見出し画像

【過去問】 当たり馬券の払戻金の所得分類


1.問題

 競馬好きの個人Aは、不動産賃貸業を営む傍ら、インターネットを介して馬券を購入できるサービスを利用して馬券を購入している。Aの馬券購入方法は、競走馬や騎手等の情報を収集・分析した上で、着順予想の確度と配当率の大小を組み合わせた購入パターンに従い、年間を通じての収支(当たり馬券の払戻金の合計額と外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金との差額)で利益が得られるように工夫しながら、偶然性の影響を減殺するために年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入するというものである。そして、平成21年から平成25年までの5年間に、年間約3000レースのうちのほぼ全てのレースを対象として、1年当たり5000万円程度の馬券を購入し、収支の上で毎年利益を得ていた。利益の額は、年によって大きく変動したものの、平均すると1年当たり200万円程度であった。
 Aは、自己のノウハウを基に競馬予想ソフトウェア(以下「ソフト」という。)を開発し、これにユーザーが独自の条件設定を行うことができる機能を付けて売り出せばより多くの利益を得られるのではないかと考え、平成26年から、このソフトの小売販売事業を始めた。もっとも、これと並行して上記の方法による馬券の購入も継続し、従前と同程度の利益を上げながら、そこで得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れていた。平成28年には、株式会社B(以下「B社」という。)を設立して同社の代表取締役に就任し、同社において、株式会社C(以下「C社」という。)その他の小売業者にソフトの卸売を行うこととした。
(省略)
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
1.⑴ Aが平成25年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は、Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか、説明しなさい。
⑵ Aが平成26年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は、Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか、説明しなさい。

(司法試験令和2年第1問設問1)

2.出題趣旨

 設問1⑴では、近時の最高裁判例(最判平成29年12月15日民集71巻10号2235頁)の事案と類似の事案について、当たり馬券の払戻金に係る所得が所得税法に定められた10種類の所得のでれに分類されるかが問われている。
 上記最判の事案では、一時所得か雑所得かが争われた。しかし、これらの所得は他の8種類の所得に該当しないとされた場合に初めてその該当性が問題となるのであるから、本問の解答に当たっては、まず、これら以外に該当の可能性がある所得について検討しなければならないことに気付く必要がある。そうすると、最初に検討すべきは、事業所得(所得税法第27条第1項)の該当性ということになる。具体的には、馬券の購入行為が事業に当たるか否かを、判例・裁判例(弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁、会社取締役商品先物取引事件・名古屋地判昭和60年4月26日行集36巻4号589頁)による事業所得該当基準に照らして検討すべきこととなる。
 その結果、事業所得に当たらないとした場合には、次に、一時所得(所得税法第34条第1項)の該当性を検討することになる。具体的には、Aの平成25年分の当たり馬券の払戻金所得が、一時所得から除外される「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(同項)に当たるか否かが問題となる。論述に当たっては、上記最判及びその引用する先行判例(最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁)が示した判断基準に触れながら、Aの馬券購入行為が、①継続的行為といえるか、②客観的に見て営利を目的とする行為といえるかについて、問題文に現れた諸事情に即して当てはめを行うことが求められる。そして、その結果、一時所得にも当たらないとした場合には、雑所得(同法第35条第1項)に該当すると結論付けることになる。
 設問1⑵は、Aが平成26年に競馬予想ソフトの小売販売事業を始め、前年までと同様の馬券の購入で得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れるという状況の変化があり、このような事情が、Aの当たり馬券の払戻金所得の分類において、前年との違いをもたらすか否かを問うものである。ここでは、このような事情により、Aの当たり馬券の払戻金所得が、競馬予想ソフトの小売販売事業(小売業。所得税法施行令第63条第7号)に付随して行われる経済活動から得られる所得として、事業所得に該当するのではないか、という論点に気付くかどうかがポイントとなる。結論としては、肯定・否定のどちらもあり得ると考えられるが、いずれにしても説得的な論述が求められる。

