義人であって、当該収益を享受せず、その者以外の者が当該収益を享受する場合においては、当該収益については、所得税は、その収益を享受する者に対して、これを課するものとする。』と規定された。」
「その後、昭和40年改正(昭和40年法律33号)により、現行所得税法12条《実質所得者課税の原則》として、『資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がそお収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。』と規定された。」
問: 所得税法12条(実質所得者課税の原則)をどのように理解すべきか。
A説 法律的帰属説(通説)
結論: 課税物件の法律上の帰属につき、その外観(形式)と実質とが相違している場合には、実質に即して帰属を決めるべきことを定めたと理解する立場
理由: 所得税法12条が名義人という表現を用いていること
批判: ① 担税力に適合した課税が多少ともゆがめられることになる
② 法律上の実質に即して帰属を決めるべきことは、所得税法12条をまつまでもなく当然である
B説 経済的帰属説
結論: 法律上の帰属と経済上の帰属が相違する場合には、経済上の帰属に即して課税物件の帰属を決定すべきことを定めたと理解する立場
理由: 所得税法12条が「収益の享受」というような経済的な表現を用いてること
批判: ① 納税者の立場からは法的安定性が害される
② 税務行政の見地からは、経済的に帰属を決定してゆくことは法の運用上多くの困難が伴なう
なお、判例(共栄企業組合事件)は、いずれの見解をとるのかを明らかにしていない。ただ、裁判例(川崎生協従業員事件)は、名義と実質とは通常一致すべきものであるという前提に立って、社会経済生活が営まれ、社会秩序が形成されている以上、租税の賦課・徴収の便宜・必要性の観点からのみ、たやすく法律上の名義人に対する収益の貴族を否定することは、許されないことを指摘する。
2.判例上の位置づけ
(略)
3.形式と実質の一致
(略)