3.採点実感等

<設問1⑴>
 設問1⑴では、競馬の当たり馬券の払戻金に係る所得の種類が問われている。候補となる所得分類は、事業所得(所得税法第27条)、一時所得(同法第34条)、雑所得(同法第35条)である。そして、同法第34条第1項「一時所得とは……以外の所得……」、同法第35条第1項「雑所得とは……のいずれにも該当しない所得……」という条文の構造に照らして、まず事業所得該当性を検討し、次に一時所得該当性を検討することが求められる。先に一時所得該当性を検討し、次に事業所得該当性を検討するという、順番を逆転させた答案が、少数ながら存在した(5⑴でも後述)。
 事業所得該当性については、判例・裁判例(弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁、会社取締役商品先物取引事件・名古屋地判昭和60年4月26日行集36巻4号589頁)による事業所得該当基準(自己の危険と計算、独立性、営利性、有償性、反復継続性、社会的地位、精神的肉体的労力の程度、人的物的設備の有無、相当期間安定した収益を得る可能性)に照らして検討すべきである。多くの答案が弁護士顧問料事件の基準を適切に再現し、検討することができていた。少数ではあるが設問1⑴で事業所得に該当するという結論を出す答案も存在した。そうしてしまうと、設問1⑵で何が問われているかが分からなくなってしまう。
 一時所得該当性については、所得税法第34条第1項の「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」のうち「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」の範囲を探求することとなる。無対価性要件のみ掲げている答案が少数ながら存在したが、本問では無対価性要件は関係ない。営利性、継続性について、最判平成29年12月15日民集71巻10号2235頁における「偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入する」とほぼ同様の事実が問題文に記されている。最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁における「一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する」という判示を意識した答案も存在した。
 なお、馬券に関する判例を知っているからこそ、事業所得該当性の議論をしない答案も存在した。本来は条文の構造に照らして先に事業所得該当性を検討し次に一時所得該当性を検討するべきであるが、判例を知っているが故に答案者にとって不利になるという事態を避けるべく、採点に当たっては判例の理解に基づいて事業所得該当性の検討を割愛した答案であるかを吟味し、前述の不利が生じないよう配慮した。
<設問1⑵>
 設問1⑵では、「競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れ」ることに着目して、平成25年と同様の態様の馬券購入であっても、平成26年においては事業と関連するといえるか、が問われている。なお、ソフトの小売販売事業そのものは事業所得の起因となる事業に該当することが議論の前提となる。
 関連するといえるから事業所得に当たる、とする答案の方が多かった。が、競馬予想ノウハウを構築することは馬券を購入しなくても新聞等を見ることで可能であるから馬券購入自体はソフト小売販売事業と関連するとはいえず事業所得に当たらない(雑所得に当たる)、とする答案も相当数存在した。結論としてはどちらもあり得ると考えられる。関連性の有無を論述できるかがポイントとなる。なお、前述のとおり、設問1⑴について事業所得という結論を出してしまうと、設問1⑵では、ソフト小売販売事業との関連性の有無を検討するまでもなく問題の所得は事業所得に当たると言わざるを得ないので、検討ポイントがなくなってしまう。

4.解答例

設問1⑴について
1.事業所得該当性
 この点、事業所得(所得税法27条1項)は、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得(弁護士顧問料事件判決)とされる。
 平成21年から平成25年までのAのインターネットを通じて大量に馬券を購入する業務は、自己の計算と危険において独立して営まれており、営利性と有償性を有し、反復継続して意思する意思が認められる。しかし、その業務は、いずれの年度においても、事業としての社会的地位は客観的に認められていない。このため、平成25年の当たり馬券の払戻金の所得は事業所得ではない。
2.一時所得該当性
 まず、平成25年の当たり馬券の払戻金の所得は、事業所得のほか同法34条1項に列挙された所得分類にあたらない。そして、労務その他の役務の対価、あるいは資産の譲渡の対価としての性質を有さない。そこで、「営利を目的とする継続的な行為から生じた所得」(同項)にあたらないだろうか。あたると一時所得ではなくなるため問題となる。
 この要件への該当性は、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断すべきである(外れ馬券民事事件判決)。
 Aは、平成21年から平成25年まで、年間3000レースのほぼすべてのレースで馬券を購入しており、馬券購入の期間、回数、頻度を踏まえると継続的な行為であると認められる。そして、1年あたり5000万円程度の馬券を購入し、平均して年間200万円程度の利益をあげており、利益発生の規模としても平成21年から平成25年にかけて営利目的を認められる。さらに、Aは、競走馬や騎手等の情報を収集・分析した上で、着順予想の確度と配当率の大小を組み合わせた購入パターンに従い、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しており、この点から平成21年からすでに営利を目的としていることが認められる。
 このため、平成25年のAの当たり馬券の払戻金の所得は、「営利を目的とする継続的な行為から生じた所得」に該当し、一時所得ではない。
3.雑所得該当性
 平成25年のAの当たり馬券の払戻金の所得は、同法35条1項所定のいずれの所得にも該当しない。このため、この所得は雑所得に分類される。

設問1⑵について
1.ソフトの小売販売業の所得分類
 Aは、平成26年からソフトの小売販売業を開始した。ソフトの小売販売業は、Aの計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務であると認められる。このため、Aのソフトの小売販売業の所得は事業所得にあたる(同法27条1項)。
2.事業所得該当性
 それでは、Aの平成26年の当たり馬券の払戻金の所得は、事業所得に付随する収入として事業所得に分類されるであろうか。
 この点、Aは、平成21年から平成25年までの方法による馬券の購入も継続し、従前と同程度の利益を上げており、同じ行為を継続しているに過ぎないとも思われる。しかし、平成26年からAは、馬券購入で得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れており、ソフトの収益性を向上し、その売上に貢献する重要な業務に変わっていると認められる。
 したがって、Aの平成26年の当たり馬券の払戻金の所得は、ソフトの小売販売業に付随する収入として、事業所得に分類される。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 「§225.02 一時所得と雑所得の区別」(ケースブック租税法〔第6版〕267頁以下)における分析を踏まえて、外れ馬券民事事件の一時所得該当性の規範を用いてみた。なお、行為の態様は、継続性を認定するための基準として用いた。また、営利目的の認定にあたっては、実際の利益の発生という事後判断要素と、購入方法の工夫による利益確保という事前判断要素を分け、後者については平成21年時点から認められることをあえて記載してみた。この点は、ケースブック租税法の問題から感じた問題意識を踏まえたつもりである(「2.事案の検討」の⑸②を参照)。

いいなと思ったら応援しよう!